見つけた
団地一棟の清掃が終わった。
もはや抵抗する者は一人もおらず、夏の日差しにさらされた一階の死体からは腐臭が漂い始めている。
「助けてくれ! か、金はそこの金庫にあるんだ。全部やるから殺さないでくれ!」
最後の部屋で、金髪の似合わないオヤジが床に這いつくばって教科書に載ってそうな命乞いをしている。
一番豪勢な部屋でふんぞり返っていて、商品であろう裸の女たちを検分していたのだ、こいつがこの人身売買組織の元締めなのだろう。
元締めの醜悪な面と、だらしなく肥えた体に鴉羽は舌打ちで返す。
「そこのゴミ箱に頭を突っ込め」
「な、なぜだ……?」
「早くしろ。殺されたいのか」
元締めは震える体を動かし、言われたとおりに紙くずの溜まったゴミ箱に頭を持っていく。ちょうど便器に吐瀉物を吐き出すときのようだ。
これで良いのかと元締めが問うと、鴉羽はその男の頭に銃弾を三発撃ち込む。女たちから短い悲鳴が上がった。
「ゴミはゴミらしく死ね」
ピクピクと痙攣している元締めに鴉羽はそう吐き捨て、ポケットからドクロがプリントされた真っ黒なタバコの箱を取り出した。仕事終わりの一服を味わいつつ、室内をざっと見渡す。
ここはあくまで事務所だったようで、出荷前の商品は八人しかいなかった。その内の三人は、売人たちが盾にしていたのですでに命はない。残ったのはこの部屋で検分されていた五人で全員全裸の女だ。今は鴉羽が死体から剥ぎ取って与えた服で体を隠し、この部屋のすみで集まって震えている。そして返り血まみれの白い少女が彼女らを見守って(?)いた。
白い少女は部屋に入ってから一度も目を離さずに女たちを見ているが、何を考えているのかは鴉羽にはわからないしわかるつもりもない。
鴉羽はホルマリン臭い白い少女から離れてスマホを取り出し、仕事の完了を報告する。
「終わったぞ。処理班を寄越せ」
『はいはいお疲れッス。すでに向かわせてるッスよ~。ところで、彼女、すごいでしょ?』
「……まあ、少しはな」
デザートイーグルを持ったまま突っ立って動かない白い少女を横目でチラリと見る。
「つーか、なんでデザートイーグルなんだよ。過剰火力だ。銃ならもっと使いやすいのがあるだろ」
『彼女が選んだんスよ。綺麗だって言って』
「見た目で選んでんじゃねえつーの」
『まー、さすがに命を預ける物だからウチも見た目だけで選ばせてないッスよ。他の銃を扱わせてもいまいちだったんスけど、あの銃だけはなぜか命中精度もずば抜けて高いし、近接戦闘でも一番良い動きをしてたんでそれに決まったッス』
引き金にかける指もギリギリのくせにか?
そう思うが、今回の戦いぶりを見ると納得せざるを得ないだろう。
紫煙を苦々しく吐き出す鴉羽に電話先の女性は思い出したように訊いた。
『そういや、あいつは倒したんスか?』
「あいつ? ああ、雇われ護衛がなんかいるっつってたな。スコーピオンだったか」
『そう、相手を油断させて背後から刺し殺すことからその名が付いたと言われる奴ッスよ。情報ではそこの組織に雇われていたらしいッスけど』
その情報があったから白い少女と互いに背中をカバーするようにここまでやってきたが、結局そんな奴には出くわさなかった。
「不利だと思って逃げたんだろ。今じゃ雇い主も死んで金も払われねえからな」
『うーん。まあ、金にがめついって噂もあるし、そうかもしれないッスね。そんじゃあ、あとでウチに報告に来てくださいッス。その子にも初仕事成功のご褒美プリンを上げたいスからね。ていうか、あの子じゃ呼び辛いからいい加減名前を決めてほしいッス』
白い少女の話が出て再び視線を戻すが、ホルマリン臭い彼女は銃を持ったまま全く動かない。商品の女たちが銃に怯えてすくんでいるようだ。
「おい、終わったんだから銃をしまえ。無意味に怯えさせるな」
だが白い少女は雪像に戻ってしまったかのようにその場を動かない。
「聞いてんのか?」
電話を切ってドスドスと大股で歩み寄り、白い少女の手から銃を取り上げようと鴉羽は手を伸ばした。瞬間、部屋に入ってからずっと固定していた視線を初めて鴉羽に移し、銀色の瞳の少女は誰もが気づかないほどわずかに口角を上げる。
その儚げな微笑みは、紫煙と血で汚れた彼の心臓に春の雪解け水が一滴染み込んで浄化するようだった。……次の一瞬までは。
「……き」
白い少女が何かを呟こうと口を開いた瞬間、指がギリギリ届く引き金が引かれ、この日最後のけたたましい発砲音が団地中に響き渡った。




