第22話 もし私が結婚するなら、(クラーラ視点)
マインズ伯爵家の頭痛の種だったジャイアントゴーレムが無事討伐されてから、数日後。
高脅威度魔物専門討伐隊は、クラーラを残して一足先に王都へと帰還した。
班長であるハンターは、クラーラに数日間の休暇を約束してくれた。
「ご両親と積もる話もあるだろうし、きっとこれについても話し合いたいはずだから」と、ジャイアントゴーレムの成れの果てである石ころをクラーラへ手渡して。
それが乗ったテーブルを囲み、クラーラと両親は久しぶりに肩の力を抜いて話をしていた。
いつぶりだろか、こんなにも明るい表情の両親を見るのは。
紅茶を淹れる侍女の顔も、横に控えて家族の話にうなずく執事の顔色も晴れやかだ。
「まさかお前があのゴーレムを倒すとは思わなかったよ。強くなったな、クラーラ」
父であるマインズ伯爵が、しみじみと娘を見つめて呟く。
その目はかつて悲壮感に満ちていた。
父の両肩には領民とマインズ一族の未来がかかっていたからだ。
その未来を守りながら娘の幸せも願って戦う。今の父の晴れ晴れとした金色の目を見れば、それがどれだけ重圧だったかが改めてわかった。
クラーラは背筋を伸ばし、はっきりと首を横に振った。
「全てはハンター班長のおかげです。班長は一人でもジャイアントゴーレムを倒せたはずなのに、一緒に戦ってくださった……。部下の事情を察し、寄り添って、けれど慰めるだけでなく前を向く力をくれる方なのです」
テーブルがパンくずまみれになったランチを思い出す。
ジャイアントゴーレムを倒すために力を貸してくれた班員は、あの時に班長に共感し、共鳴して、一緒に戦うためにパンくずを巻き上げてくれた人たちだ。
顔を上げて両親のほうを見ると、二人もクラーラを見つめていた。その目には明るさの他に、安堵の色が見える。
それはおそらくジャイアントゴーレムという脅威がなくなったことで領の未来が開けたからだけではなくて、クラーラの気持ちが前を向いていることがわかったからだろう。
自分一人だけだったなら今頃、きっと……。
クラーラはレインのおかげで訪れなかった暗い予想を振り払い、おどけるように言った。
「もし私が結婚するなら、班長みたいな人がいいわ」
「あの方は女性だろう? 冗談が過ぎるぞ」
父がクラーラの言葉を笑い飛ばす。
けれどその隣に座っていた母親が、真顔でティーカップをソーサーに戻して言った。
「あら、冗談だなんて。わたしもクラーラのお相手は、あの方のような頼りがいのある方がいいわ」
「なっ……⁉」
狼狽する父の横で、シュガートングで砂糖をつまみあげた母が、真顔のままそれをぽちょんと落として続ける。
「娘の気持ちを思いやり、そのためにジャイアントゴーレムの討伐を上官に掛け合ってくれる方なら女性でも大歓迎よ。少なくとも、幼女に執着して未婚を貫いたあげくに、年頃になったからと卑怯な手段で手に入れようとする怪物ではなく」
「……それはその通りだなあ」
父がしみじみとため息をつく。
心の底からの同意に、クラーラと母は顔を見合わせて笑う。
冗談として話せる日がくるなんて、少し前には考えられなかった。
笑えるようになって良かった。と両親を見て感じた自分だけでなく、両親のほうもクラーラに対して思っているだろう。
笑い声が一段落したところで、表情を引き締めた父が「その怪物についてだが」と切り出した。
「なに、もう心配はいらないよクラーラ。対策は講じたからね」
新鉱山から出た魔導石は、一目で今までの鉱山のものよりも高品質であることがわかった。
我が国の王侯貴族だけでなく、近隣諸国の王族も欲しがるだろう。それほどのものだった。
父はそれを見て、真っ先に王家へ献上を申し出たのだという。
「すでに王家には見本品を届け、非常に良い反応をいただいているんだ。明日は王家からの御使者がいらっしゃる。これから頻繁に出入りする御使者の様子は、すぐにアルダー子爵にも伝わるだろう」
甘えるようにティーカップを差し出して母に砂糖を入れてもらった父が、そのしぐさとは正反対のキリリとした顔でクラーラを見た。
「父は魔物退治には後れを取ってしまったかもしれないが、娘に手を出そうとする怪物を排除するためなら、なんだってするつもりだったんだ。利益なんて今まで通り家が維持できればそれでいいし、石を献上することで王家の加護がお前につくなら安いものだ」
「お父様……」
「お父様もなかなか頼りになる方でしょう、クラーラ。結婚相手にお父様のような人を選んだお母様って、慧眼ではない?」
ふふっと笑って母が二つ目の砂糖を父の紅茶へ投入する。
「んんっ。いや、クラーラ。お前の母のようにどんな時でも一緒にいてくれる女性を選んだ私も、なかなか目が良かったと思わないか。しかも賢くて美しく、お茶目で繊細で、愛嬌があってかわいいのだ」
「まあまあまあ! あなたったら!」
ぽちょんぽちょんと続けざまに父の紅茶に砂糖を入れる母と、カップの底に溜まった砂糖をザリザリいわせながらティースプーンで紅茶をかき混ぜる父が顔を見合わせて笑い合う。
ジャイアントゴーレムが出現する前までは日常だった両親の様子に、これまた日常的だった胸やけを起こしながら、クラーラも微笑む。
しばらくしてから、父が母に頬をつつかれながら口を開いた。
「ジャイアントゴーレムにまつわる疑惑についても、これからそれとなく御使者に伝えるつもりだ。そのうち陛下のお耳に入るだろう」
「卑怯な手段しかとれないような男ですもの。王家に睨まれてでもあなたを手に入れようというような根性はないはずよ」
クラーラは思わず目を潤ませて、しっかりと二人に頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、もし彼がまた私やマインズ家へ何かしようとするなら、今度は自分の力で拒否します。……拒否、できます」
両親は顔を見合わせ、深くうなずいた。
「実はな、お前が討伐隊に入ると言ったとき、もしや自暴自棄になって死に場所を探しているのではないかと疑っていたんだ。……悪かったな、クラーラ」
「あ……」
揺らぎのない両親の目が、真っすぐこちらを見てくる。
それをクラーラは見返せなかった。
実際、班長に出会うまでの自分は確かにそうだった。
見透かされていたこと、そして隠していたつもりで透けていた自分の選択が、両親をどれほど悲しませていたことかを思い知り、恥ずかしかった。
だから父の言葉に、クラーラは少しだけ目を逸らした。




