初仕事
マンモス団地の一角に小さな公園がある。公園は小奇麗に整備されており、磨かれた床石は真夏の太陽の光を痛烈に反射させている。噴水の音と水しぶきや、枠にはめて切り揃えられた木々のかすかなざわめき程度ではこの暑さを和らげるには力不足だ。
そんな公園で白い少女がベンチに座ってプリンを小さな口に機械的に運んでいる。セミの鳴き声がやかましい炎天下だからか、散歩する者も一人もいない。それだけの暑さでも汗一つかいていない少女は、実に整った顔立ちで、一見すると中学校の制服を着させられた人形のようにも見えた。
真っ白な肌と少しクセのある短い白髪、眠りかけの水銀を思わせるような銀色の瞳。真夏にはあり得ぬ新雪の一枚のような少女は、今すぐにでも溶けて消えてしまいそうな儚さであるが、儚さに見合わぬ強烈なホルマリン臭が彼女の細胞一つ一つをこの世に定着させているかのようだ。
そこへ、白い彼女とは対照的な黒い男がくわえた煙草を不機嫌に揺らしながら革靴で床石鳴らしながらやってきた。男はスマホを耳に当てている。
「本当にここで合ってんだろうな。ただの団地にしか見えねえぞ」
『もちろんッスよ。|オブチュアリー・ノーチス《組織》の情報部がちゃんと調べたところ、そこの団地のA13棟は一階から四階まで全部が人身売買組合の拠点になってるッス。まー、派手にやっちゃっていいッスよ』
「そうかよ。つーか、こんなクソ暑い時に仕事させるんじゃねえよ」
『暑いならその真っ黒スーツを脱げばいいんじゃないスか?』
全身黒ずくめのスーツでカラスのような男、鴉羽九郎は、プリンを食べ続ける白い少女をチラリと見る。
「これは俺のポリシーだ。つーか、こいつはちゃんと使い物になるんだろうな」
『最低限はウチが仕込んだからあとはパートナーである鴉羽に任せるッス。その子、殺しの飲み込みは早いから大丈夫ッスよ。もう鴉羽より強いッスから』
電話口の女性は朗らかな声で物騒なことを言っている。
『鴉羽こそ目、大丈夫ッスか?』
「大丈夫じゃねえよ。だからこいつに働かせるんだろ」
『それなら平気ッスね。ていうか、あの子ウチにあずけて半年もどこ行ってたんスか?』
「関係ねえだろ」
それだけ言い捨てて電話を切る。鴉羽は舌打ちをして白い少女を見下ろした。
中学校の制服を着ているが、年は中学生になるかならないか。小さくて華奢な体躯に病的に白い肌、監禁されていた極度のストレスで色の抜けた短い白髪。精巧にできた人形のよう、というのがもっともふさわしい。もしもこの炎天下で人形と我慢比べをさせたら、彼女よりも先に人形の方が音を上げることだろう。
一見すれば薄幸の美少女に映る彼女は、その姿にもっとも似つかわしくないことをするために今ここにいる。
「おい」
声をかけるが少女は反応せず最後のプリンを食べ終えた。そして銀色の瞳を向け、ニコリともせずに鴉羽をじっと見ている。その表情には一切の感情が浮かんでいない。
……可愛げのないガキだ。
「お前、武器は持ってんだろうな」
白い少女が、ペルトに巻いたポーチの一つから取り出したのは、その小さな手には余りある巨大な銀色の拳銃だった。拳銃にしては威力があるが重くて取り回しは悪いし音はうるさいし反動はでかいしで扱いにくい銃だ。
見た目の良さと知名度から漫画やアニメなどではよく使われるが、大体は誇張されて描写されているし、実用するならもっと良い銃が他にいくらでもある。
「……それ、使えんだろうな」
鴉羽が問うと少女はわずかにあごを引く。それが肯定のうなずきだと気づくのに若干の時を有した。
本当に大丈夫かよ……。
鴉羽が苦々しく紫煙を吐き出して白い少女との出会いを思い出した。
あの時、ホルマリンの臭いが充満した部屋で出会ったこの少女。精神はすでに壊れきっており、物を言わぬ人形状態のこいつに俺は生きる道を与えた。見過ごせない力を感じたからだ。
ストレスで髪が白くなる程の極限の中で培われたこのガキの中に渦巻くどす黒い力。人としての感情や感傷の全てが欠落した、常人では成し得ぬ殺人鬼の力だ。こいつは、人を傷つけることも殺すことも全く厭わない。人を殺すのに嫌悪や妬みや恨み、ましてや殺意などはこいつには必要ない。なんとも思っていない相手を躊躇なく殺せる。その力は世界のゴミを片付けるのに間違いなく役に立つ。
そう見込んで拾ったものだが、これが中々の問題児で、契約の際には相当苦労をしたものだ。
そして、この辺りを統括する猪鹿の孫である、七百人殺しの異名を持つ晶羽に戦闘を仕込ませた。無事に研修を終え、今日が初の実戦となるのだが、この少女は力を微塵も感じさせない。真夏に降る新雪よりも儚く消えてしまいそうだ。
――ちゃんと仕上がっているんだろうな?
「……」
「……」
感情のない水銀の瞳と見つめ合うと、真夏の暑さだけでない汗が鴉羽の頬を流れる。
とにもかくにも今回の仕事は自分たち二人でやるしかない。この業界には仕事から逃げるという選択など存在せず、成功して生きるか失敗して死ぬかの二つに一つだ。
「行くぞ。邪魔する奴は全員殺せ」
再び紫煙を吐き出し、覚悟を決めて歩き出した鴉羽の後ろを白い少女が黙ってついていく。夏のうだるような日差しは、冷ややかな彼女のホルマリン臭を一層濃くしていた。
「臭えから近寄んな」
少女は一歩後ろに下がった。




