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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第21話 だったら戦うじゅ

 従魔の魔道具とは、隷属の魔法を付与した魔道具のことだ。

 魔物を従わせるだけでなく、人間も隷属させることができる。


 当然のことながら教会や国から厳重に管理され、両者からの許可がなければ所持できない。

 魔道具の制作も許可が下りてから教会が制作を始めるので、手に入れるまで場合によっては数年、十数年ほどかかることもあるのだと、レインは授業で習った覚えがある。


「……アルダー子爵は、従魔の魔道具を持っているのですね」


 レインの言葉に、クラーラが唇を噛みしめてうなずいた。


 偶然鉱山に現れたジャイアントゴーレムを、たまたま持っていた従魔の魔道具で隷属させ、脅威を取り除く。

 その代わり、クラーラを花嫁として寄越せというのは……。


(あんまりにも怪しすぎるじゅ!)


 下水道に忍び込んだ時に〝偶然〟を強調したことを思い出す。

 あれも相当に苦しい〝偶然〟だったが、アルダー子爵の〝偶然〟もなかなか苦しい。


「少し、出来過ぎな気がします」


 うんうんとうなずく部下たちの一人が、パンの欠片をクルトン代わりにスープへ浮かべながら首を傾げる。


「かつて戦術兵器と呼ばれたジャイアントゴーレムが鉱山に現れたなら、交渉する間もなく大暴れしていておかしくないですけど……。被害が王都に聞こえてこないのは、班長の言う通りやっぱり〝出来過ぎ〟ですよね」


 クラーラがまた、「ハッ」と強く息を吐き出した。眉根が寄って眉間に皺ができている。


「まるで主人の命令が下るまで待機しているように、驚くほど大人しいのです。それでもこちらが攻撃すれば暴れるので、我が領軍では太刀打ちできず、交渉を……受け入れるしかないのでは、と……」


 薄桃色のまつ毛に縁どられた金の目が潤む。


「新鉱山の利益の一部や魔導石の専売を提示しても、子爵は首を縦に振りません。つまり彼の狙いは私なのです。それが嫌で、両親に申し訳なくて……」


 だけど家のために望まぬ結婚を受け入れる勇気もない。

 そう呟いてクラーラはうなだれた。


「だから両親に悟られることなく、原因の私が戦死すれば……と、そう思ってこの班への異動を決意したのです」


「それは違う、絶対に違います」


 レインは正面に座ってうつむくクラーラの顔を覗き込む。


(もしかしたら突然現れたゴーレムも、子爵の持っていた従魔の魔道具も、本当に偶然なのかもしれないじゅ。だけどだったら、百歩譲ってそうだとしたらじゅ……)


「原因はゴーレムだ」


 じゅ。と、続けそうになって慌てて唇を引き結ぶ。


「クラーラのせいじゃない、死にたいなんて思っちゃだめだ」


(じゅ! 絶対そんなの違うじゅ!)


「ご両親はなんとか貴女を助けようと、あれこれ手を尽くしてくれているではないですか」


 マインズ伯爵家の未来のため、領地のために必要だから調査をして見つけた新鉱山の魔導石の専売を交渉条件に載せたり、脅威度S級のジャイアントゴーレムをなんとか排除しようと領地軍を向かわせたり。

 マインズ伯爵家は、どうにか娘を理不尽な結婚から守ろうと努力している。


「全部、貴女の健やかな将来のための努力です。それを申し訳ないと思って密やかな戦死を願うなど、優しいご両親を背中から刺す行為です」


 その通りだと周りの同僚たちから声をかけられて、クラーラが目を潤ませて顔を上げた。


「もしかしたらゴーレムは本当に偶然なのかもしれない。けれどそれを理由に貴女を寄越せというアルダー子爵の要求には違和感があります」


 思いのほか強い声が出たことに内心で少し驚きながら、けれどレインはその強い声のまましっかりと続けた。


「そういう一方的な要求と違和感を、無条件でのむ必要はありません」


 そう言って、レインは気づく。

 自分の言葉が心からのもので、おそらく今まで無意識に抑え込んでいた本心であると。


こちらを見てくるクラーラの目はうっすらと滲んだ涙に潤んだ金色で、その輝きに、ダリオのことを思い出す。

 彼がレインへぶつけた言葉は無神経で残酷だった。けれど彼の髪は、故郷の麦畑が風でうねるように黄金色に煌めいて美しかった。


 レインの容姿やだじゅ弁を貶められた別れ際のことだけではなくて、それよりももっとずっと前から自分はダリオに傷つけられていたのだと、レインはクラーラへ言った自分の言葉にそう思った。


 就職を機に故郷から王都へ来る際に、王都で就職することと将来二人が結婚することを決定事項だと告げられたことだ。

 ダリオの言葉の中には、レインための思いやりなど何もなかったと今ならわかる。


「嫌なら嫌だと言っていい、違和感があるならそれを追求したらいい。従う理由や利益がこちらにもあるからって、だけど一方的な要求をのむ必要なんてないんだ……」


(……じゅ。相手からの一方的で理不尽な話は、何かの利益のためにこちらがのんだって、いつ反故にされるかわからないじゅ)


 ダリオを信じて王都にきたレインみたいに。


 その頃のレインはダリオ以外に話す相手がいなかった。

 魔法の力が強すぎて、村の人たちからは少し恐れられていたようだったから、驚かせないようにレインもそっと距離を取っていた。

 だから寂しかったのだと思う。


 そのせいでダリオの言うことが、普通以上に説得力を持って聞こえたのかもしれない。

 その勢いにのまれて、こちらは何も要求せず、自分の都合を相手に伝えて交渉や話し合いもできなかった。


 ダリオの言い分を全部受け入れた。

 その時に感じた服を裏表に着てしまったような違和感と、居心地の悪さを、もっと真剣に考えなくてはいけなかった。


 本当は嫌だと言えばよかった。

 せめて〝なんで〟と問えたらよかった。


〝どうせ俺たち結婚するんだ〟とか、〝お前が俺に合わせて王都に来るのがスジ〟だとか。


(なんでダリオが私の進路や将来を決めるじゅ?)


〝俺の両親もお前でいいって言ってる〟


(〝で〟いいって、なんだじゅ? なんで妥協してやるって言われなきゃいけないじゅ?)


〝お前の親だって、知らない男より俺が相手のほうが絶対良いって言う〟


(私の親は自分たちの知らない男でも、私の選んだ人ならいいっていいじゅ。なんでダリオが私の両親の気持ちを代弁するじゅ?)


 顔を上げたクラーラの背中が、小さく縮こまっている。本当はもっとスラリと背筋が伸びていたはずだ。それがアルダー子爵への違和感と嫌悪感で丸まってしまっている。

 肩を強張らせて座るその姿が、自分と重なった。


(確かに私は口下手で、人見知りで、知らない人と話すのは大変だじゅ。だけどできないわけじゃないじゅ。……そう言えばよかったじゅ)


 むしろダリオに捨てられて一人きりの広い家に帰るようになってからわかったけれど、おそらく自分は人が好きだ。

 会話も楽しい。緊張はするけれど。


 人のいるところにいたいし、ざわめきや人の気配があるところのほうが落ち着く。

 たくさんの中に一人ぼっちは寂しいけれど、広い空間に一人きりより慰められる。


(なんでダリオが私の性格をこうだって決めつけて語ってたんだじゅ? もしかしたらそう思わされていただけだったかもしれないじゅ……)


 それでも同郷で、田舎の村ではめずらしい魔法使い同士で、同い年で、一緒に勉強してきた幼馴染みを、レインは信じていた。


 魔法使いではない人たちから向けられる、たくさんの意味を含んだ視線。

 魔法のせいで家業を継げない寂しさ。

 魔法を使った職種にしか進めない自由の狭さ。

 だけど結局恵まれた境遇であることに文句を言えない不自由さや、苦労。


 そういう気持ちを分かち合ってきたダリオを、レインは信じていたのだ。


 就職を前にして、レインの考えや意思を聞かずにいろいろなことをぐいぐい決めていくけれど、だからって一緒に今まで歩いてきて、これからも隣同士で過ごす相手を蔑ろになんてしないと。


(だからいろんな人に迷惑をかけるとわかっていても、ダリオについてきたんだじゅ)


 レインの進路を聞いて準備してくれていた神父や教師にも迷惑をかけた。

 ダリオとしか結婚できないから……と、他人に決められた物差しで自分の価値を語る娘に、両親はどれだけ失望したことだろう。


 討伐隊と騎士団のどちらに就職しても大丈夫なように、幼い頃からレインの実力を高めようと一生懸命になってくれた人たちだ。

 だからレインは予定になかった討伐隊でも活躍できている。


「……」


 レインは誰かのために、その人の前へ道を作る行為を知っていた。

 それが愛情からのものだと知っていた。

 レインの前にあった道は、両親が真心を込めて作ってくれた道だとわかっていた。


 つまずくことがないように、転ぶことがないようにと願って道を作る。

 レインはありがたくその道を素直に歩いたけれど、もし親の思う通りにレインがそれを選ばなくとも、きっと両親は不服に思ったりはしなかっただろう。

 そしておそらく、別の道を一緒に探したり、新しく作ったりしたはずだ。


 だからダリオが勝手に道を作ったことも、レインは愛情からなのだと信じていた。

 信じていたから従った。


 自分の隣を歩かせることを勝手に決めて、だけど一緒に歩く道を新しく作るでもなく強引に自分の道を歩かせておいて、結局邪魔だからと道の外にあっさり捨てるようなことはしない。と、そう信じていたから従った。


(信じた自分が馬鹿だったじゅ!)


 レインは自分の周りにいる女性兵士たちを見回した。

 自分の戦いぶりを見て、一緒に戦ってもいいと決めてくれた人たち。

 部下の存在を、レインはこの時初めて意識した。


(……私はこれから〝班長〟として、道を作っていく立場になったんだじゅ)


 両親のように、グラントのように。


 信じた自分が馬鹿だったと思われるような人間には、なりたくないじゅ。と、レインは強く思った。

 だからレインは手のひらを強く打って、指についたパンくずを払って言った。


「ここは王立討伐軍の高脅威度魔物専門討伐隊。どんな気持ちでここにきたのだとしても、所属したからには戦ってもらわなくてはいけません」


 クラーラが真っ赤になった目でこちらを見た。

 隣や斜め前、周囲にいた部下たちも、ハッとした様子でレインを見つめる。


(じゅ。そうだじゅ。私にも彼女たちにも、クラーラにも事情があるじゅ。だけどどんな事情があったとしても、選んできたからには、ここが居場所じゅ)


 両親への罪悪感に自死を選んでこの班への異動を決めたのだとしても、クラーラは自分の居場所を守るためにここにきたのだろう。

 そこに自分がいなくても、マインズ伯爵家とその領地の将来が続くように。


 居場所を……居場所だった所を、守りたくてここにきたのだ。


(だったら戦うじゅ。ここは戦うための隊じゅ)


 顔を上げたクラーラを真っすぐ見つめ、レインは彼女の金の目から流れた涙を拭って続けた。


「この班にきたその覚悟を、私に預けてほしい」


(考えてもみるじゅ。この隊は〝高脅威度魔物専門討伐部隊〟じゅ)


 ジャイアントゴーレムはS級だ。

 しかもその隊員であるクラーラの領地からの依頼であれば、グラントが懸念していた地方領軍との摩擦もない。


(初陣としてはこれ以上ないくらい好条件じゅ!)


 そしてクラーラのためにも、この隊と班の皆はこれ以上ないくらいの力強い存在だ。


「原因となるジャイアントゴーレムを倒して、貴女を奪おうとする男の企みを阻止しましょう」


「は、はい……!」


 レインがクラーラの目を見つめて微笑むと、周囲にいた部下たちもまた、瞳を煌めかせて大きくうなずいた。


 やってやりましょうよ! と彼女たちが口々に力強くそう言うと、それぞれが限界まで千切っていた手元のパンから、ぶわっとパンくずが舞った。


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いっそ全員レインちに一緒に住めば?
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