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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第25話 この人もあの部屋のおじさんたちと同類じゅ……

 宮内長官室の重いドアを開け、振り向いて敬礼をひとつ。


 長官室の偉い人たち全員が、生まれて間もない子猫か孫を見るような目でこちらを見て、うんうんとうなずきながら答礼を返してくる。

 レインには、上官たちの頭上に見えないシャボン玉がいくつか浮いているのが見えた気がした。


 偉いおじさんたちの謎に平和な様子に内心で首を傾げつつ、敬礼を解いてドアを閉める。


 途端に込み上げてきたのは、長い長いため息だ。

 偉い人たちを前に緊張するのは当然だと思っていたけれど、想像以上に体が強張っていたらしい。授業を思い出しながら、指先一本まで緊張して動いていたせいだ。


(あの人たちに比べたら、ワニや動く石人形のほうがまだかわいいじゅ)


 何か間違いがあれば一瞬で社会的に抹殺されてしまう権力を持つ人間と対峙するほうが、魔物と戦うよりレインにはつらい。

 それ以上に辛いのは孤独だ。けれど社会的な死とは誰にも相手にされず、人間関係を一瞬で壊された結果、居場所を失うということだ。


 彼らはその孤独をもたらす死神の群れのようなものである。


 そんな死神たちと一緒に部屋に残ったグラントは、これから任務や部隊運用の調整などで彼らと細かな打ち合わせがあるらしい。

 当然レインも付き合って残るのだとばかり思っていたが、気をつけの状態で立つレインの小指が震えはじめたのを見て、グラントは長官に掛け合ってレインの退室許可を取ってくれた。


 泣きそうになった。


「隊長……あんまり無理はしないでほしいじゅ……」


 だって彼の小指もまあまあ震えていたので。


 レインは閉じたドアに向かって、深々と頭を下げた。


(これからどうするじゅ?)


 本来なら夕方過ぎまで王城で過ごす予定でいた。

 予定が予想より短く終わっても、グラントとともに詰所に戻って王城でのことを話し合うつもりでいたのだ。


 それが全部なくなって、これからの時間がまるごと空いてしまった。

 しかも帰り際、偉い人たちに「君もゆっくり休みなさい」と言われてしまった。


〝休め〟は命令である。

 しかも死神の群れからの下命である。


 空いた時間に何をしようかな? と考えたレインの頭に浮かんだ〝仕事〟や〝訓練〟は、当然ながら命令違反だ。

 つまり大人しく家に帰るしかない。


 レインは一歩一歩、不確かな足取りでトボトボしょぼんと歩き、一人で王城の正門へと向かう。

 手続を終えて門を出ると、真昼の青空の下でふわりとそよぐ薄桃色の髪が目に入った。


「班長!」


 嬉しそうにこちらに手を振ってくるのはクラーラだった。

 薄く伸びた雲越しに見る空のようなパステルブルーのワンピースをひらめかせ、クラーラがレインの元へと駆け寄ってくる。


「クラーラ――お嬢様と、今はお呼びしたほうがいいでしょうか」


 隣に寄り添うように立ったクラーラが、レインの言葉にとんでもないと手を振った。


「おやめください、班長。いつものように、クラーラと! 今は実家の都合でお休みをいただいておりますが、本音を言えばすぐにでも班長の元で仕事に復帰したいのですから!」


 彼女はジャイアントゴーレム討伐以来、マインズ伯爵家と王城との事務的な折衝で休暇を取っている。

 聞けば、その関係でレインとグラントが宮内長官に呼ばれたことを知っていて、昼からここで待っていてくれていたという。


「一人で、ですか……? それは寂しい思いをさせてしまいました」


(いつ現れるかわからない人を待っているのは、拷問に近いじゅ。気分は公開処刑じゅ)


〝すっぽかされたのかな?〟とか、〝あの人ずっといるけど何? こわ……〟という目でじろじろ見られるのを想像するだけで、腕を搔きむしりたくなる。

 レインだったら、途中でなんとか王城へ入り込めないか画策し出したに違いない。


「ま、まあ! いえ、そんなことは。こう見えて私も高脅威度魔物専門討伐隊ハンター班の班員ですから。班長のためなら一時間でも十時間でも一日でも待っていられます。不審者だって砂の腕でポンです!」


 ぐっと力こぶを作るポーズをしたクラーラの背後で、魔法でできた砂の腕が〝むんっ!〟とばかりにムキムキの力こぶを披露してから消えた。

 ポンの意味は、怖くて聞けない。


「と、ところで……班長、これから少しお時間はありますか?」


 そわそわと落ち着かない様子のクラーラが、レインの横顔を覗き込みながら首を傾げた。


「もしもご予定がないようでしたら、いかがでしょう、その……私と一緒にカフェへ行くというのは? スイーツがおいしいと評判のお店があるのです」


 要人の顔を見るべからずを訓練され過ぎて目も合わせてくれない使用人たちが行き来する王城の廊下を一人で歩くのすら、レインの孤独限界ゲージは突破しそうだったのだ。


「スイーツ……」


 クラーラの誘いはとても魅力的に思えた。


「ケーキ、特にムースケーキが絶品です。口に入れた瞬間にふわりと溶けて消えるムースはもちろんのこと、土台の生地も一緒にほどけてなくなるあの食感とおいしさを、班長にも味わっていただきたいです! さあ、行きましょう!」


 さあ! 

 さあさあ!

 さあさあさあさあ! と腕を取られ、あれよあれよという間にマインズ伯爵家の紋章入りの馬車に押し込められる。


 そうしてしばらく揺られて着いた先は、王都の目抜き通りに面したカフェだった。


 田舎にいた頃のレインでも知っていた有名店である。

 この辺りの店にはめずらしく広い馬車置き場が併設されていて、平民から貴族までが分け隔てなく集う、王都でも指折りの人気店だった。


〝この店のコーヒーを味わったことがない者は、王都の味わいも知らない〟とまで言われていて、レインもいつかは誰かと一緒に来たいと思っていた憧れの店だ。

 有名店らしく、店の前には人が列を作って席が空くのを待っていた。


 自分は軍服、クラーラはワンピース。見た目的に自然とクラーラをエスコートしてその列に並ぼうとしたレインを、彼女はふふっと笑って止め、店の入口へ進んだ。


「こんなこともあろうかと、予約をしていたのです!」

 

「いらっしゃいませ、マインズ様。こちらへどうぞ」


 マインズ伯爵家紋章付きの馬車を見たのだろう。

 列を無視して近付いてきたクラーラとレインを見た店員が丁寧なしぐさで一礼し、二人を店内へと促がした。


 うなずいてこちらを見上げたクラーラには余裕があった。

 対して、レインは少し落ち着かない。


 いくら予約という制度に則った正当な権利の行使であるとはいえ、待ち人たちをすっ飛ばして先に入店することに、少しだけ後ろめたさを感じてしまったからだ。


(この人もあの部屋のおじさん(死神)たちと同類じゅ……)


 なにせ伯爵令嬢だ。

 部下ではなく貴族の顔を見せつけられて、レインは姿勢を正した。


 その時だった。


「おい! なんであいつらが先なんだじゅ⁉  不公平だじゅ!」


 入店待ちの列から、聞き捨てならない言葉と聞きなれた方言が響いた。


「俺がいつから待ってると思ってるじゅ! いくら軍服を着てるからって、特別扱いはねえじゅ!」


 それはひどく耳障りな声だった。

 そしてよく知った声でもあった。


 レインは思わず足を止め、振り返る。

 視界には、行列を抜けて店内に入り、出入り口の真ん中で店員に食ってかかる男がいた。


 全体的にくたびれた服、猫背、踵のすり減った靴、煤けたような金髪を振り乱して怒る余裕のない表情。


(あれ、ダリオだじゅ?)


 最後に見た時の様子とは何もかもが違うけれど、聞き間違えようがない声とだじゅ弁に確信する。

 そこにいるのは、生まれた時から一緒にいた幼馴染みだ。


 故郷で結婚を誓い、王都で自分を捨てた、元婚約者のダリオ・タスカーだった。


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