大掃除開始
とある団地で始まった夏の大掃除は、運動会の徒競走よろしくけたたましい発砲音で始まった。
最初に走り出したのは白い少女。学生服にローファー姿の彼女は、白髪をなびかせて廊下を駆ける。手に持っている光り輝く銀色の銃と同じ色の瞳を眠たげに動かし、近くのドアの鍵を撃ち壊して蹴破る。クーラーの効いた部屋の中で麻雀に興じていたガラの悪そうな男たちが、白い来訪者を怒声とともに銃撃で手厚く出迎えた。お構いなくとばかりに少女は銃弾を恐れもせずに躱して部屋に飛び込み、マグナム弾の手土産を彼ら全員に振る舞った。
次の次の部屋で白い少女は装填された弾を撃ち尽くす。マガジンの交換のために物陰に隠れようとする彼女を、男らは好機とばかりに襲いかかって拘束しようとする。少女は彼らの一人にハイキックで応戦した。だが、体重の軽い少女の蹴りでは大柄な男を一撃でノックアウトするには至らない。却って男に足を捕まれてしまう。だが、少女の強烈なホルマリン臭に男はわずかに怯んだ。
蹴りで倒すでも、臭いで怯ませるでもなく、少女の真意は別にあった。ハイキックで持ち上がったベルトのポーチには換えのマガジンがいくつか入っている。そのうちの一つを素早く抜き取り、軍事訓練を何年も積んだベテラン兵士のように洗練された動きで、瞬きする間に新しいマガジンを銃に装填した。そして足を掴んでスパッツを覗き込んでいる無礼な男にホルマリン臭い銃弾を撃ち出す。
耳をつんざく発砲音と尋常ではない大口径の反動を受け続けても少女は無表情のままだ。ライン作業のようにただ淡々と彼らの命を奪っていく。
早くも白組から返り血で赤組に変わりそうな少女は、その走りを止めることはない。迅速に、無感情に、強襲しては全てを殺していく。
一階が制圧された頃にようやく売人たちが本格的に抵抗を始めた。
二階へ続く階段を駆け上がる少女は突如として向きを変えて階下に飛び込む。上階からの激しい銃撃が浴びせられたからだ。
壁に隠れてやり過ごしていると、すぐに銃撃の雨はやんだ。顔を半分だけだして確認すると、黒い銃を持った鴉羽が階上に立ってくわえた煙草を不機嫌そうに揺らしていた。白い少女が盛大に暴れて注意を引きつけている間に別ルートからこっそりと侵入したのだろう。彼の足元には死体が折り重なっている。
「行け。後ろは俺が見る」
夏の日差しをサングラスに反射させてあごで先を促す鴉羽のわきを通り過ぎ、白い少女は瞬く間に二階も制圧した。
途中で商品を人質に取る愚かな連中もいた。ドラマや映画によくある光景で、犯人が凶器を人質に突きつけて「こいつがどうなってもいいのか」というアレだ。だがそれは人質を助けなくてはいけない、または人を傷つけたくないという心理に訴えるもので、本物の殺人鬼にそんな考えは一切通用しない。一秒も躊躇することなく人質もろとも撃ち抜き、白い少女はホルマリンの臭いを残してまた次の部屋へ向かう。
硝煙とホルマリンの臭いをまき散らして鬼神の如く銃撃を見舞う彼女を止められるものは誰もいなかった。もしもマズルフラッシュが撮影のフラッシュであったなら、写真に写る彼女の表情はすべて同じになるだろう。
――まさかここまで出来るとはな。
返り血を浴び続ける白い少女の評価を鴉羽は改めた。
人を殺せる人間というのは実はそう多くない。方法の話ではなく、心理的な話だ。
たとえば親や子供を無残に無意味に殺された遺族が、犯人を殺してやりたいと思い、その機会が実際に与えられたとしてもどれだけの人間が犯人を殺せるだろうか。犯人を身動きできなくして、遺族に銃を握らせ、さあ撃てと言ったところで何人が引き金を引けるだろうか。
ほとんどの人間は引けずに、こいつと同じ犯罪者になりたくないとか、復讐しても被害者は喜ばないだとか、反吐が出るような綺麗事を言うだろう。
怖いからだ。
無意識に怖がっているのだ。人を殺すことを。
殺したいほど憎んでいる相手でも、まともな人間であれば死を恐れる。自らの手で他人を殺すことを恐れる。それが普通だ。
――だが、あいつは違う。
殺すことになんの嫌悪も持たず、変態にあるような快楽を得るでもなく、ただ無感情に殺せる。それが奴の強さだ。
しかも見た目は――少し白すぎるが――普通の少女なので相手に警戒心を抱かせにくく、街での隠密性にも優れる。街を歩く女子中学生がいきなりデザートイーグルを取り出して撃ってくると考える奴などいないからだ。
問題点があるとすれば、ホルマリン臭くて普通や隠密性があまり意味をなさないことだが……。
そして、昼休みを挟むことなく続いた大掃除はついに終局を迎える。




