サジィールとキィールの密談
大嵐の出陣を明日に控えた、式典の日の深夜。
あれほど賑やかだった王宮の喧騒が嘘のように静まり返った会議室で、キィールとサジィールの二人は、二人きりで向かい合っていた。
ハルトやカイル王たちが部屋を去り、完全に二人だけの空間になったのを見届けると、サジィールは普段の冷徹な騎士の仮面を外し、キィールに向けて真剣な、しかしどこか呆れたようなため息を深くついた。
「陛下、これからの我が神聖イオン帝国の為に、今一度あなたと二人きりで話をしなければなりません。……先ほどの作戦会議でのあの発言、本気ですか? あなたはもう数万の民の期待を背負う、この国の立派な皇帝なのです。それなのに、あの過酷な大嵐のなか、自ら鎧竜の背に跨って先頭で戦場へ突撃するなど……。万が一あなたの身に何かが起きたら、この国は一瞬で瓦解するのですよ」
サジィールの切実な諫言に、キィールは怒ることもなく、ただ親友を安心させるように小さく不敵に微笑んだ。
「大丈夫だよ、サジ、余は…僕はただのお飾りの皇帝になんてなるつもりは無いんだ。この国を信じて集まってくれた信頼できる最高の仲間たちと一緒に、僕は最前線で戦いたい。あの三人の婚約者だって、一緒に戦う覚悟でいてくれているんだから、僕が後ろに隠れてるのは男として恥ずかしい」
キィールは机の上に置かれた、まだ誰にも見せていない一揃いの重厚な『漆黒の鎧と兜』へと愛おしそうに手を触れた。
「それにね、これはリンから聞いた話なんだけど……大昔の神の国にあった古代の大帝国を築いた初代の皇帝は、常に兵たちの先頭に立って一緒に戦ったらしい。それによって軍の士気が爆発的に上がって、どんな大軍にも打ち勝ったんだってさ。僕も、そんな皇帝になりたいんだ」
キィールが「余」と言いかけて、慌てて「ぼく」と言い直した姿に、サジィールはかつての日々を思い出し、苦笑いを浮かべた。しかし、サジィールの表情はすぐに引き締まる。
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「仕方ありませんね……。ですが、くれぐれも無茶な真似はしないように。あなたに万が一があっては、本当に代わりはいないのです。当然、敵も戦場であなたの姿を見つければ、真っ先にその首を狙って総力を挙げて襲いかかってきますよ」
「うん、分かっている。だから、これを見てほしいんだ」
キィールはそう言うと、机の上の漆黒の兜を両手で持ち上げ、サジィールの目の前に差し出した。
「大丈夫だよ。リンがくれたこの兜、顔の部分が特殊な真っ黒い板で完全に覆われているだろう? これね、外側からは真っ黒に塗りつぶされていて僕の顔が1ミリも分からないんだけど、不思議なことに、中からは外の景色が驚くほど完璧に、ハッキリと見えるんだよ」
「何だと……!?」
サジィールは息を呑み、思わずその漆黒の兜を凝視した。外からは一切の光を通さない不気味な鏡面のようになっているのに、内側からは完全に視界が通っているという、理屈を超えた超常の技術。
「それは……本当にリン様から授かったものなのですか?」
「ああ。何でも、五百年前に初代イオン皇帝様が、謀反を起こした悪い奴らをたった一撃で全員討ち果たして葬り去った時に、実際に身に付けていた伝説の鎧と兜らしいんだ」
サジィールはその圧倒的な『神の遺産』の威容に、今までにないほどの強烈な衝撃を受け、呆然と立ち尽くしていた。
(まさか、五百年前の初代イオン様の…、戦うための本物の神の武具が、今、陛下の手に渡ったというのか……)
この圧倒的な漆黒の武具は、キィールが戦場で皇帝としての正体を完璧に隠しながら、先頭で縦横無尽に大暴れするための、これ以上ない最強の切り札となるのか。
サジィールは、畏敬の念を込めてその漆黒の武具を見つめた。
(陛下も黒目黒髪、もしかしたら神の血が濃いかも知れない、それなら鎧兜は何からも守られるのだが…)
そうサジィールは思いながら、そうあって欲しいと強く願いながら、しばらく兜を見つめていた。
やがて諦めたように深く笑みを浮かべ、キィールに向かって深く首を垂れた。
「分かりました、キィール陛下。その伝説の鎧があるならば、私も少しは安心できます。……明日は大嵐です。あなたのその漆黒の勇姿を先頭に、東国サンタスの泥沼を突き抜けて、北部の戦友たちを救いに行きましょう!」
「ああ! 頼むよ、サジィール!」
深夜の作戦室で交わされた、二人の孤高の生き残りによる『密談』。
互いの信頼をさらに強固なものにした二人は、いよいよ翌朝、天を裂く大嵐の暴風雨のなか、伝説の漆黒の鎧を纏って、鎧竜の部隊とともに運命の北伐へと出陣する準備をするのだった。




