さよなら
堀間さんの家は、噂通り、学校からほど近い海沿いのマンションだった。
「どうぞ」
「お、お邪魔します……」
部屋の中は、ごくごく普通な家って感じで、彼女のミステリアスな雰囲気とはどこかチグハグな印象を受ける。
だけどそんなことはどうでもよくって、初めて女の子の家に入るドキドキで僕の心臓は今にも張り裂けそうだった。
「……親は仕事で今いないの」
「へ、へえ。そうなんだ」
彼女に勧められてダイニングテーブルに座って待っていると、彼女はプリンとペットボトルの紅茶を二つずつ持ってくる。
「お父さんはこういうの食べないから、金田君食べていいよ」
「あ、ありがとう」
プリンの上には、山のように積まれた生クリームと色々なフルーツやチョコレートがかかっており、いかにも女の子が好きそうな感じだ。
白い頬を少し赤く染めながらプリンを食べ終えた彼女は、口の端に生クリームを付けたまま至極当然の疑問を口にする。
「それで、金田君は何をしに来たの?」
「えっ、えっと、その……」
何を、と聞かれても困ってしまう。
「堀間さんってどんなところに住んでいるのかなー、って」
「そんなこと調べてどうするの?」
「いや、調べてっていうか、堀間さんって、なんかミステリアスだし、か、可愛いし……。興味を持っちゃったっていうか、もっと知りたいっていうか、その、あの……」
「……? 金田君って変わってるね」
「うぅ……」
と、小さくなっている僕は、テレビ台の下にゲーム機がしまわれているのを発見する。それも最新機種が全部揃っている。
「あっ、堀間さんもゲームしてるの?」
「……うん。ちょっとだけ」
「ちょっとやっても良いかな?」
話の持って行き方が雑なのは親譲りなんだなと痛感させられる。
それでもなんとかゲームを一緒にプレイし始めてわかったことがある。意外なことに彼女はかなり上手い。特に、僕が最近ハマっているFPSの分野での彼女の実力は大変なものだった。
そんな彼女と一緒にプレイしていると、自宅で一人でゲームをやっている時より早く時間が過ぎてしまう。
結局、一度も勝てなかったし……。
⊃・⊃・⊃
ふと外を見ると、いつの間にか夕焼け空が広がっていた。
「もうこんな時間だったんだ。ごめんね堀間さん、長居しちゃって。今日は僕そろそろ帰るよ」
僕が帰り支度を始めると、堀間さんはおもむろに立ち上がって窓を開ける。外から潮風が入ってきた。潮風が、 窓から外を覗く彼女の白い短髪をかきあげるのを見ると、僕はますますドキドキしてしまう。
「……海」
「え?」
「海、綺麗だよ」
彼女の横に並んで外を見ると、赤い太陽が海に沈んでいくようだった。毎日見ている夕焼けで、たしかに綺麗なんだけど、今日の夕日に僕はどこか不気味さを感じていた。
まるで、太陽がそのまま燃え尽きてしまうような……。
「……そういえば、金田君の家って結構大きいけど、お父さんって何の仕事をしているの?」
なんでいきなり父さんの話が出てくるのかわからなかったけど、もしかして僕が話しやすいように気を使ってくれたのかな?
「海外で物流関係の仕事をしているみたいだけど、詳しくは知らないや。でも、順調みたいだよ」
「儲かっているんだ」
「うん、たぶんね」
「……危ないものでも運んでいるのかな」
「そ、そんなことないよ! だったらあの銃だって……」
と、僕は棚の上のケースに飾ってある一挺の銃を指す。無意識に指を差したけど、あれはもしかして……。
「……あれってもしかしてデザートイーグル? うわぁ! カッコイイ!」
棚の上に飾ってある銀色のオートマチック拳銃は紛れもなく、僕がゲームでも愛用しているほど大好きな拳銃のデザートイーグルだった。緊張していたっていうのもあるけど、今までずっと視界に入っていたのに気づかないなんてFPSゲーマー失格だ。
堀間さんはチラとデザートイーグルを見ると、お父さんの趣味なのだと言った。
「触ってみる?」
「え、いいの!?」
「ちょっとだけなら、大丈夫」
「やったぁ!」
その時、ポケットの中のスマホが震えた。しかもこの震え方は電話だ。たぶん母さんからで「早く帰ってこい」ってことだろう。無視するとあとが怖いので、なんて間の悪いと思いつつ取り出すとやっぱり母さんからだった。
棚の上のデザートイーグルを下ろそうと手を伸ばす堀間さんに背を向けて僕は電話に出る。
「も――」
「あんた今どこにいるの!?」
珍しく慌てた母さんの大声が聞こえると、僕は思わずスマホを耳から離してしまう。
そういえば堀間さんを誘うのに必死で何も連絡していなかった。
「ど、どこだっていいでしょ……。そんなに大声ださなくても聞こえてるよ」
「今すぐ帰ってきなさい!」
「今すぐって、今すぐはちょっと……」
横目で堀間さんの方を見ると、棚から下ろしたデザートイーグルにマガジンを込め、スライドを引いている。その音がやけにカッコよくて、つい魅入ってしまう。そしてなぜか消音器まで銃口に取り付けていた。
「いいから早く帰ってきて! お父さんが、お父さんが……!」
妙に手慣れた堀間さんの動きを見ていた僕は母さんのその言葉で電話の方に強く引っ張られた。
「え!? 父さんがどうしたの!?」
「お父さんが、殺さ」
そこで母さんの声は切れてしまう。
「もしもし? 母さん!? もしもし!!」
スマホの画面を見ると、通話終了の文字があった。
そして、そこには彼女の白い指が置かれている。
「堀間……さん……?」
銀色の瞳の彼女は、相変わらず表情一つ変えずに銃口を僕の胸に向けた。
突然鳴り響いたクラクションの音で、彼女の最後の言葉と銃声はかき消えた。




