第31話 すぐ側でうるさくして悪かったじゅ……
コツンコツーンと真っ白なハイヒールを響かせて、リーリアが馬車のタラップを降りてくる。
心なしか光度を上げた太陽がリーリアの金髪をカッと照らし、完璧に巻かれた縦ロールが胸の上で揺れるたびに太陽光を弾き返す。
白地に銀糸でみっちりと刺繍されたドレスはギラギラしていて目に痛い。
それはさながらウエディングドレスのようだった。
「このカフェって結婚式場も兼ねてるじゅ……?」
リーリアが開けた馬車のドアに吹っ飛ばされたダリオが鼻血を垂らしながらリーリアを見上げてそう呟いたのと、(貴族もカフェで結婚披露宴をするじゅ?)とレインが目を白黒させながらそう心の中で呟いたタイミングが重なった。
村で一番お金持ちだった村長の娘の結婚式すら、花嫁衣装はこんな豪華でギラギラしていなかったと思う。
高笑いを響かせて突然馬車から現れたリーリアに驚いたレインは、さらにその後ろからグラントが降りてきたのを見てさらに驚いた。
直前まで王城で軍の高官たちに王城へ呼ばれたせいで、グラントもレインも礼装である。
だから白いドレスを着たリーリアと、その後ろから降りてきて彼女の横に立った礼装のグラントは、どう見ても新郎新婦だった。
先ほどグラントは王城の偉いおじさんたちへ、陛下からの褒賞として〝高脅威度魔物専門討伐隊の発足を後押しし、我々の活動を見守ってくださる御方〟に対し、これ以上口出ししてくるなと願ったはずだ。
レインはそれをカーグラント侯爵のことだと思っていたが、もしかして違ったのだろうか。
レインが部屋を辞してから、偉いおじさんたちとグラントの間でリーリアとグラントの縁談が高速でまとめられたのかもしれない。
ここは王都でも有名なカフェだ。
婚約したての男女が待ち合わせてデートをする場所として、なんら不自然はない。
「その……お二人の仲睦まじい御様子を拝見するに……御婚約が調われました、ので、ございますか?」
上官への礼をしながら、レインは頭の中で貴族用の敬語集を引っ張り出しながら続けた。
「晴れて御婚約が調いました佳き日に、お二人の語らいの場を騒がせましたこと、何とも申し訳なく存じます。馬車の傍らでの無作法、どうかご寛恕くださいませ……」
村長の娘さんなんて、婚約者と四六時中どこでもちゅっちゅしていた。
レインたちがまだ十歳かそこらだった頃の話だ。
教育に悪いと遠ざけられていたけれど、どこでも出没する仲良しカップルを目にする機会は多かった。
きっとグラントたちも村長の娘とその婚約者のように、馬車で楽しく過ごしていたはずだ。
(そのすぐ側でうるさくして悪かったじゅ……)
礼のために拳を当てた胸が痛いような気がして、レインは少しだけ胸から拳を浮かせて目を伏せた。
「なんてことを言うの! むしろ邪魔なのはわたくしでしてよ!」
「はい?」
「そしてわたくしよりもっと邪魔なのは、萎びたコーンの粒のようにみすぼらしいこの男ですわ!」
苺ジャムのように真っ赤に潤ったリーリアの瞳が、レインのほうへぐぐっと寄ってくる。
あまりに近すぎて焦点が合わなくなった視界の隅で、グラントが苦笑しているのが見えた。
「あ、あの……」
「そこのコーン粒を馬車へと放り込んでちょうだい!」
パッチーン! と真っ白な手袋に覆われた指を器用に鳴らして、リーリアが馬車の側でそっと控えていた侍女へと指示をする。
(そんなところに人がいたじゅ?)と、人の気配を察知できなかったことに、レインは軍人として危機感を覚えた。
この体たらくは訓練不足か、はたまた別の何かが原因かと震えるレインの側を通過した侍女に、鼻の付け根をつまんで鼻血を止めていたダリオが持ち上げられた。
身体強化の魔法だろうか。微かに侍女の魔力を感知する。
「え、いえあの、待ってください。なぜダリオを……」
「みなまで言わなくてよろしくてよ! わたくしはあなたとグラント様の味方、この邪魔コーンを撤去したあとは、そう、あとはお二人で……ね?」
意味深に真っ赤な目をにこりと歪ませ、リーリアがレインからスッと離れた。
そして侍女に運ばれるダリオの耳元に、よく通る声で「どうしてハンターが自分をまだ愛していると?」と言って首を傾げた。
そしてどうして女に乗り換えたせいで落ちぶれきった自分と、ハンターが釣り合うと思って?
お前は身なりもみすぼらしく、金、金、金と卑しいわ?
資産が無いのは、安易に女へ乗り換えたお前のせいでしょう?
ハンターは貴族令嬢のエスコートも完璧で、仕事もできるからこそ平民なのに班長という役を得ていてよ?
そしてハンターが今、心を許しているグラント様は、カーグラント侯爵家の一人娘であるこのリーリア・カーグラントが〝我が婿にふさわしい〟と認めたほどの男性
グラント様は迷宮伯爵の三男で、将来を嘱望されている優秀な軍人。
ハンターは陛下からの褒賞をグラント様へと捧げるほど高潔な人柄。
あなた、どこを取っても二人には敵わないではないの。
リーリアの言葉を侍女の肩の上で呆然と聞いていたダリオが、陛下という言葉にぎょっとした顔で、レインを見た。
何かを言おうとして空気を吸い――けれど、肺に溜めた空気は音になることなく、ダリオは馬車に放り込まれてレインの視界から消えた。
高笑いをするリーリアがその後に続いて馬車に乗り込むと、馬車はすぐに動き出し、屋根の装飾品に当たった太陽の光を弾き返しながら去っていった。




