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ぼっちなサレ芋は職場に住みたい ~社畜上司に憧れて、働いて働いて働いて、働き続けていたら脱芋した話~  作者: 万丸うさこ


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第10話 皆ハッピーじゅ!

 数日後のグラントの執務室。

 レインはブラッド・アリゲーター討伐の報酬をグラントから告げられて、いらないじゅ~! と心の中で絶叫した。


「まずは命令違反を不問とし、特別手当が出る」と、そこまでは良かった。


 大変ありがたい話だ。

 そこまではレインの顔も、心の中も、にこにこと笑みを浮かべていた。


 しかしレインと同じように満面の笑みを浮かべたグラントが、「さらに……」と続けた内容が本当に良くなかった。


「現在君が住んでいるあの戸建てだが、今後の家賃は軍が全額負担することになった。実質的に君に与えられたも同然だな」


 与えられたくなかった。

 いらなかった。


 今だって家にいる時は孤独にすすり泣きながら暮らしているのだ。

 単身者が集まる寮に入りたいとずっと希望を出し続けているのに、上層部はレインの希望を叶えるどころか、断ち切るような真似をした。


(ゆ、許せないじゅ!)


 あんなに広い家をどうしろというのだ。

 怒りと悲しみに内心滂沱の涙を流すレインを置いて、グラントがさらに上層部からの決定を告げた。


「そして君の階級をひとつ上げ、班長に任命する。それに伴い、基本給も少し上がるぞ。それから部隊再編と引き継ぎのための準備期間として、君に一週間の特別休暇を与える。ゆっくり休んで英気を養ってくれ」


「……じゅ?」


 レインの思考が停止した。

 班長になるのはかなりのプレッシャーを感じるけれど、入隊二年目の新人としては大出世だ。自分の仕事ぶりを認められたようで、それはすごく嬉しかった。

 さらに基本給が上がるのも大歓迎である。


 だが、最後の一言が聞き捨てならなかった。


(い、いま、一週間の休暇って言ったじゅ⁉)


 褒賞が一転して拷問宣告に変わり、レインの顔からスッと血の気が引く。


 絶望。

 絶望である。


 顔色を変えてうろたえるレインを見て、グラントは〝班長になる〟という重責にとまどっていると思ったのだろう。執務椅子から立ち上がって、激励するようにレインの肩を叩いた。


「君の部下となる者は今まだ上層部が選定中だが、私からも人品骨柄卑しからぬ者をと申し入れている。悩むことはないよ。きっと君の力になってくれるだろう」


 レインの部下になるということは、グラントの部下になるということだ。

 小隊長であるグラントの意向が無視されて人員が決まるとは考えられない。実際ちゃんと上層部と話し合ってくれたようだし、彼が言ってくれたのなら大丈夫だという信頼感がある。


 人見知りゆえにコミュニケーションを考えると不安だし、班長という立場に対する重圧も感じている。

 けれどこれから部下になるだろう人たちの人格そのものについては、グラントのおかげで全く心配していない。


 できた上官で大変ありがたいじゅ……と思ったその時、レインはあることに気がついてまじまじとグラントを見た。


(待つじゅ。私にも部下ができるということは、だじゅ。私も隊長と同じ立場で、同じことができるってことだじゅ……?)


 弱っている部下の一人を優しく気遣い、帰らせて、自分が代わりに現場に残る。

 これを毎現場、できるということだ。


(なんなら部下に割り振られた仕事も私がまとめてやってしまうじゅ。そしたら部下は仕事が少なくて済むじゅ。私は職場にずっといられるじゅ。皆ハッピーじゅ!)


 極寒の下水道で得た閃き。〝大義名分〟獲得のチャンスに、レインは目を輝かせた。

部下の育成という管理職の大事な役割は、完全に頭からすっぽ抜けている。


(し、仕方ないじゅ。ここは休暇(拷問)に耐えるじゅ。未来の〝大義名分〟のために、今は理想の班長になる準備をすべき時だじゅ!)


 レインは顔を覗き込むグラントを見返した。

 水色の前髪の下で、日に透けた若葉のような色の優しい瞳が、心配そうにレインを見ている。


(私が思ったみたいに、部下から〝この人の下なら大丈夫〟って……私は思ってもらえるじゅ?)


 知らずレインの声が小さく震えた。


「頼れる班長に、私……なれますか、じゅ?」


「なれるとも」


 間髪をいれずに答えたグラントの力強い声に、レインはパッと目を見開いた。


「君は責任感が強い。どんな仕事も最後までやり抜こうという意志があり、実際にできる実力もある。君が人と語らう場面を目撃した回数は少ないが、百の言葉で示すより、黙って行動するその背をきっと部下たちは認めてくれるだろう」


「隊長……」


 思わぬ評価にじんときて、レインは目を潤ませた。

 そして気がつく。


 これはもしや、グラントの真似をするのに、その本人から快く許可を取れるチャンスではなかろうか、と。


「……私、隊長みたいな立派な班長になりたいじゅ!」と、レインは目に力を込めてグラントを見返した。


「だから隊長、お願いがありますじゅ! 隊長みたいになれるよう、身なりを整えたいじゅ!」


 魔法の実力を評価されての昇進だから、その部分についてはあまり不安を感じていない。


 魔物は全部凍らせればいいのだ。

 まずぐっと腹に魔力を溜めて、魔導杖に流す魔力をきゅうっと調節し、パッと放てば大抵の魔物は凍る。


 けれどレインは幼馴染みで婚約者であったダリオに、「マジ芋」と呼ばれた女である。


 グラントはとても洗練されている。

 レインの田舎ではそれを〝シュッとした人〟と呼ぶのだが、当然彼はダリオより何百倍もシュッとしている。

 なんならグラントと比べれば、ダリオだって芋属性だろう。


 レインが地元の人間が消費するための無選別の泥付き芋なら、ダリオはちょっと大きな街に出荷された見栄えの良い芋。

 そしてグラントは王都の五つ星レストランで提供されるアーティチョークのような人物である。

 可食部はつぼみ。根っこを食べる芋と比べて、食べられる部分が大変シュッとしている。


 真っすぐに伸びた背筋や、迷いのない足運びや、人を気遣う優しい表情や仕事に対するグラントの姿勢を、レインは真似すると決めた。

 それならその外見のシュッとしたところも見習うべきである。


「隊長行きつけのお洋服屋さんや、美容師さんを教えてほしいじゅ! いただいた賞金、全部つぎ込む覚悟じゅ!」


 シュッとしたものを身につけたからといって、すぐさまシュッとなるとは思わない。

 けれど同じ芋属性に「マジ芋」と呼ばれたままの姿で、新しいレインの部下たちはグラントのような〝信頼ある人間〟としてレインを見てくれるだろうか。


 否。


「まずは形からでも隊長みたいになるじゅ!」


 おおー! と拳を握りしめて迫るレインへ、グラントはあっけにとられつつも、贔屓にしている王都の店の名前をいくつか紙に書き記してくれたのだった。


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