作戦会議
深夜、ディーラ国の会議室。
昼間のサジィールの婚約の熱気は完全に消え失せ、蝋燭の炎が静かに揺れる部屋の中には、息が詰まるような緊張感が漂っていた。キィール、サジィール、ハルト、そしてゾイルたちの前に、北部から命からがら届いた『ラトラス』からの緊急の救援要請書が広げられていた。
「――バルル率いる北部同盟の軍勢、さらに雇われた悪名高き傭兵団の合計五千が、アスト族を含む北部の三部族を殲滅するために進軍を開始した、とのことです」
筆頭大臣のハルトが、血の気の引いた顔で地図を指し示した。
「アスト族の村だけでなく、周囲の二つの部族の女子供まで人質に取る、極めて卑劣な作戦を企てている模様。ラトラスからは、一刻も早く援軍を派遣してほしいと悲痛な要請が来ておりますが……問題はこの地理です」
ハルトの言葉に、作戦室の全員が地図を覗き込み、深く眉間を寄せた。
中原のディーラから北部のアスト族の村へ向かうには、あまりにも過酷な条件が横たわっていた。北ルートにひしめく三国同盟の領土を最短距離で突っ切れば、大歓迎を受けながらゆっくりと南下してきているジュリアス将軍の黒眸騎士団や、サンタス国が国庫を叩いて出した九千の兵を含む、総勢五万という絶望的な大軍勢のど真ん中へ飛び込むことになり、確実に全滅させられる。
「かと言って、三国同盟の国々を完全に避けて外側を大きく迂回するルートを取れば、凄まじい遠回りになってしまう。北部に到着する頃には、アスト族たちはとうに根絶やしにされているだろう……」
カイル王が拳を握りしめ、苦渋の声を漏らした。最短を行けば大軍に圧殺され、遠回りをすれば間に合わない。誰もが名案を浮かべられず、作戦室が重苦しい沈黙に支配され、考え込んでいたその時だった。
部屋の隅で静かに地図を見つめていたアトンの娘――予言者リンが、ふっと前へ歩み出た。
「……二、三日以内に、この大陸の北部から東部にかけて、激しい大嵐が通ります」
鈴を転がすようなリンの静かな声が、室内の沈黙を破った。全員の視線が彼女に集まる。
リンは、自分の気象を読む高度な知識で導いた結果だった。
その瞳に確かな光を宿して地図の一点を指差した。
「私たちは、その大嵐を利用して北部へ向かいます。激しい暴風雨のなかであれば、敵の偵察の目を完全に眩ますことができる。その隙に、この東側にある大国サンタスを大きく迂回して北部へ一気に駆け抜けるのです。このルートなら、多少の遠回りになっても、敵に見つかることなく安全に援軍を送り届けることができます」
「いや、待ってくれ、リン殿」
ハルトが慌てて首を振った。
「サンタスを迂回するとなば、やはり相当なリスクがある。嵐の視界不良で馬をどれほど走らせたところで、敵も馬で追って来るぞ!一々戦ってたら、アスト族の危機には到底間に合わないのではないか?」
「馬は使いません」
リンはきっぱりと言い放った。
「此度の北部救援、連れて行くのは、我が国が誇る
鎧竜の部隊です」
「何故、鎧竜なのだ!?」
カイル王が驚いて声を上げた。
「鎧竜は強靭だが、純粋な走りの速さだけで言えば、軍馬の方が遥かに速いはずだ。一刻を争う救援に、なぜわざわざ足の遅い鎧竜を選ぶ?」
その疑問に対し、リンは、決定的な「地理的特徴」を突いた完璧な理由を告げた。
「サンタスは、大陸で最も広大な農産物の国です。そして今の時期、サンタスの大地はすべての作物を刈り取られたばかりの、遮るもののない広大な剥き出しの土壌となっています。そこに……私の予言した通りの記録的な大雨が降れば、サンタスの大地はどうなると思いますか? すべてが底なしの、凄惨な『泥沼』へと一変するのです」
リンは冷徹に、しかし確信に満ちた目で居並ぶ戦士たちを見据えた。
「細い脚を持つ馬の群れでは、その泥沼に足をとられ、まともに走ることすらできずに疲弊し、動けなくなるでしょう。ですが、巨体と強靭極まる太い脚、そして強固な皮膚を持つ『鎧竜』なら話は別です。泥沼をものともせず、力強く大地を踏みしめて、嵐のなかを最短以上の速度で突き進むことができる。馬では全滅する道も、鎧竜ならば、最も確実に、かつ最速で北部の戦場へ辿り着くための最高の足となるのですわ」
その完璧すぎる気象と地理の計算に、ハルトは呆然と口を開き、サジィールやゾイルたちの目には、絶望の戦局をひっくり返すための鋭い闘志の火が灯った。
キィールは、バルコニーの演説で見せた皇帝としての威厳のまま、力強く頷いた。
(自分はサジィールに担がれただけの偽物かもしれない。だが、リンの知恵が、そしてこの神聖イオン帝国の戦士たちの力が、北部の無辜の民を救うための奇跡の道を切り拓いてくれた!)
「よし、リンの予言を信じる。サジィール、ゾイル! 直ちに鎧竜の部隊を編成し、二日後の大嵐の到来とともに、東国サンタスの泥沼を突き抜けて北部三部族の救助へ出陣せよ!余も行くぞ!」
「は?」
一同はビックリする。
「陛下、陛下が行くと言うのは…」
カイル王が言うと
「行かねばならぬ理由がある!アスト族の族長と会わねばならぬ!それに余は先頭に立つと言ったではないか!」
キィールが力強く言うので、サジィールが
「分かりました! 我が神聖イオン皇帝と共に、アスト族を救うために、嵐と共に戦場へ轟かせてみせましょう!」
すかさずキィールが
「カイル王!留守はそちに任せる」
「はつ!おまかせを!」
カイル王が頭を垂れた。
サジィールとゾイルも深く平伏し、深夜の作戦室から鎧竜の出陣準備へと力強く動き出す。
嵐を味方につけた前代未聞の「鎧竜の強襲作戦」をもって、いよいよ動き出そうとしていた。




