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同盟軍の軍議

「いい加減にしろ! モーゼス宰相様計画だぞ!早く挙兵しろと言ってたであろう!」


デモン国の重々しい謁見の間には、苛立ちの混ざった密偵の怒鳴り声が響いていた。

帝国の宰修モーゼスが放った密偵の男は、デモノ王の前に立ちふさがり、激しく床を叩いて不満をぶちまけている。


「今ならこちらの兵力が多いからすぐにでも挙兵して、自称イオン十七世の小僧どもを踏みつぶせるというのに……! 肝心のジュリアス将軍の軍勢が北ルートを信じられんほどゆっくり進んでいるせいで、すべてが台無しだ!

あの男がのらりくらりと歓迎を受けながら一泊一泊などしているから、こっちは挙兵すらできずに足止めを食らっているのだぞ!」


密偵がデモノ王に向かってそう怒りをぶちまけ、広間が最悪の空気感に包まれた、まさにその時だった。

パチ、パチ、パチ、と。

静まり返った広間に、ひどく場違いな、そして無礼極まりないほどにゆっくりとした拍手の音が響き渡った。

ジュリアスが入って来たのだ。


「おやおや、背後で他人の悪口を言うのは感心しませんね、気の短い密偵殿」


謁見の間の重厚な扉を押し開けて入ってきたのは、白い肌に茶髪、そして野望に満ちた昏い黒い瞳を持つ男――『黒眸騎士団』の総司令官、二十八歳のジュリアスだった。その後ろには、一切の光を映さない漆黒の瞳を持った側近の騎士が三人、影のようにぴたりと従っている。

自分の文句を完全に聞かれていたことに気づき、密偵の男が


「あ、ジュリアス将軍……」


と一瞬で青ざめて慌てふためく。

ジュリアスはそんな密偵の醜態を、まるで虫でも見るかのような冷徹な一瞥であしらうと、デモノ王に向かって不敵に笑ってみせた。


「お待たせしましたね、同盟の盟主殿。途中の虫どもが我が騎士団の血を求めて娘を並べるもので少々予定が遅れましたが、慌てる必要はどこにもありませんよ。我々がこうして現着したからには、もう勝利は約束された、問題はどう勝つかですよ」


ジュリアスはチャラチャラとした笑みを一瞬で消し、冷酷な肉食獣の顔つきになって一同を見渡した。


「今まで日和見を決め込んでいた北以外の部族も、我が帝国の本物の武力が来たら、手のひらを返してこぞって同盟に参加して来る。またたく間に兵総勢二万は集まるでしょう」


ジュリアスは指を一本ずつ立てながら、冷徹に勝利の方程式を刻み込んでいく。


「そこに、デモン国が抱える元々の軍を足せば、それだけで一気に四万の大軍勢となる。さらに、残りの諸侯や地方領主どもの軍まで全てを根こそぎ巻き込んで合わせれば……どうだ? 合計で総勢五万。偽物イオンの虫ケラどもを、骨ごと木っ端微塵に圧殺するには、お釣りが来るほどの圧倒的な軍勢だ」


「五万……!」


サンタス王ルシドが、その桁違いの数字に恐怖で息を呑んだ。だが、ヨルタン王バルルは


「なるほど」


と昏い瞳を光らせ、デモノ王の醜い顔には、ついに中原を血の海に沈められるという狂気的な歓喜の笑みが浮かび上がった。


「クハハハ! 素晴らしい! 五万の軍勢で攻め込まれれば、あのイオン十七世を担ぐサジィールやカイル王、いくら手に入れた力や戦術で抗おうと、数の暴力の前に五臓六腑をブチ撒けて圧死するしかないな!」


ジュリアスは再び軽薄な笑みを取り戻し、満足げに


「クハハハ! 結構。では、その五万の絶対的な軍勢をどう動かし、奴らの裏をかくか。最高に冷酷な作戦会議を始めようじゃないか」


ジュリアスがそう言って不敵に笑うと、謁見の間に広げられた大きな大陸地図の前に、男たちがじわりと集まった。

その中で、ヨルタン王バルルは細い目をさらに細め、松永久秀のごとき狡猾な笑みを口元に浮かべながら、ゆっくりと一本の指を挙げた。


「ジュリアス将軍、そしてデモノ盟主。まずは我らの北部を固めるのが先決ですな。同盟に未だ味方せず、不穏な動きを見せている北部の五部族……特にあの忌々しい仮面族と、それに追従する二つの部族。まずはこれら、根絶やしにする『北部鎮圧』から始めるのが、一番である存じます」


バルルは愛想の良い、しかしどこか粘りつくような声で提案した。

彼が自らこの過酷な北部遠征に名乗りを上げたのは、忠誠心からでは断じてない。

中原のサジィールやゾイル、スパルタカスといった骨のある化け物どもと正面からぶつかる前に、まずは格下の部族どもを叩いて軍功を稼ぎつつ、自軍の消耗を避けて美味い汁だけを吸おうという、冷徹な計算が働いていたからだ。バルルという男は、常に自分が一番得をする ことしか考えていない。


「我がヨルタン国からは、精鋭三千の兵を出しましょう」


バルルはそう言って胸を張った。

三千。それが今のヨルタン国が同盟に差し出せる限界、などという言葉は真っ赤な嘘だ。

バルルはモーゼスやデモノ王にも勝てるわけがないからと同盟に参加している。

仕方無く渋々と最低限の兵力だけ出しているに過ぎなかった。

デモノ王は、玉座からバルルのその薄笑いをじっと見下ろしていた。

その醜い顔に、バルルに対する絶対の信頼など一滴も存在しない。

この男が、隙を見せればいつでも自分の首を後ろから撥ねにくることなど、デモノ王は百も承知だった。


「よかろう、バルル。その提案、乗ってやる」


デモノ王は低く、威圧的な声で言い放った。


「だが、万が一にも遅れを取ってはいかん。我がデモン国の軍から、二千の軍をそちの軍に合流させる。お前の三千と合わせて、総勢『五千』の軍勢で北部の部族どもを塵一つ残さず踏みつぶしてこい」


デモノ王が吐き捨てた二千の兵。それは増援という名目の、完璧な「監視役(目付け役)」であった。バルルが戦場で勝手に退却したり、わざとゆっくり攻めるのをさせないデモノ王の策略である。

それを察した瞬間、バルルの顔から一瞬だけ嫌らしい笑みが消え、昏い瞳の奥に冷酷な光が走った。

しかし、すぐにまた何事もなかったかのように、深く、恭しく頭を下げてみせる。


「ははっ、これはありがたい。デモノ盟主の直属の精鋭が二千も加われば、五千の圧倒的な力で、あの身の程知らずの部族どもを瞬く間に血の海に沈めることができるでしょう。このバルル、期待に応えてみせますよ」


バルルはそう言いながら、内心ではチッと舌を打っていた。


(二千の監視付きか……。デモノの狸め、やはり簡単には行かないな。まあいい、五千の軍勢があれば仮面族どもを蹴散らすのは容易い。戦場での立ち回り次第で、その二千のデモン兵をどう使い潰してやるか、ゆっくりと考えさせてもらうとしよう)


その二人の化かし合いを、黒眸騎士団のジュリアス将軍は退屈そうに、しかし楽しげに眺めていた。


「クハハ、仲が良いことで素晴らしい。では、最初の血祭りは北部の五部族、仮面族の根絶やしか。これほど残酷な幕開けは、偽皇帝への最高の挨拶になりますね」


こうして、北部同盟の最初の侵略の矢は、牙を隠す

梟雄バルルを総大将とした、疑惑と裏切りを孕んだ『五千の鎮圧軍』として、仮面族の極寒の北部へと向けられることとなった。

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