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放課後デート

 夏の暑さが日に日に増していく中、彼女が転校してきてから二週間が経った。


 夏休みを目前に控え、クラス内では旅行や遊びに行く計画を立てたり、夏休みの部活の話などで持ちきりである。僕も、仲の良い友達と来月に出るゲームを徹夜でやり込むつもりだ。


 そんな賑やかな喧騒も、堀間(ほりま)リンには無関係であった。

 基本的に無表情で愛想の良くない彼女は、友達を作ろうとせず、休み時間にはいつも一人でどこかに行っているようだ。


 彼女はあまりにも異質なため、幸か不幸か直接いじめられてはいないようだけど、陰では好き勝手に噂されているし、どこのクラスにも一人はいる噂好きが彼女の素行なども調べているみたいだ。


 その調べた内容を、僕は聞くともなく聞いてしまった。


 彼女は、時間があれば理科準備室の周辺でぼーっとしているらしい。何が楽しいのかわからないけど、ホルマリン漬けの標本を眺めているようだ。

 住んでいる場所は学校からほど近い海沿いのマンションで、学校の帰り道ではいつも途中のコンビニで何かを買っている。何を買っているかは不明とのこと。


 ちなみに、人体実験で生まれたホムンクルスが彼女の正体というのが今の最有力説だそうだ。ほかにも、彼女は殺し屋で、殺した人間をホルマリン漬けにしてコレクションしているんじゃないかとまで言われている。


 そこまで行くとさすがに漫画の読みすぎじゃないかと思う。でも、彼女の雰囲気から、完全に否定できないところがあるのも事実だ。


 いろいろ囁かれているが彼女自身は全く気にしておらず、誰が何を言おうと無視していた。


 そして、僕にとっては実に複雑な事に、彼女は僕にだけは話しかけてくるのだ。


「教科書見せて」

「次の教室どこ?」


 そういう必要最低限しか喋らないが、それでも可愛い子が自分に話しかけてくれるのはどこか嬉しく優越感があった。たとえホルマリン臭くてもだ。



 といっても、二週間も経つとそこまで気にならなくなってきた。やっぱり臭いことは臭いけど、それでも初日ほどのインパクトは無い。


 そうして(にお)いが気にならなくなってくると、とたんに彼女の可愛さにドキドキしてしまう。自分で言うのもなんだけど、これでも思春期の男の子なのだ。可愛い同級生に対してそういう気持ちを抱いてもなにもおかしくはないはず。


 そうなってくると、彼女のことがもっと知りたくなってくるものだ。さすがにホムンクルスや殺人鬼なんてことはないだろうけど、普段は何をしているのか、休みの日はどうすごしているのか、そういうことが気になってくる。


 これでは噂好きのあいつと同じになってしまうが、僕のはもっと純情な気持ちなので、やましい気持ちになることはない。


 僕は、終業式の日に彼女の家へ遊びに行ってみようと考えた。


 ……まあ、断られるだろうけど。


               ⊃・⊃・⊃


 退屈な終業式が終わり、まあ悪くもない微妙な成績の通知表をカバンに放り込み、友達に見つからないようにこっそりと、僕は堀間さんにこのあと空いているか聞いてみた。


「家に帰るだけだけどどうしたの?」

「大したことじゃないんだけど、このあとちょっと堀間さんの家に遊びに行っても良いかな~って」


 それを聞いて彼女はスマホを取り出して何か操作している。LINE(ライン)で親に聞いているのだろうか。

 返事が来たらしく、小さくうなずいてスマホをしまった。


「……いいよ」

「え、マジで!?」


 ダメモトだったが意外とあっさりとOKをもらってしまったので、自分から聞いたにも関わらず驚いてしまった。

 奥手な自分にしては大胆な行動を取ったものだと思う。母さんに焚き付けられたからだろうか。


「一緒に行く?」

「あ、ああ、うん! 是非お願いします!」


 さらには一緒に帰ってもいいと言う。

 たぶん彼女の事だから気があるとかじゃないだろうけど、それでも僕は飛び上がりたいほど嬉しかった。


               ⊃・⊃・⊃


 終業式は昼で終わったので、僕たちはファストフード店で昼ご飯を食べようとする。だけど、学校の近くは友達に見つかる可能性があるし、忘れかけていたけど堀間さんの匂いのこともあったので、ちょっと離れた店で買って炎天下の中を歩きながら食べることにした。

 正直、緊張していたので、何を買って食べていたのか思い出せないけど、とても楽しかったことだけは確かだ。


 帰り道で堀間さんから話しかけてくることはなかったけど、僕の話にうなずいたり相槌を打ってくれるのはすごく嬉しかった。蝉の叫び声も夏の日差しも忘れるくらいに。



 しばらくしてコンビニの近くを通りかかると、女子生徒がプリンを買い食いして騒いでいる。


「この新作スイーツやばくない?」

「やばいやばい! めっちゃやばい!」


 堀間さんもああいうのを食べるのだろうかと思ってなんとなく隣を見ると、彼女は女子生徒たちの方をじっと見ていた。正確には、彼女たちの持っているプリンを、だけど。


「あのプリン、食べたいの?」


 僕の問いかけに彼女は黙ってうなずく。その仕草が妙に可愛くて、僕は彼女を待たせてコンビニに走った。


 友達に見つかるんじゃないかって?

 そんなこと、頭になかったよ。


 彼女の家族分のプリンを買って堀間さんに渡すと、彼女の無表情な顔が少し明るくなったような気がする。


「……いいの?」

「いいよ、これぐらい」


 照れながら返した僕を、堀間さんはじっと見つめてきた。


「えっと……ぼくの顔に何かついてる?」

「……金田君って、目、綺麗だね」


 一枚(ひとひら)の雪が溶けて地面に吸い込まれるように、彼女の言葉は僕の沸騰しそうな心臓に染み込んだ。


「えっ! そ、そうかな?」


 今まで女の子からそんな事をほめられたことなんてなかったので戸惑ってしまう。


「ほ、堀間さんの銀色の目の方がずっと何倍も綺麗だよ! 目だけじゃなくて、白い髪も綺麗だし、唇だって……」


 キョドりながら褒め返す僕を見て、無表情だった彼女の口元がほんの少しだけ緩んだような気がする。


「……ありがとう」


 やっぱり、噂なんて嘘っぱちだ。

 彼女はホムンクルスでも殺人鬼でもない。

 プリンで喜ぶ普通の女の子なんだ。


 そんな堀間さんにばかり気を取られていた僕は、コンビニに止まっていた黒い車の視線には気付かなかった。


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