キィールの出陣と決死のデス
神聖イオン帝国の軍勢を率い、キィール、サジィール、ゾイドたちが北部三部族の救出任務へと出発する。
ディーラ城の城門前には、雨の中彼らを見送るためにリン、エレナ、サーシャ、ラトラス、そして留守を預かる将兵や民衆が集まっていた。
「キィール様、どうかご無事で。神々の導きが、あなた方と共にありますように」
リンが祈るように手を合わせると、サーシャが
「後のことはまかせて、頑張って来てね」
と顔を赤らめてキィールの肩を軽く叩いた。
続けてエレナが
「陛下、何とぞご無事のご帰還、御祈りして折ります」
と何時もとは違うお姫様モードで言うと、サーシャがエレナをジト目で見ていた。
キィールは緊張で少し引きつった笑みを浮かべながらも、力強く頷いた。
「ありがとう、皆。ディーラのことは頼んだよ」
隣に立つサジィールは、見送る群衆の中に鋭い視線を走らせ、屋根の上に一瞬だけ目をやった。
そこには、気配を消したソルジャが静かに佇んでおり、サジィールに小さく顎を引いて見せた。
ソルジャ率いる赤の義賊の無言の合図だった。
「行くぞ!」
ゾイドの豪快な号令とともに、鎧竜が動き出し、一行は北の荒野へと進軍していった。
それから二日後。
どんよりとしていた北部の空は、嘘のように晴れ渡っていた。
冷たい風が吹き抜ける中、キィールたちの救援軍は北部三部族の砦へとたどり着く予定だ。
同じ頃、二日前の晴天とは対照的に、本拠地ディーラの城外――貧民街の空気は、不穏な熱気と重苦しさに包まれていた。
かつてデモノがダースとして動いていた拠点は既に軍に抑えられていたが、その手先たちは完全に掃討されたわけではなかった。一般の庶民、商人、そして役人の中にまで、デモノの密偵や刺客は深く、静かに潜伏していたのだ。
その潜伏組織を率いるのは、デモノの昔からの部下であり、かつて貧民街のチンピラたちのボスだった男――デス。
世間から「化け物」と恐れられ、誰からも嫌われているデモノは、自分自身「恐怖と金の力だけで人を従えている」と思い込んでいる。だが、それはデモノの誤解だった。失敗しても理不尽に責めず、金払いは抜群に良く、女に固執して身を滅ぼすこともない。そんなデモノの圧倒的な器に、デスをはじめとする無頼漢たちは、心底惚れ込み、深く慕っていたのだ。
だからこそ、デモノから下された非情な命令に対しても、デスの忠誠は揺らがなかった。
『このまま我が手先の者共を、徐々に炙り出されるのは非常に不味い。全員を使って、せめてあの予言者とか言われる少女を消せ! あの少女が居なくなれば、奴等は士気が落ちるし、国民が絶望するだろ!……ただし、お主は死ぬなよ。1人だけでも戻れ!』
それが、デモノの命令だった。自分を駒ではなく、生き残れと言ってくれた主。デスは胸を熱くしながらも、その配慮を拒絶する覚悟を決めていた。
「俺は、デモノ様の右腕とまで言われた男だ。部下が全員死ぬってのによ、俺だけが生きて戻れるわけがねえだろ……」
デスは集まった百人を超える刺客たちを前に、飲むと能力が二倍以上に跳ね上がるが数時間後には確実に死に及ぶ『死の薬』の入った革袋を掲げた。
「デモノ様のために……往くぞ野郎ども!」
デスは自らも酒と共に薬を煽り、狂暴な笑みを浮かべて出撃した。
その時、貧民街の広場では、リン、サーシャ、エレナ、ラトラスの四人と二匹の神獣が、いつものように病人や子供たちの看病に当たっていた。アスト族の薬学を活かして民の信頼を勝ち得るためのボランティア。最初は怯えていた貧民街の子供たちも、今では笑顔でラトラスに懐いている。
そしてその民衆の雑踏の中には、気配を完全に消し、ボランティアの男に化けたカシムが、鋭い視線で周囲を警戒していた。
突如、貧民街の入り口から、引き裂かれたような悲鳴が響き渡った。
「う、うわあああああーーーっ!?」
一般の護衛兵二十人と、民衆に隠れていた隠密護衛五十人の計七十人の兵たちが、尋常ならざる速度と怪力で襲いかかってきた『庶民や商人』の姿をした刺客たちに、次々と血煙をあげて倒されていく。薬の力で痛覚を失い、頭か心臓を潰さなければ止まらない百人弱の化け物の群れ。
「狙いは予言者の小娘だ! 殺せええ!」
デスの怒号が響き、凶刃がリンの元へ肉薄する。
「みんな、私の後ろへ!」
リンが一歩も引かずに立ちはだかったその絶体絶命の瞬間、巨大化したフェルが割り込み、凄まじい一撃で敵を弾き飛ばして目眩ましの煙幕を炸裂させた。
視界を奪われ、狂暴に刃を振り回して立ち往生する敵集団。
その混乱の最中、サーシャが貧民街のボロ屋根へと一際高く跳び上がり、鋭い指笛を鳴らした。
「――応えよ、赤の義賊!」
その声に応じるように、周囲の屋根から、次々と凄まじい殺気を放つ戦士たちが姿を現した。
彼らこそ、サーシャの五部族から選抜された優秀な精鋭たち――サジィールがこのディーラの防衛のために配置していた「赤の義賊」だった。
「姫様。――サジィール様との約束通り、貴方方には指一本触れさせん!」
赤の義賊を率いる戦闘総監、ソルジャが不敵な笑みを浮かべて現れる。
「全員、ぶち抜け! 頭か心臓だ!」
ソルジャの鋭い号令とともに、屋根の上から一斉にクロスボウや弓矢の雨が降り注いだ。
どれだけ薬で肉体を二倍以上に強化し、痛みを感じない不死身の兵と化していても、上空からの精密な狙撃によって「頭」と「心臓」を的確に射抜かれれば、糸が切れた人形のように崩れ落ちるしかない。
ラトラスが鬼神の様に蹴散らし、サーシャもエレナも
「な、なんだと……!?あの仮面族や女達、怪物が2匹?」
近づくことすらできずに次々と倒されていく部下たちの光景に、デスは驚愕に目を見開いた。
だが、デモノへの絶対の忠誠を胸に誓うデスは退かない。
自らも薬の狂気に身を任せ、最後の特攻を仕掛けようと刀を握り直す。
しかし、そのデスの死角である民衆の中から、潜伏していたカシムか
すでにデスの後ろに音も無く現れ、特殊な薬を塗った布でデスの口と鼻を押さえた。
デスは、一瞬で意識を失い、その場で倒れた。
「何でいつも、こんな面倒くさい事するかな〜」
カシムは、倒れたデスを見ながら呟いた。




