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小指、綺麗だね

 マンションに帰ってきた有希は、白い少女のリンをリビングに招き入れる。その横で陽は面倒くさそうな顔をしていた。


「さ、入ってゆっくり涼んでて」


 リビングにはダンボール箱が積んであり、家具も最低限しか出ていない。リンがキョロキョロと見ていると有希が恥ずかしそうに笑う。


「私達もうすぐ引っ越すの。だからちょっと狭いけどごめんね」


 有希が折りたたみ机の上にコンビニ袋を置いてキッチンに向かうと、陽とリンは向かい合って座って袋をあさり始める。


「お前は触んな」


 陽がリンの手を払おうとするが、彼女はそれを避けてプリンを手に取る。


「ったく、厚かましいガキだな。あとで金払えよ」

「陽、そういうこと言わないの。リンちゃん、気にしないで食べていいからね」

「ていうかこいつ、なんで頭に花付けてんだ? 私の頭の中はお花畑ですってか?」


 少しぬるくなった缶ビールを一気にあおって挑発する陽を見向きもせず、リンはプリンのふたを開けて食べ始める。


「リンちゃん、何飲む?」

「……牛乳」


 有希がキッチンから牛乳を持ってくる頃には、すでにリンはプリンを食べ終えていた。


「はい、どうぞ。引っ越し前にちょうど飲み終わってくれて助かったわ」


 陽がやっていたように、リンも牛乳を一気に飲み干すと、彼女の口の周りに白いヒゲができる。そのヒゲを有希は笑って拭き取った。


「リンちゃん、他に何か食べたいものはある?」


 そう言われてリンが指差したのはプリンの空き容器だった。


「プリンはいま食っただろうが。ていうか、俺らに会う前も馬鹿みたいな量のプリン食ってただろお前」


 リンは陽をいないものとして完全に無視しているようだ。彼女は赤いフレームのメガネを通して有希だけを見ていた。


「ねえ、もし良かったら事情とか話してもらえないかな?」

「……」

「ほら、一応一晩を共にするわけだし、何か危ないことがあるなら教えてくれれば力になれるかもしれないでしょ?」


 黙り込んでいたリンは、まず有希の優しげに微笑む顔を見て、それからテーブルに乗せられた彼女の手を見て、最後にプリンの空き容器を見た。


「……プリン」

「え?」

「……もっと、食べたい」

「じゃあ、プリン買ってきたら話してくれる?」


 リンがうなずく。彼女がうなずく度に、白い髪に付いている黒い花と長いアホ毛が揺れる。


「じゃあ、陽。悪いんだけどもう一回行ってきてくれない?」


 部外者のハズだった自分が突然指名されて陽はむせてしまう。


「はぁ!? なんで俺が行くんだよ!」

「だってもう夜遅いし、私一人で行くのは危ないし、陽をこんな小さい子と一緒にしておくのはちょっとね」

「俺がこんなお子様に手を出すわけがあるか。面倒くせえからやだよ。このプリンジャンキーが我慢すればいいだけだろ」

「ね、お願い」


 有希が頼み込むと、陽は二人を交互に見てからため息を吐き出す。


「……わかったよ。行けば良いんだろ、行けば。ったく、とんでもねえ厄介者を拾ったもんだ」

「さっすが陽。私が見込んだ男ね」

「都合の良い男の間違いだろ」


 陽がのそのそと立ち上がって再び出かける準備を始めると、リンがぽつりとつぶやいた。


「……お母さんと、喧嘩した」

「学校のことで?」


 コクリとリンは小さくうなずく。


「そっか。私も子供の頃は親によく叱られたわ。いたずらばかりしていたし、リンちゃんみたいに家出したこともあるのよ」


 有希は、懐かしむように過去の家出話をリンに聞かせた。


「でも、やっぱり最後は自分の家に帰ってきちゃうのよね。そこが一番安全で、一番安心できる場所だから」

「……」

「だからリンちゃんも、明日はお家に帰ってお母さんにごめんなさいした方がいいわよ」

「……わかった」

「うん。いい子いい子」


 リンは、頭をなでる有希の手をじっと見ている。


「……小指、綺麗だね」

「そ、そう? ありがとう」


 なぜか小指だけ褒められて困惑する有希だが、リンの銀色の瞳が少しだけ嬉しそうな色を見せたので、つられて微笑み返す。


「そうだ。リンちゃん、お風呂入る? 今夜はちょっと蒸し暑いから汗かいちゃったでしょ」


 有希がそう言うと、玄関で電気もつけずに靴を履いている陽から声がかかる。


「んなとこまで世話しなくていいだろうに」

「女の子はね、毎日お風呂に入らなくても平気な顔していられる男とは違うの。ほら、陽はコンビニで追加のプリン買ってきて。私の分もね」

「――最悪だ。やっぱりろくなことにならなかった」


 ぶちぶちと文句をたれながらも、陽は有希に急かされて出ていく。


               ⊃・⊃・⊃


 陽が出かけて、リンが浴室に入ってシャワーを浴びる音が聞こえると、有希はリンの制服を脱衣所からこっそり持ち出して調べ始める。


 スマホや213円しか入ってない財布が出てきたが、特におかしな物は持ってないようだ。カバンの中も、教科書や制汗スプレーやタオルやお菓子類といたって普通である。なぜか使い捨てのプラスチックスプーンと小さな紙皿も入っていたが。


 ただ、リンの制服を含めた持ち物は、どれもこれも薬品のような臭いがする。制汗スプレーの臭いなどではない。もっと刺激の強い臭いだ。


「理科の実験でもしたのかしら……?」


 しかしさっきまでこんな臭いはしなかった。脱衣所で何かしていたのだろうか?

 まあ、多少変な臭いがしても予定に関係ない。


 有希は、リンのスマホの電源を切ってしまう。

 そしてバスタオルを用意して脱衣所に制服を返しに向かった。


 脱衣所に戻った有希は、ここでもおかしな臭いがすることに気づく。制服の薬品臭とは違う、妙に甘ったるい臭いだ。


「なんの臭い? 見つけた時はこんな臭いはしなかったはずなのに……」


 臭いの元を辿ってみると、どうやらリンが頭に付けていた黒い花から発せられているようである。


 青いリボンの付いた白い下着の上に置かれている黒い花は、どこか怪しげな雰囲気を放っていた。

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