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草の匂い  作者: 凡骨竜
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(2)

あいつとの出会いは、

大雨警報が出ていた、寒い真夜中。

俺はいつものように仕事をして、

テレビ局とファンに愛想笑いした帰り道だった。


「ん、なんだ?あれ。

マネージャー、ちょっと止めて。」

「どうした?」

「あれ、人……だよね。」


俺が指差した先には、

雨の中で座り込んだ人影。

長く居たらしいと思われる、

ずぶ濡れの服を着たまま、

車のライトの方を向いた後、また目を瞑った。


「……ほっとくのも危ないな。

シン、病院に連れてくぞ。」

「あったりまえじゃん。」


病院に連れて行き、しばらく待つと、

処置を終えた医師が戻ってくる。


「ひどく衰弱してましたよ。

あなた方は、あの方の……?」

「たまたま通り掛かっただけ。」

「そう、ですか。」

「さて、人助けも済んだことだし。行くぞ、シン。」

「……あぁ。」


次の日、警察からマネージャーに連絡が入った。


「あぁ、昨日の奴の話ですか。

シンはあいにく本番中ですので、

後ほど伝えておき……え?」


『Sunshine song

君の瞳に映るボク

Happiness song

君が居てくれたから


空に舞って 野を駆けて

ボクは歌い続ける


みんなのために

君のために


こんな気持ちになれるのは

きっと、君のことが――』


「シン、お疲れさん。」

「あいよ。」

「昨日の奴、起きたってさ。

お礼したいんだとか。」

「ふーん。まぁ、行くだけ行こっか。」


病院に着くと、まだ寝たきりのあいつが居た。


「……ありがとうございます。」

「何はともあれ、無事で良かったです。

あんなところで、何をしてたんですか?」

「……ある人を、待っていました。」

「そうですか。じゃあその方に連絡しないとで……。」

「しなくていいです。」

「何故?」

「もう、誰も居ないから。」


それを聞いて、昔の俺を思い出す。

周りからもてはやされて、自分も浮かれてて。

気づいたら、心を許せる相手なんて、誰もいなかった。

親でさえ、俺を"商品"として扱っていた。

俺は、独りだった。

そいつの目は、その時の俺と同じ冷たさを持っていた。


「……名前は?」

「ガク。」

「ガクか。マネージャー、

こいつウチに連れてっていい?」

「……はぁ!?」

「行くとこないみたいだし。」

「シンが言い始めたら、

こっちが折れないと終わらないのは、

分かってるんだが。マスコミに見つかったら、マズいぞ?」

「んー、弟ってことで。」

「似てないのにか?」

「腹違いとか、何か適当に。」

「……シンさん、ボクは行くと言ってないですが。」

「俺が決めたんだから、いいの。

じゃ、これからよろしく、ガク。」


そして、半ば強引に握手し、

ガクと暮らすのを決めたのだった。

今思えば、昔の自分への償いだったのかもしれない。


「AAA航空をご利用いただき、ありがとうございます。

本機はまもなく佐津幌に到着します。

どなた様も忘れ物なきよう、降機準備をお願い致します。」


空港から出ると、一面雪景色だった。


「……寒い。」

「会場は暖かいから大丈夫だろ。室内だしな。」


マネージャーに連れられるまま、会場近くのホテルに向かう。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。

シン様のマネージャーさんですね? 405号室をどうぞ。」

「おー。高そうなホテル。」

「シン、いいから行くぞ。」

「へいへい。」


荷物を置いてから、今日のスケジュールを聞く。


「今回のメインは、佐津幌ドーム。

他には、ラジオとテレビ局の収録だな。

帰りは明日の朝方だ。」

「マネージャー。」

「ん?」

「ごめん。本当なら、もっと仕事あるんでしょ?

だけど、俺とガクの事知ってるから、

明日に帰れるようにって。」

「気にすんな。ガクだって、昔に比べたら

随分とマトモになってるしな。

お前ら見てると、少しだけ応援したくなってな。」

「……ありがとう。」

「ほら、シン。しんみりしてないで行くぞ。

ファンも待ってんだからな。」

「うん。」


ホテルから車に乗り、佐津幌ドームへ向かう。

舞台裏に居ると、マイクアナウンスが聞こえる。


「……お待たせしました。今日の主役、シンさんです!」


曲が掛かると同時に俺は舞台へ。


「みなさん、楽しんでいってくださいね。」


歓声と共に俺は歌い出す。


『ささやかな時間

ありふれた時間

ボクと君がいる時間


君が居てくれたから

今のボクがある


ボクは君の為に

君はボクの為に

出来ることは何がある?

何もいらない

何も欲しくない

ボクは君が居ればいい


君の暖かさに、ずっと包まれていたい

君が居れば――』


大歓声の後、イベントは終了した。


「シン、お疲れさん。」

「ん。じゃあ連絡しよっかな。」

「全く……関係者にバレないようにしろよ?」

「バレないって。……あー、もしもし。ガク?」

「んぁー。シン?」

「俺以外掛けないだろ。

とりあえず明日の朝方に、こっち出発するから、

そっち着くの多分昼過ぎだわ。」

「えー。もっと早くしようよー。」

「ラジオとテレビ局の仕事が残ってるから、無理。」

「マネージャーさんに言えば?」

「無茶言うなっ!」

「まぁ、いちおう了解~。

お土産はカニと、冬野恋愛ドリンクで。」

「……増えてないか?」

「細かい事は気にしない。」

「じゃ、明日な。」


電話を切って、ラジオ局に行く準備をする。


「今日の収録はこれで終わりだ。」

「ふぅ。じゃ、さっさと帰りますか。」

「……にしても。いつまでも、

こうはやってられないからな。

何か考えておかないとなぁ。」

「んー、ガクにも歌わせる?」

「どうなんだろうな。ガクは。」

「こないだアカペラを聞いた限りじゃ、

悪くないと思うけど。」

「なら、それも考えてみるか。」


こうして俺は一日を終えた。


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