第17話 事実なんだじゅ?
昼休憩を通して独演会を開きかけていたリーリアは、途中でやってきたカーグラント侯爵家の侍女によって回収された。
おーほほほほ! と部屋を出ていっても廊下から聞こえてきていた上機嫌な笑い声が、レインとグラントの耳にこびりついて離れない。
執務室には重苦しい沈黙が流れている。
椅子に座り直したグラントが、両肘を机について祈るように組んだ手を額にくっつけてため息をついた。
「カーグラント侯爵令嬢の言っていた話は本当ですか?」
「……残念ながら、小隊編成の話が出ていたことは事実だ。当事者である私はもちろんのこと、旅団長も負担が大きすぎると反対していたから、まさかそんな話は通らないと思っていたんだが」
難しい顔をして首を横に振るグラントへ、レインはちょっと申し訳なく思いながら「いえ、そちらではなく」と遮った。
「今まで第四小隊だけが妙に忙しく、隊長が休暇も取らずに仕事をしていた件です。カーグラント侯爵が休む隙を与えぬように仕事を寄越していたからですか」
問い直したレインの言葉を聞き、グラントは組んだ手に額をこすりつけるようにしてうなだれた。
「おそらく事実だろう」
(事実なんだじゅ?)
何もしなくても仕事が降ってくるなんてなんて羨ましいと思いつつグラントを見れば、彼はうなだれて柳の枝のようにしょぼんとなっている。
レインはその姿を見て、休む暇もない仕事を嬉しいと思う自分の感覚は特殊なのだと戒めた。
「基本的な疑問で恐縮なのですが、カーグラント侯爵家というのはそんなにも有力な家門なのですか?」
「侯爵だからな、それは当然そうだ」
「しかし貸与型魔導勉学金制度で教わった授業の中で、隊長のご実家である迷宮伯爵の爵位は辺境伯と同程度か、ダンジョンの規模によっては上位に位置すると学びました。辺境伯は侯爵位より爵位的には下位に位置しますが、領地の規模や軍事的権限は侯爵位よりも高いとも教わりました」
つまり辺境伯と同程度の爵位を持つウェストコット迷宮伯家は、爵位だけとって見ても、侯爵家と同程度の権威と実力を有しているということだ。
「しかもウェストコット迷宮といえば、世界有数のフィールド型ダンジョンとしてその凶悪さや資源の豊かさは有名です。いくら軍務評議会の評議員を務めているといっても、隊長をカーグラント侯爵が無理やり従わせることはできないのではないですか?」
首を傾げるレインへ、グラントは苦笑した。
「単純な爵位だけ見ればそうだろう。けれど私は組織に属する人間だ。階級と実力が命令権を持っている」
「けれど、リーリア様は組織外の人間です。リーリア様が言っていたように、婿候補に武功を立てさせるため、隊の編成や仕事量に口を出すのは違うのではないでしょうか」
それが通るなら、レインを男と勘違いしてエスコートに少しだけ嬉しそうだったリーリアへ、レインががっつり男のふりをして頼んだら、「自分と釣り合うように武功を立てろ」といって仕事を回してくれないだろうか。
「リーリア嬢が言っていた〝つり合い〟や〝武功〟の解釈は、父親が娘をなだめるために言った表向きの言葉に過ぎない」
グラントの瞳に、暗い影が落ちる。
「カーグラント侯爵は私のことを認めてなどいない。本当は娘から引き剥がそうと躍起になっている」
水色のまつ毛が瞬いて、グラントがめずらしくうんざりした顔で続けた。
「娘には侯爵家と同派閥から選んだ婿を取らせたいと考えていたのに、よりによって派閥の違うウェストコットの三男なんかを娘が選んだ。なんとか引き剥がしたいが、娘に泣かれたくないのだろう」
実家も、自分も、婚約の申し込みはしっかり断ったんだ……と、グラントはため息をついた。
けれどカーグラント侯爵家は納得していない。娘が納得していないからだ。
ウェストコット家から断られたことも、娘の中ではなかったことになっている。
娘が「グラント様は我が家に引け目を感じている」と言えば、カーグラント侯爵家は表面上はその通りに振る舞う。
「彼は娘に甘いことで有名だからな」
「だから隊長に仕事を回すのですか?」
カーグラント侯爵の娘への甘さと、グラントの仕事が増加することが繋がらなくて、レインは首を傾げる。
「リーリア嬢はあの通り、わがままだ。仕事が忙しくてかまってくれない男なんて嫌だ、と癇癪を起して私のことはあきらめるか、飽きるかすると思ったのだろう」
「それは、確かに想像がつきますが……そうならなかったのですよね?」
今日のリーリアの様子では、まったくあきらめていないようだった。
ということは、あのお嬢さんけっこう本気で隊長のことが好きなんじゃないかじゅ? と反対側に首を傾げたレインへ、グラントは苦笑した。
「小隊の新編成は、業を煮やした侯爵の苦肉の策だろうな。武功を立てさせるふりをして戦地へ送る。死んでもいい、いや、むしろ戦死してくれたほうが娘も諦めがつくだろう。そんな殺意が透けて見える」
「まさか、下水道の件もその一環だったりは……」
レインの言葉に、グラントが遠い目をして肩をすくめた。
「ああ、確かにそれはあるかもしれないな。そういえば初めに下水道へ行くはずだった第二小隊の隊長が、侯爵が婿にと推している人物だ……」
「……っ」
まさかそんなことはないじゅ? と思いつつも、あの時に覚えた違和感を思い出して言った問いが、思ったよりも現実的な理由をもって肯定されたことに驚いた。
「忙しすぎて不自然とも思わなかったが……そうだな、そういうことだったのかもしれない」
そして命を狙われているグラント本人の、あまりに軽い調子に絶句した。




