第30話 完璧に、そして完全に、ピンッ! ときましたわ!(リーリア視点)
リーリアを咎めようとした侍女を叱責し、それに驚いたグラントが目を瞬かせる。
その一瞬後、少しだけ鮮明に聞こえてくる外からの話し声。
侍女はリーリアを冷めた目で見つめ、グラントは話し声の片方の声が自分の部下のものだとわかって怪訝そうに眉をひそめた。
そしてリーリアは、興奮した。
「……ふん、ふん、ふんふんふん? お金がない? 騙された? あら二人は幼馴染みですのね……でも、え? 結婚……約束……? 婚約ということ? まあ、恋人同士でしたの……⁉」
聞き捨てならないと身を乗り出したのはグラントも同じだ。
リーリアの向かいに座ったグラントが、険しい顔で呟いた。
「……は? もしかして、ハンターが宿無しになったと泣きながら助けを求めに来た原因が、あの男か?」
「なっ! なんてことですの⁉ 男は都会の女に乗り換えて、ハンターを捨てた……?」
侍女の視線が凍えるように冷たくなって、自分の主とそのゲストを見つめている。
が、リーリアは日常茶飯のその視線をサッと無視して、小窓から漏れ聞こえる断片的な会話を、脳内で完璧に組み立てていく。
「わかりますわ、田舎では同性の恋人たちに厳しいと聞きましてよ。王都のほうが愛に理解がありますもの、手に手を取り合って田舎から逃げてきたのでしょう!」
途切れがちの話を繋げるに、ハンターのほうは地元で就職するつもりだったようだ。
「けれどもそれを、男は結婚を約束して無理やり王都へ連れ出しましたのね! ハンターはきっと、愛のために一途に信じてついてきたのに違いないわ……」
「待て、なんだあの男は。なぜハンターが謝る必要が?」
「確かに、劣等感でみっともない暴挙に出たのは……お二人のお知り合いではなく、平民服の男のほうですね」
もはや侍女もあきらめたのか、グラントの言葉へ不愉快そうにうなずいている。
「きぃぃ! 腹が立ちますわ! 自分の都合で連れ出したのでしょう⁉ それを身勝手に、よりにもよってハンターの愛と献身を、女に乗り換えることで裏切りましたのに! なのにお金の無心など!」
薄ら笑いを浮かべる結婚詐欺師と、騙されて涙を浮かべうつむく美貌の平民兵の姿がリーリアの脳内に浮かぶ。
「あ、あら? これはこれで、怒りとは別に心がエモーショナルにくすぐられますわ……?」
謎の心の動きに首を傾げつつ、リーリアはさらに耳を澄ました。
小窓の外ではハンターが少し興奮気味に口を開いている。
切れ切れに聞こえるそれは、たとえ全財産を騙し取られてもかまわない、ドラゴンに焼かれて死んでもいいと言い切るほど強い、ハンターからの〝グラントへの愛〟だった。
「まあ! まあ! お聞きになって? グラント様のことをあんなにも情熱的に想っていてよ! なんと美しい、完璧な献身かしら……」
ハンターはあの男に最悪な捨てられ方をしてから、絶望と孤独に身が凍えるような思いをしたのだろう。
けれど平民は食べるため、生活するために仕事をしなくてはならないと聞く。
心の傷を癒すために休むことすら許されないなんて、平民とはなんて悲しい生き物なのだろう。
彼は孤独を紛らわせるためにも、仕事に打ち込んだに違いない。
そしてそれを側で支えたのが、彼の上官であるグラントだったのだ。
ハンターはグラントのことを恩人だと言っていた。
その恩が、愛に変わるのは自然なことである。
リーリアが顔を紅潮させて振り返ると、そこには意外な表情をしたグラントがいた。
いつもリーリアに相対するときの、美しいけれど真面目で融通の利かない硬い表情ではない。どこか嬉しそうで、面はゆいような、そんな顔だ。
グラントのその表情を見た瞬間、リーリアは春一番の強風を真正面から浴びたような心持ちになった。
(ピンときましたわ! わたくし、今のグラント様のご様子で完璧に、そして完全に、ピンッ! ときましたわ!)
その直感を信じ、今のグラントの隣に、脳内でハンターをそっと寄り添わせてみる。
(なんてお似合いの二人、愛の完成形だわ)
そう、二人は、完璧に愛し合っている。
討伐軍という危険な部隊に身を置いて、命を懸けて魔物と戦う。
助けたり助けられたりするうちに、美しい二人が惹かれ合うのは当然というもの。
たとえそれが男同士であっても。
「わ、わたくしは、そんな二人の仲を引き裂く悪役になるところだったのね……」
どこぞの子爵のように、〝粘着質な負け犬〟や〝みっともない女〟や、そういう執着心が長く続けば〝二十年物の付き纏い女〟などと呼ばれるところであったのだ。
ハンターがマインズ領で手柄を挙げたのは、リーリアに釣り合う男になるためなどではない。
グラントに釣り合う男になるためだ。
「ああ……なんてことなの……」
リーリアは胸に手を当て、深く深く反省した。
そしてその反省とお詫びの印として、この完璧に美しい恋心をハッピーエンドに導くために尽力するのが使命であると、リーリアは高潔なる貴族の魂に刻みつけた。
「グラント様、正直にお答えになって? ハンターのことをどう想っていらっしゃるの?」
リーリアの強い口調に、グラントは少し面食らったような顔をした。
しかしそれも一瞬で消え、今度は眩しそうに目を細めて視線を小窓の外へと向け「〝ウェストコット隊長へ休暇を〟」と呟いた。
「ハンターは宮内長官や軍の上層部がいる前で、自分への褒賞を聞かれてそう答えました。私ですら緊張するあの面々へ、自分のためではなく……私のために」
水色のまつ毛を震わせて、グラントが微笑んだ。
「自分の栄誉よりも、私の心身を案じてくれた。部下としてだけではなく、一人の人間として、私はハンターをとても尊敬しています」
その表情を見て、リーリアは確信した。
これは上官と部下というだけでは言い尽くせぬ感情がある。
そうに違いない。
さらには安易に愛しているとは言わない、口にできないグラントの心の内も、リーリアは完ッ璧に感じ取った。
「二人のせつない心、絆、愛、思慕、恋情……このリーリア・カーグラントが預かって差し上げてよ!」
二人の秘した愛のために、リーリアは助太刀することにした。
そうと決まれば、まずはハンターを苦しめる過去の亡霊を始末せねばなるまい。
リーリアはそう判断して、勢いよく馬車のドアを開けて高らかに声を上げた。
「話は聞かせていただいてよ! そしてお前たちの全てを理解してよ!」




