第11話 伝説の仲人、バーバー・スミス夫妻の名が廃るよ!(理容師視点)
王都の中心から少し東に外れた、職人街の入り口付近にある小さな理髪店がある。
『バーバー・スミス』の店主は、鏡の前にちょこんと座った女性の髪を櫛でとかしながら、内心でいつもの客層とは全く違う客の様子に少しだけとまどっていた。
ずいぶんと可愛らしいお嬢ちゃんがきたもんだ、と。
ここは「そろそろ俺に継がせてくれよ」と倅にぼやかれつつも、「てやんでぇ常連さんに髪の毛が一本でもあるうちは儂がハサミを入れるんじゃ」と言って店に立ち続けている店主が営む店である。
王都の目抜き通りにあるような、カフェやケーキ屋かと見間違いそうになる洒落た美容室ではない。
場所柄、客も職人が多く、その中でも鍛冶職人に贔屓にされて続いてきた店だ。
つまり客はじじいになってもムキムキな男が多い。もしくは気難しい職人の内助の功として奮闘する肝っ玉母ちゃんが多い。
スミスは鏡越しに客を見た。
全体的に田舎の野暮ったさはあるものの、うちはこの客のような目鼻立ちの整った細っこい女の子がくるような店ではないのだが……。
(まさか、あのグラント坊ちゃんの紹介とはねえ)
グラント・ウェストコット。
ウェストコット迷宮伯家の三男という由緒ある貴族でありながら、実家の領地軍と王都軍の連絡将校となるべく鍛えられたという。
迷宮伯といえば辺境伯と同じくらい偉いのだとか。
だというのに、彼はコネを使わず王立魔導士官学校に入学し、戦術基礎や魔道理論を一から学んで討伐軍へ入隊した。
スミスはグラントが十四歳の新入生だった頃から、彼の髪を整えている。
その頃から彼は身分を鼻にかけず、誰に対しても穏やかで感じが良い。そんな彼を、スミスは貴族として敬いつつ、内心では親戚の甥っ子のように可愛がっていた。
(しかしあの堅物坊ちゃんが、まさか女の子を……)
客の緩くウェーブのかかった茶色の髪を櫛でとかして髪質や長さを見ながら、スミスはあどけない顔をしていた頃のグラントのことを思い出す。
彼は学生時代から平民に対して理解があり、こんな下町の小さな店のじじいにも貴族らしからぬ気安い態度で接してくるめずらしい少年だった。
けれどもとにかく真面目で、その頃も今も、恋の気配を感じたことは全くない。
親しみやすいとはいえ貴族なのだから、もしかしたら故郷に婚約者はいるかもしれない。しかし話を聞くに、そういう存在はいないようだ。
王都に住む独り身の貴族やそのボンボンがよくやるように、娼館に連日繰り出すといっただらしないこともしない。
それどころか、そういう場所へ誘ってくれる友人の存在も感じられない。
なんならここ最近はずっと仕事ばかりしているようで、買い物や読書などのささやかな楽しみの話さえ聞けていなかった。
あまりに人間関係が希薄すぎるのではないかと密かに心配していたところに、グラントの紹介状を持った女性客――レインがやってきたのだ。
常連客との違いにとまどいながらも、スミスの胸は年甲斐もなくときめいた。
これは堅物な客の元に恋の天使が矢を番えて百の軍勢でやってきたのではないか、と。
スミスと一緒にグラントの紹介状を読んで目を輝かせていた妻も、レインを席に案内するや否やミルクたっぷりの紅茶を淹れて渡し、それからそれへとグラントとの関係性について聞き出している。
「それで私、隊長みたいな立派な人になりたいと思ったじゅ。隊長みたいに優しい人になるために、形からでもいいじゅ。真似したくて隊長にこのお店を紹介してもらったじゅ」
「そうかいそうかい」
レインの言葉にうなずく妻の糸のように細められた目に、きらきらと星の光が散っている。
頬は真っ赤で皮膚はぴんと張り、艶々と若返っている。
「だから隊長と同じく、頼りがいのある髪型にしてほしいじゅ!」
「ほう! ならビシッとショートにしちまうかい?」
「じゅ!」
「じゅ? ってぇと?」
「あ、えっと、隊長みたいになれるなら、お願いするじゅ!」
貴族の女性も兵士として所属しているため、軍も女性兵の髪の長さに規則を設けてはいない。そのため平民兵でも、女性兵士は髪を切らない者も多い。
そんななか、スミスの提案に迷いなくうなずいたレインのグラントへの想いは本物だと、スミスたちは夫婦で顔を見合わせた。
(この子は坊ちゃんに心底惚れてるんだね。で、坊ちゃんのほうもわざわざうちを紹介するのに紹介状まで持たせるってことは……まんざらでもないってことだよ)
スミスも妻も、自分の息子に初恋が訪れた十歳の夏のように、甘酸っぱい気持ちで胸がいっぱいである。
(これが〝両片想い〟ってぇ、やつかい……)
(あんた、ここで黙ってちゃ〝髪と一緒に縁も結ぶ、縁結びの権化〟と謳われた伝説の仲人、バーバー・スミス夫妻の名が廃るよ!)
阿吽の呼吸で妻と視線だけで会話したスミスは、ハサミを台に置いてからゴホンと咳払いをした。
この初々しい二人をどうにか幸せに導きたい。
そのためにスミスはちょっとしたおせっかいを焼くことに決めた。
「あんた、坊ちゃんに近付きてえって? なら、リーリアってお嬢さんには気をつけな」
「……リーリアさん? って誰じゅ?」
「軍のお偉いさんの娘さんだよ」と、首を傾げるレインへ妻が説明する。
「最近、坊ちゃんに一目惚れしたとかで猛アタックしてるらしくてねえ。ただでさえ仕事が忙しいのに、坊ちゃんはその対応でかなり参ってるみたいなんだよ」
太ましい腰へ拳を当てて憤慨する妻が言う。
それは理髪店で髪を切ることすら少しの隙を見つけなければままならないほど忙しいグラントを心配するスミスたちへ、彼が以前、〝忙しい理由〟のひとつとして苦笑交じりに挙げたことだった。
妻の言葉にスミスはうんうんとうなずきながら説明を継いだ。
「だからさ、あんたが坊ちゃんの側にいて、少しでも負担を減らしてやっておくれよ」
それは〝恋のライバルに負けんなよ!〟という発破を込めた、〝グラントを気遣ってやってくれ〟という、一般的によくある言葉だった。
「私に隊長の負担軽減を、任せてくれるじゅ⁉」
しかし鏡の中のレインは、漁師から釣ったばかりの魚を投げ与えられた野良猫のような顔でニンマリと笑ったのだった。




