第26話 同郷の恥だじゅ
「お待たせして大変申し訳ございません。ですが、あちらのお客様はあらかじめお席をご用意させていただいた方でございます」
「でも俺が先に並んでたんだじゅ! あれは割り込みじゅ! 王都の有名店は軍人ばっかり贔屓するじゅ⁉」
「もちろん割り込みや贔屓などはあってはならないことでございます。しかしながらあちらのお客様は、事前にご予約をいただいており――」
レインと最後に話した時には〝田舎モン丸出し〟と罵っていたはずのだじゅ弁で、ダリオがカフェの店員に怒鳴り散らしている。
あの時はだじゅ弁で話すことを恥ずかしいと言われて承服しかねる気持ちでいたけれど、今は確かに恥ずかしい。
けれどそれは故郷の言葉を使うことそのものではなくて、公衆の面前で個人的な怒りを理不尽に人へ当たり散らす男が、故郷の言葉を使っていることに対する羞恥だ。
だじゅ弁を知らない者たちにとって、ダリオがだじゅ弁使用者の代表になってしまう。
あれがだじゅ弁を使う者たちの普通だと思ってほしくない。
ダリオの非常識によって、故郷の印象が嫌なものに決定づけられてしまいそうなのが、恥ずかしい。
「……同郷の恥だじゅ」
カフェの入り口で喚き散らすダリオを、店内と外に並ぶ客の多くが注目している。
隣にいるクラーラも眉をひそめて見ていた。
激昂するダリオと、客の冷ややかな視線。
そのあまりの温度差に、レインは羞恥心と一緒に少しの同情を覚えた。
つい、可哀想になってしまった。
ここはひとつ同郷の者として、同じだじゅ弁を話す者として、ダリオの熱を冷ましてあげるのが優しさだとレインは思った。
「クラーラ、申し訳ないですが、席で待っていてくれますか。どうやら知人が迷惑をかけているようなので、少し話をして落ち着かせてきます」
「班長の? どういったお知り合いですか?」
眉尻を下げたレインの言葉に、クラーラが首を傾げた。
「……いつだったかのランチでお話した、私の幼馴染みで、元婚約者だった男です」
「まあ。あの?」
ダリオを見ていて感じた羞恥心が、また大きく膨れたのを感じた。
実体をもって現れた〝婚約者にふられた〟という過去を、部下に見られたことが恥ずかしかったのかもしれない。
もしくは、あんなふうに勝手な怒りを他人へぶつけて怒鳴り散らす男に捨てられて悲しい気持ちになっていたことが、恥ずかしくなったのかもしれない。
羞恥心で目を伏せたレインへ、クラーラは心配そうに言った。
「もちろんお待ちしておりますけれど、彼と話をしていて嫌な気持ちになったらすぐに戻ってきてくださいね。私も経験がありますけれど、歓迎できない人間と話すという行為は、思った以上に消耗するものですから……」
遠い目をするクラーラへ、レインは素直にうなずいた。
「クラーラと一緒にケーキを食べたら、きっとすぐに回復すると思います。だから、それをご褒美に頑張ってきますね」
「えっ。ええ、ええ! そうですとも! 待っております!」
力強くうなずいてくれたクラーラを置いて、レインは出入り口へと引き返した。
レインに気づかず店員に詰め寄るダリオに近づくと、その肩に手を置いて見下ろした。
突然のことに驚いて見上げてくるダリオを眺めて、レインは今までに覚えのなかった違和感に内心で首を傾げた。
(ダリオを見下ろしたことってなかったじゅ。まさか私に第三の成長期が訪れたじゅ?)
「ダリオ、よく周りを見回すじゅ。ものすごく迷惑だじゅ。お客さんたちがダリオを見る目は、畑の土からコガネムシの幼虫が大量に出てきた時の村人たちの視線と一緒じゅ」
「は、はあ? 俺が害虫だってことじゅ⁉ 失礼だじゅ、いきなりな……ん? じゅ? お前、もしかしてレインだじゅ?」
レインは出口へと押し出すようにしてダリオの肩に置いた手に力を込めて、「だじゅ」とうなずいた。
故郷でも〝アイス・トロール〟の名をほしいままにしていたレインである。
そして現役の軍人であり、仕事のないときは訓練に明け暮れているレインの力には勝てず、ダリオが出口へとよろめいた。
すれ違った店員に申し訳ない気持ちで略式の敬礼をして、入店待ちの列に並ぶ人たちの視線を感じながら、レインはとりあえずダリオを馬車置き場へと連れていく。
「うっそだじゅレイン、髪どうしたじゅ! それになんか……なんか……」
店のほうから見られないように、馬車置き場の中でもひときわ大きな馬車の一台の影へダリオを押し込んだ。
貴族の馬車らしく、車体についた飾りも絢爛豪華だ。
屋根に取り付けられたその金色の飾りに、雲の合間を縫って太陽の光が反射した。
光はレインとダリオの目を同時に刺して、片方は少しだけ目を細めて相手を見上げ、片方は眉根を寄せて相手を見下ろした。
「なんか、お前、立派になっちまったじゅ……」
「ダリオ、身長削れたじゅ?」
そして二人とも、少しだけ沈黙した。




