三国同盟
キィールやカイル王などがモーゼスのイオン帝国を警戒しながら、建国の準備を進めている頃。
デモン国の重々しい謁見の間に、狂気にも似た野心が満ちていた。
醜いその容姿ゆえに王子なのに、実の親からも国からも追放され、世界のすべてを呪いながら北の頂点へと上り詰めた男――デモノ王。
彼は集まった二国の王や北部の有力者、商人、北部5部族の内の2部族を前に、低く地を這うような声で言い放った。
「ディーラに突如として現れた、あの自称イオン十七世を名乗る小僧……。あれは帝国の正統なる血を脅かす不届き者、すなわち『偽物』である!
帝国を裏から支える宰相モーゼス様は、あの生意気な叛徒どもを一掃するため、黒眼の騎士を派遣された。我ら北部の諸国もまた、帝国に牙をむくあの大逆者どもを討つべく、今ここに『北部同盟』を結成し、挙兵することを表明する!」
デモノ王の宣言は、事実の裏返しだった。本当に血筋が偽物なのは、帝国でモーゼスが傀儡に据えている王子の方なのだ。だからこそ、本物と信じられているキィールが立ち上がったことにモーゼスもデモノ王も恐怖し、嘘が暴かれる前に口を封じようと必死になっていた。
デモノ王の力強い表明が終わるや否や、真っ先に声を上げたのはヨルタン王のバルルだった。
「デモノ王の仰る通りだ! モーゼス宰相の帝国に逆らって生き残れる国など大陸には存在せん。我がヨルタン国も喜んでこの同盟に賛同しよう」
バルルは傲岸な笑みを浮かべて深く頷いた。
しかし、その瞳の奥には冷徹な計算が隠されている。彼は本心では、モーゼスにもデモノ王にも勝てるはずがないと冷めた現実主義を貫いており、今はただ牙を隠して強い方に巻かれているだけだった。
「父上、わ、我がサンタス国も、もちろん異論はありません……!」
バルルに遅れて声を絞り出したのは、デモノの娘を妃に迎えている、サンタス王のルシドだった。
まだ若く、優柔不断なルシドは、目の前のデモノ王の威圧感と激動する情勢にただただ翻弄され、小さく身体を震わせている。
そんなルシドの背中に、一人の美しい女性がそっと細い手を添えた。デモノの娘、ルシドの最愛の妃、カリアである。
カリアは怯える夫の耳元に口を寄せると、甘く、しかし拒絶を許さない響きを含んだ声で優しく囁いた。
「素晴らしい決断です、ルシド様。でしたら、これほど偉大な大義を掲げられた父上様に、私たちのすべてを委ねるべきですわ。さあ、仰ってください……。デモノ王こそが、この北部同盟の盟主にふさわしいと」
「あ、ああ……そうだな、カリア」
愛する妃に促されるまま、ルシドは縋るような目でデモノ王を見据え、謁見の間に響き渡る声で叫んだ。
「父上! この北部同盟の盟主には、あなたこそがふさわしい! 我がサンタスの広大な大地と、豊かな実りのすべてを、あなたのために捧げましょう!」
ルシドが愛する妃カリアに言われるままに叫び、謁見の間にその声が残響となって消えかけた、まさにその時だった。
パチ、パチ、パチ、と。
静まり返った広間に、ひどく場違いな、そして無礼極まりないほどにゆっくりとした拍手の音が響き渡った。
「素晴らしい。これほど見事な、美しい忠誠の誓いは、中原の温室育ちの貴族どもには到底真似できませんね」
謁見の間の重厚な扉を押し開けて入ってきたのは、白い肌に茶髪、そして野望に満ちた昏い黒い瞳を持つ男だった。洗練された貴公子のような佇まいで、口元には軽薄でチャラチャラとした笑みを浮かべている。
モーゼス宰相が送り込んできた帝国最凶の精鋭――『黒眸騎士団』の総司令官、二十八歳のジュリアスであった。
ジュリアスの背後には、彼と同じように一切の光を映さない、深く昏い漆黒 を持った側近の騎士が三人、影のようにぴたりと従っている。
彼らから放たれる異様な威圧感に、ヨルタン王バルルは不快そうに目を細め、サンタス王ルシドは怯えたように身をすくめた。
「ジュリアス将軍……」
デモノ王は醜い顔をさらに歪ませ、低く唸るような声を漏らした。だが、ルシドのように怯えてはいない。その声には、大陸最高峰の武力を手に入れたという、隠しきれない狂気的な歓喜が混ざっていた。
ジュリアスは拍手を止めると、芝居がかった仕草でデモノ王へ向けて一礼してみせた。その端正な顔立ちには笑みが張り付いているが、その目は一切笑っていない。
「デモノ王、いや、北部同盟の偉大なる盟主殿。我が主であるモーゼス宰相も、あなたのその英断を大いに歓迎しておりますよ。これより我が黒眸騎士団の精鋭三千は、あなたがた北部同盟の軍勢と歩調を合わせ、あの生意気な新法を掲げる中原の偽皇帝――イオン十七世を討つために動くことを約束しましょう」
ジュリアスがそう言った瞬間、彼の後ろに控える三人の側近の目が、一瞬だけ鋭く細められた。
彼らは古より神の血を引くとされる高貴な血統の集団であり、その肉体には常人の二倍の力と速さが宿っている。そして彼らを統べるジュリアス自身は、常人の三倍という化け物じみた身体能力を誇る肉食獣だった。
彼らにとって、ディーラに現れたあの「イオン十七世」が本物か偽物かなど、本当はどうでもよかった。大事なのは、モーゼス宰相が手元に擁立している傀儡こそが「正統なるイオン十七世」であり、ディーラで民衆に支持され始めたあの男が存在し続ける限り、自分たちの絶対的な特権階級が脅かされるということだ。だからこそ、自分たちの嘘を真実にするために、あちらの「イオン十七世」を全力で圧殺しにきたのだ




