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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第29話 静かになさい!(リーリア視点)

 リーリアは外から漏れ聞こえてくる声に興奮しながら、馬車の小窓を覗いていた。

 外ではあの美しい平民兵と、その知り合いらしい男が何やら深刻な顔で言葉を交わしている。


 カーグラント侯爵家の馬車は、一流の職人が技術の粋を集めて作ったものだ。

 今リーリアが乗っているこの馬車はメインで使っているものではなく、やや地味なものだけれど、馬車としては王家のものにも引けを取らない。


 だから馬車と外を隔てる壁にはしっかりとした厚みがあって、レインたちの声は途切れ途切れにしか聞こえてこない。

 けれどもこの黄金の耳を持つリーリアにかかれば、途切れがちの声でもその内容を把握するのに十分であった。


 耳も目も完全に外へ向けられたリーリアを、同乗していたグラントが不思議そうに見つめている。

 そして自分の侍女が、リーリアを冷ややかな目で見ている。


「お嬢様……」


 侍女が咎めるような声を上げた瞬間に、リーリアはギラリとした目を向けた。


「静かになさい!」


 気迫のこもったリーリアの声に、侍女がため息を飲み込むようにして黙り、グラントが驚いたように目をぱちぱちと瞬かせた。

 その様子を見て、リーリアは少しだけ反省する。


 そもそもこの馬車にグラントがいるのは、リーリアが彼へ謝罪をしようと思ったからだった。


 実は今朝、父親から「これ以上リーリアちゃんには協力できないよ」と言われてしまったのだ。

 グラントをリーリアに釣り合う男にするため、彼を鍛え上げる協力はこれ以上できないという話だった。


 しかもグラントをカーグラント家の婿にという話も、どちらかと言えば「パパは反対」なのだと告げられた。

 第二小隊の小隊長を薦めたいのだという。そんなことは初耳だったし、リーリアは生まれて初めて毛虫を見た時と同じくらいびっくりしてしまった。


 さらには、グラント獲得のためのアレやコレやが王家や軍部評議会の議員たちから問題だと言われて、〝グラント・ウェストコットへ手出し無用〟と大きく釘を刺されたのだという。


「リーリアちゃんは、アルダー子爵を知っているかい?」


 困ったような笑みを浮かべる父の言った名前は、最近では社交界で聞かない日はないというくらいよく聞く名前だった。

 もちろん、悪い意味で。


〝幼女時代から目をつけていた女性を手に入れるため、違法ギリギリで従魔の魔道具まで手に入れたあげくに失敗した男〟


 従魔の魔道具を管理する教会と王家から叱責され、教会からは彼らが取り仕切る領内の冠婚葬祭を制限されるという制裁も受けている。

 社交界では〝粘着質な負け犬〟や〝みっともない男〟〝二十年物の付き纏い男ヴィンテージ・ストーカー〟などと呼ばれて居場所がない。


「リーリアちゃん、パパたち、これ以上のことをするとアレと同じように呼ばれそうなんだ。だからちょっと、控えよう?」


 娘の願いは何でも叶えてくれる優しい父親が、リーリアの望みに「ダメ」と言ったのはそれが初めてだった。

 大好きなパパが泣きそうな顔をしていたのも悲しかったし、自分のグラントへの想いが一歩間違えれば〝みっともない〟ものなのだとわかって、リーリアは少し泣いた。


 だから今日の化粧は、浮腫んだまぶたを誤魔化すためにちょっとだけ濃い。


 グラントにはいつも、完璧に美しく、カーグラント侯爵家の一人娘として非の打ち所がないほど整った姿しか見せたことがない。

 そんな彼にいつもよりほんの少しだけ不細工な化粧を見られるのは嫌だったけれど、だからこそ、謝罪をするなら今日しかないと思った。


 そのほうがリーリアの謝罪の真剣さがきっと上手く伝わるに違いない。

 

 父から王城へ呼ばれているというグラントのことを聞いたリーリアは、その帰り道を馬車で待ち伏せしてカフェへ誘った。

 もちろん、今までのことを謝罪したいからと伝えて。


 素直に彼がうなずいてくれたのは、馬車をいつもの黄金仕様ではなくて、質素な飾りしかついていない木の馬車にしたからかもしれない。

 それとも、衣裳部屋の中で一番地味で目立たないドレスを選んだことが功を奏したのか。

 どちらにせよリーリアの申し訳ない気持ちがいかに本気であるのか、グラントには完璧に伝わったのだろう。


 そして無事カフェに到着し、さあ降りようと準備し始めたその時。

 ちらりと馬車の小窓の外へ目を向けたリーリアの目に飛び込んできたのは、リーリアが目をかけている美形の平民兵が深刻な顔で見知らぬ男と話し込む姿だった。


 しかも、壁越しにうっすらと会話も聞こえてくるではないか。

 完璧に他人へ配慮できるリーリアは、彼らの様子から、その会話を邪魔してはいけないと判断した。


 だから日傘を用意して降りる準備を整えた侍女を止めて、不思議そうにリーリアが動くのを待つグラントへ、小窓に張り付きながら唇に人差し指を当てて見せた。


 シーッ。


 お静かに!


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