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そして女子会へ

 作業服を着た男たちに陽と有希を引き渡したリンたちの前に一台の車が止まる。とっさに銃に手が伸びるが、中から現れた人物は彼らが見知った顔だった。


鴉羽(からすば)さん、お疲れ様でーす」


 運転席から顔を覗かせたのはスーツ姿の若い女性で、名前を千代田千代美という。

 のんきそうな彼女の顔を見て鴉羽は眉をひそめる。


「……おい、千代田(バカ)、お前何しに来た?」

「何って、お迎えに来たんですよ」

「そんなもんは頼んでねえぞ」

「鴉羽さんにじゃなくてリンちゃんにですよ。リンちゃんはどこですか?」


 鴉羽の後ろからメガネをかけた制服姿のリンが現れると、千代田ははしゃぎだしてどこからともなく取り出したカメラのシャッターを連続で切る。


「おおっほぉ! やっぱりリンちゃん可愛いー! メガネも似合ってるよー!」

「うるせえよ。つーか、ちょっと待て。そもそもなんでお前がリンの迎えに来てんだ?」

「そりゃあこのあと(うち)独花(ひとはな)も含めて前々から計画していた女子会するからですよ。ねえリンちゃん」


 千代田と鴉羽がリンを見ると、彼女は小さくうなずいた。


「こいつしか女子(・・)がいねえのに何が女子会だ」

「む、私だって女子ですよ」

「黙れアラサー。つーか、そんなのあるなんて聞いてねえぞ。おいリン、予定は俺に伝えろって言ったよな?」

「……独花(ひとはな)が秘密にしといてって」

「あいつ……」


 頭を抱える鴉羽と違って千代田はニコニコとしている。


「ついでに失礼な鴉羽さんも駅まで送っていきますよ。女子は優しいので。さ、乗ってください」

「ついでかよ。つーか、電車はとっくに終わってんぞ」

「当たり前じゃないですか。ですから、駅前のカプセルホテルとかで泊まって明日帰ればいいじゃないですか。どーせこのままだと車内泊でしょう? 腰を悪くしますよ。それとも、私達の女子会に参加します?」

「……駅でいい。早く出せ」


 鴉羽は、作業服の男たちに陽と有希を所定の場所へ運ぶように命じ、千代田の車にリンを放り込み、自身も乱暴に乗り込む。


               ⊃・⊃・⊃


 深夜の街を走る車の中で、リンは通学カバンの中から紙皿を取り出してプリンをプッチンして食べ始める。陽が買ってきたプッチンプリンを抜け目なく盗んで(貰って)きたのだろう。


 リンの頭に付いている黒い花を鴉羽はいじる。

 彼女は気にせずプリンを食べていた。


「つーか、この黒い花マジで便利だな。こいつのホルマリンの臭いがかなりマシになってるぜ。あのロリコンオヤジ(・・・・・・・)も少しは役に立つみたいだな。一生付けてろよ、リン」

「見つけたのはウチの独花(ひとはな)ですけどね。その花単品だと甘い匂いがするんですけど、なんでもリンちゃんの匂いに反応して互いに無臭に近くなるとかなんとか。まあ、便利なものがあるんですね」

「あいつらもたまには役に立つもんだ」


 深夜でも窓の外は街の明かりで眩しいほどに輝いている。流れ行くその景色を、鴉羽はただ眺めていた。


 カーラジオの向こうでは、鼻につく声のDJがゲストの胸ポケットに付いているコサージュを褒めていた。


 プリンを食べ終わったリンは、頭に付いている黒い花をなでている。その様子をミラーで見てた千代田は少々気持ち悪い声で笑う。鴉羽が舌打ちをした。


「変な声出してんじゃねえよ」

「ねえ鴉羽さん。実はその花はいろんな色があるんですよ。でもリンちゃんはあえて黒い花を選んだ。その理由がわかりますか?」

「ただの好みだろ」

「あちゃー。まあ、朴念仁の(からす)さんにはわからないかもですね」

「馬鹿にしてんのか?」

「いえいえ」

「黙って運転してろ」

「はいはーい」


 鴉羽はおもしろくなさそうにもう一度舌打ちをしてリンの方を見る。と、リンも鴉羽の方を見ていたので目があってしまう。

 リンの銀色の瞳をじっと見ていると、彼女は小首をかしげる。


「……クロウ?」


 彼、鴉羽九郎(くろう)が初めて出会った時にはなんの感情も無かった彼女の銀色の瞳は、二年経った今も変わらず無表情だが、微かに人間らしい光がある。


 人間誰しも好きなものと嫌いなものぐらいあるだろう。

 だが、二年前のリンにはそれすらもなかった。まったく人間味がなかったのだ。




 二年前のあの日、こいつは本当にホルマリン漬けの標本のような……。





「なんでもねえよ」


 胸糞の悪いことを思い出してしまった鴉羽はリンから視線を外してそっぽを向いてしまう。



 しばらく流れる町並みを眺めていた鴉羽だが、いつものホルマリンの臭いがしないと、途端にリンの存在が希薄に感じられた。

 確かに隣にいるのだろうが、臭い以外で自身の存在をまったく誇示しない彼女は、今この瞬間に消えてしまっているのではないかと思える。



 ……もしも、本当に消えてしまっていたら?



「リン」


 突然湧いた考えに掻き立てられて振り向くと、何事もないようにちゃんとそこにリンはいた。


「……なに?」

「なんでもねえ。その花は俺が指示した時だけ付けてろ。わかったな」

「……わかった」


 後部座席のやり取りを聞いてニヤニヤしていた千代田は座席を鴉羽に蹴られる。


               ⊃・⊃・⊃


 駅前のロータリーで鴉羽が下りると、彼は後部座席のリンを覗き込む。


「次の仕事までには帰ってこい」

「……うん」

「銃と金は持ってんだろうな?」

「……お金、ない」

「ああ? 財布持たせただろ」

「…………」

「お前、まさか……」

「……プリン買ったら、無くなった」

「またかよ! 仕事用の金を私用で使い込むなって言っただろ! ったく、仕方ねえな。ほら」


 鴉羽がリンの世話を焼いていると千代田が口を押さえて笑っている。


「ていうか、鴉羽さんってリンちゃんの保護者みたいですよね。私達の仕事にそういうのは無いって言ったのは鴉羽さんじゃないですか」

「うるせえよ。つーか、こいつがいないと仕事にならないんだから仕方ねえだろ」

「まっ、そういうことにしておきますよ。それじゃ、お疲れ様でーす」


 走り去る車の後部座席で、リンがいつもの無表情で小さく手を振っていた。



「黒い花……。まさか、な」


 車が去ると鴉羽は煙草を取り出して吸い始める。全身が真っ黒な彼は、夜の闇の中にほとんど溶け込んでいた。

 ただ、煙草の火だけが彼の存在を世界に現しているようだった。


「あいつとの初仕事からもうすぐ一年、か……」


 昔を思い出しながら、鴉羽は夜の街に足を向けた。

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