子供達の勉強会
一応、この勉強会は読者向けに、この世界のあらましを知って貰う為に作ってます。
だから、たまに増えてますが、その変の所はご理解願います。
あの緊迫した、夜を徹しての作戦会議がようやく幕を閉じたのは、夜明け前のことだった。
キィール陣営、そしてアスト族のラトラスらが、真理教団とイオン帝国軍の脅威を前に深夜の会議室で激しい議論を交わしていて、昼間は比較的静かだった。
世界には、何事もなかったかのように穏やかな昼間の太陽が昇る。
「いい、みんな。よく聞いてね」
窓はから暖かな木漏れ日が差し込む昼下がりの一室で、ソフィアは手にした指示棒で、即席の黒板を軽く叩いた。
集められた子供たちは、小さな机に身を乗り出して、熱心にソフィアの顔を見上げている。
前列には、カシムが命がけで守る少女ミーナ、そしてララ、リノ、ルカといった子供たちが並んで座っている。
その後ろの席には、なぜか。キィールと、その婚約者であるサーシャがいた。
二人は小国の生まれゆえに大陸の高度な常識や歴史に疎い部分があり、伝説の予言者であるリンに
「あなたたちも座って聞きなさい」
と連れてこられたのだった。夜通しの会議による寝不足で少し目をこするキィールの横で、サーシャは真面目に座っていた。
そして、その子供たちの机の真ん中でフェルが、完全にフリーズしていた。
子供達に拘束されていたのだ。
「ふにゃああ……」
ルカが小さな手で、フェルのふかふかな背中を遠慮なく撫で回している。リノもその隣で、フェルの大きくて柔らかい耳を興味深そうにつまんで、引っ張ったり離したりしていた。
(……クソっ、逃げたい! 今すぐここから全力疾走で逃げ出したい……!)
フェルは心の中で血の涙を流していた。だが、ここで自分が動けば、子供たちは「あ、待てー!」と大喜びで部屋中を追いかけてくるに違いない。
そうなれば勉強会どころではなくなり、ソフィアの怒りの鉄拳が自分に飛んでくる。それだけは絶対に避けたかった。フェルは仕方がなく、魂の抜けたような目で、子供たちのなすがままに触られ続けていた。
ソフィアはフェルの受難に気づかないふりをして、優しい笑顔で黒板を指さす。
「私たちが普段、物の長さを測るときに使う単位……『タット』。1タットがどれくらいの長さか、知っている人はいるかしら?」
元気よく手を挙げたのはミーナだった。
「はい! 大人が両手をいっぱいに広げた長さくらいです!」
「正解。じゃあ、なんでこれが『タット』って呼ばれていて、世界中で同じ長さとして使われているか、その理由を知ってる?」
子供たちは顔を見合わせ、首を傾げた。ララが不思議そうに呟く。
「人間の体格って、大人でも背が高い人と低い人がいるよね? 誰の腕を基準にするかで、長さがバラバラになっちゃわない?」
「ふふ、いいところに気づいたわね、ララ」
ソフィアは自らの両腕を大きく左右に広げてみせた。
「昔々、この世界が始まったばかりの頃、神様の使いと呼ばれた不思議な人たちがいたの。おとぎ話によく出てくるでしょう? 彼らはね、お洋服も道具も自分たちで作ることができないくらい、最初は知能が少し足りなかったと言われているわ。でもね、彼らにはとっても不思議な特徴があったのよ。なんと、『全員が、全く同じ背の高さで、全く同じ体格』だったの」
子供たちから
「ええーっ!」
と驚気の声が上がる。
後ろの席で聞いていたサーシャも、
「全員が同じ体格……? 神使って、アスト族?」
と目を丸くして、隣のキィールに小声で囁いた。
キィールは
「ああ、そうらしいな……」
と話を合わせつつ、内心で激しく衝撃を受けていた。
(全員が同じ体格……。ソフィアは子供向けにおとぎ話として話しているが、これこそが昨夜ラトラスたちから聞いた、アスト族の真実の歴史か……)
ソフィアの授業は続く。
「みんなの体格が完全に同じだから、誰が両手を広げても、その長さは狂いなくぴったり同じになるの。物差しなんて作らなくても、自分の身体を使えば、いつでも誰でも正確に長さを測ることができた。まだ知能が足りない彼らにとって、それが一番分かりやすくて測りやすい完璧な物差しだったのね。これが、この世界で最初の基準になった『1タット』の始まり。そして、その手のひら一つの長さが『ニード』と呼ばれるようになったのよ」
「へぇー! 」
ララがフェルの前足を引っ張ろうとする。
(や、やめろガキ、引っ張るな……! 俺は神様に創られた特別な生き物だからな!)
フェルは必死で、ギャーギャーと抗議したが、子供たちにはただの可愛い鳴き声にしか聞こえない。
ソフィアは黒板の『1タット』の下に、新しく『1ファンド』、あるいは『25アワー』と書き加えた。
「長さの次は『重さ』のお勉強ね。みんな、お肉やお野菜を買うときに使う、重さの単位は何だったかしら?」
ミーナがすぐにまた手を挙げた。
「『ファンド』です! お母さんがよく、1ファンド、2ファンドって数えてました」
「その通り、正解よミーナ。大人の男の人が片手で、無理なくひょいって持ち上げられるくらいの鉄の塊。あれがだいたい『1ファンド』ね」
後ろの席で、キィールがふむ、と顎に手を当てた。
「1ファンドか……。兵士が使う鉄の長剣が、だいたい1ファンドから2ファンド未満といったところだな。確かに、感覚としては一番馴染みがある重さだ」
「さすがキィール様、よくご存知ですね」
ソフィアは微笑みながら、指示棒で黒板の文字をトントンと叩いた。
「なんでこの世界の長さ、時間、重さがタット、アワー、ファンドっていう名前になったのか、世界が始まったときに、神様がそう決めたのよ」
「それでね、皆が魔族と言ってる人達は、本当は神様の使いなの!本当の名前はアスト族と言うのよ」
子供たちが
「へぇーっ!」
と感心する中、後ろの席のリンだけは、退屈そうにふあ、と小さなあくびを噛み殺していた。
ちょっと違う所があるのだがリンは、あえて口には出さず、授業を眺めていた。
「最後は、時間のお勉強。私たちの1日は、何アワーあるかしら?」
「二十五アワー!」
今度はリノとミーナが声を揃えて答えた。
「そう、一日二十五アワー。太陽が昇って、沈んで、また昇るまでの時間は、いつだって二十五アワーの正確なリズムで刻まれているわ。長さはタット、時間はアワー、重さはファンド。この3つが、私たちの世界のすべての基本。これをちゃんと覚えておけば、どの国に行っても騙されずに生きていけるわ。」
「じゃあ、次は一番大切な『神様と私たちの歴史』についてお勉強しましょうか!」
ソフィアは黒板をきれいに拭き消すと、新しく『神と人間』と大きく書き記した。
子供たちは一斉に姿勢を正し、後ろの席のサーシャも身を乗り出す。
「神様は遥か昔、この大地に降り立たれました。そして最初に、神様のお手伝いをするために魔族をお作りになり、次に私たち人間をお作りになったの。人間はね、神様の姿に似せて作られたと言われているわ」
ソフィアが優しく語りかけると、一番年上のルカが眉をひそめ、ぽつりと疑問を口にした。
「は? 先生、それっておかしくない? だってさ、神様に近い高貴な人間ほど『黒髪・黒目』だって言うじゃん」
「ええ、そうね、ルカ」
「だったら、なんで神様に似せて作ったはずの俺たちは、髪も目の色もバラバラなんだよ?」
ルカの鋭い突っ込みに、ソフィアは深く頷いて微笑んだ。
「素晴らしい着眼点ね。結論から言うと、黒髪と黒目は『初代イオン様』と『初代アトン様』の子孫だからよ。お二人とも、完璧な黒髪と黒目を持っていらっしゃったの。だから、今でもお二人の血を強く引いている人には、黒目や黒髪が生まれるのよ。後ろに座っていらっしゃるイオン陛下を見てみれば、よく分かるでしょう?」
子供たちが一斉に振り返り、キィールの頭や目をじっと見つめる。キィールは少し照れくさそうに笑ってみせた。しかし、ルカはまだ納得がいかないようで、さらに質問を重ねる。
「うーん、よく分からないや。じゃあ、イオン様たちが来る前の、もっと大昔の古代の神様たちはどんな姿だったの?」
「古代の神様たちはね、白い肌の人と、褐色の肌の人を作られたのよ。みんな、女神シリアス様は知っているでしょう? 白い髪で、白い肌をされた美しい女神様。じゃあ、褐色の方は? と言うと、他の神様の中に褐色の肌を持たれた方がいらっしゃったの」
「え? なら、なんでシリアス教の三女神は、みんな白いの?」
ララが不思議そうに首を傾げた。ソフィアは少し悲しげな表情を浮かべる。
「大昔は肌の色に関係なく、みんな仲良く暮らしていて、長い間なんの問題も無かったのよ。でもね、500年前に初代イオン様が亡くなられると、なぜか白い肌の人が貴族になって、褐色の肌の人は奴隷や庶民、という風に区別されるようになってしまったの。そして、その白い肌の特権階級の人たちが、自分たちを『モーラ人』と名乗るようになったわ。今、シリアス教で崇められている女神様が白いのは、そのモーラ人たちが、自分たちの都合の良いように女神様を白い姿として描き、広めたからなのよ」
後ろの席で、キィールは静かに胸を突かれていた。
(神話の裏にある、残酷な人間の差別の歴史か……。そして、俺のこの黒髪と黒目は、500年前にこの大地に降り立ったイオンとアトンという男たちが、数多くの血を残した証拠……。だから血の濃い者にたまに現れる、ただの自然の法則なんだ)
すると今度は、リノが手を挙げた。
「先生! 質問! 古代の神様たちには、子供はいなかったの?」
「古代の神様たちの女性はね……この大地の毒に侵されてしまって、子供を作ることができなかったと言われているわ」
「えーっ、じゃあ男の神様は? 男の神様は大丈夫だったんでしょ?」
無邪気な子供たちの質問に、ソフィアは少し言葉を濁した。
「ええ、男の神様は大丈夫だったのだけれど……それは『禁忌』とされていたのよ。女神シリアス様はね、もし神の子を人間に与えてしまったら、人間たちの間で大きすぎる力による差別や争いが起こると考えて、それを固く禁じられたの。でも……」
ソフィアは一度言葉を切り、苦笑いを浮かべた。
「昔の口の悪い歴史家なんかはね、もっと残酷な例え話をして、神様が人間に手を付けなかった理由を説明しているわ。『お前は、その馬が大切か?』『あー、俺の一番大切な相棒だからな!』『なら、その馬と、もし自分と馬で子供を作る事が出来るとしたら、作ろうとするか?』『は? 出来るわけないだろ!』……つまりね、神様から見たら、私たち人間は馬や家畜と同じような存在だから、最初から相手にしていなかったんだ、と言う人もいるのよ」
「へー、冷たい神様だな。ってことは、この世界には白い神様の血筋を引いた人間なんて、一人もいないんだね?」
ルカが鼻を鳴らすと、ソフィアはいたずらっぽく微笑んで、後ろの席を指さした。
「いいえ。それがね、実はいるのよ。だからこそ、あそこにいらっしゃるサーシャ様みたいな方がおられるのよ」
その言葉に、部屋にいた全員が「は?」と声を漏らし、静まり返った。
サーシャ自身も、パッと顔を上げ驚きで目を丸くしている。
「実は大昔、シリアス様の禁忌を破って、人間の女性との間に子供を成した男の神様がいらっしゃいます。全部で三人と言われているわ。3人とも神の中では一番多い、白い肌と白い髪だったらしい、詳しい事情までは分かっていないけれど、神話にはこう残されているの。一人目は『純粋な愛の為』。二人目は『どうしても自分の子孫をこの世界に残したい為』。そして、三人目は……『ただの欲望の為』に、人間に手を出したのだと」
すかさずララが、無邪気に身を乗り出した。
「ねえ先生! 三人目の『欲望の為』ってどういう意味? 何がしたかったの?」
その瞬間、ソフィアはあからさまに眉をしかめ、うっと言葉を詰まらせた。
「そ、それはね、ララ……あなたが大人になったら、自然と分かりますよ。今はまだ知らなくていいわ」
ソフィアはそれ以上絶対に説明する気がないようで、顔を赤らめて必死に話をそらそうとしている。前列の子供たちは首を傾げ、後ろの席のサーシャも
「欲望……?」
と不思議そうに呟いているが、キィールだけは「男の欲望」の生々しい意味を完璧に察してしまい、気まずそうに視線を泳がせていた。
ソフィアはコホンと咳払いをすると、強引に授業を戻した。
「とにかく! そういう大昔の理由があって、モーラ人の中には、ごく稀に『白い肌で、白い髪』を持って生まれてくる人がいるの。それが、神の血を引く先祖返りね」
子供たちの視線が、一斉にサーシャへと突き刺さる。
「あ! じゃあサーシャ様って神様の子孫なんだ! すごい!」
ミーナとリノが目を輝かせると、サーシャは顔を真っ赤にして立ち上がり、机をバンと叩いた。
「ちょっと! 変な目で見ないでよ! 私が神様の子孫なわけないでしょ! ほら、私、神様の奇跡とか魔法みたいな力なんて、これっぽっちも使えないんだから!」
怒るサーシャを見て、ソフィアは優しくなだめるように笑った。
「当然ですよ、サーシャ様。何しろ気の遠くなるような大昔のお話ですから、血もすっかり薄まっていますもの。奇跡なんて使えなくて当たり前です。ですが……それに比べると、イオン様とアトン様はまだたったの五百年前の神ですからね。だから今でも、比較的血が濃い黒髪や黒目の方が生まれるのですよ」
ソフィアの言葉を聞きながら、キィールは自分の黒い瞳を見つめ、そして隣でふん、と冷ややかに鼻を鳴らしているリンを見た。
(純粋な愛、子孫、そして欲望……。神の男たちが残した血が、巡り巡って俺やサーシャの中に流れている。そしてモーゼスはその神の血を引く者達を人間の頂点として、残りは劣化種族として自分達の下に置こうとしてるんだな…)
「さて、次は私たちの国モーラや、お隣のデルモラードの国々における、とっても大切な身分のお話よ。みんな、この世界には『貴族』がいるのは知っているわね? でもね、私たちの世界の貴族には、公爵とか男爵といったような『階級の上下』が一切無いの。王族と貴族という区別はあるけれど、貴族同士はみんな対等なのよ」
「えっ? 階級が無い? なんで?」
一番年上のルカが、不思議そうに声を上げた。
「なぜなら、この世界における『貴族』とは、ただの役職や偉い人という意味ではなく、最初から『神様の血を引いている人々』のことを指すからよ。神様の血という最も尊いものを受け継いでいる以上、そこに上下のランクなんて付けられないでしょう?」
子供たちは
「へえー」
と感心したように声を漏らした。ソフィアはさらに言葉を続ける。
「大昔はね、神様の血を引く貴族と、そうではない庶民は完全に分けられていたの。だけど、この何千年の長い歴史の間には、数え切れないほどの国が生まれては滅びていったわ。その戦乱のたびに、没落した王族や貴族たちが上手く生き延びて、身分を隠して庶民の中に混ざり合っていったの。だからね……実は、今の庶民の中にも、たまに『あれ? この子は神様の血筋じゃないかしら?』と思われるような、不思議な特徴を持った子供が産まれることがあるのよ」
「庶民の俺たちにも、神様の血が流れてるかもしれないってこと?」
ソフィアがリノを見た。
スパルタカスの娘リノが正に元貴族の庶民だからだ。
リノは知ってか知らずか、自分の手をじっと見つめながら目を輝かせた。
「ええ、可能性はゼロじゃないわ。そして、これは大陸共通の絶対の決まりごと。もし万が一、庶民の家に『完璧な黒髪と黒目』を持った子供が産まれたら、その子はすぐに、その国の王様の子供(正式な王族)として迎え入れられることになっているの。だって、初代イオン様とアトン様の濃い血が目に見えて現れたということは、それだけで神様に最も近い、絶対に無視してはならない高貴な命の証なのだから…」
「次に軍の階級の名前ね。一番偉いのは筆頭将軍。次が陣将、隊将、組頭よ」
ソフィアがそう教えると、集まった子供たちから一斉に声が上がった。
「一番偉いのが筆頭? もしかしてソフィアさん……あっ、ソフィア様って、もの凄く偉いんですか!?」
「どうでしょう? それなり、ですかね」
ソフィアは少し苦笑いしながら言った。だが、その様子を端で聞いていたキィールは、内心で冷や汗を流していた。
(ソフィアさんに正面から逆らえるのなんて、この城じゃリンかカイル王くらいじゃないかな……いや、カイル王だって怪しいぞ……)
「――陛下? 何か言いたい事でも、おありですか?」
思考を察したかのように、ソフィアが冷たい笑顔を
キィールに向けた。
「いやっ、別に……!」
キィールは引きつった笑みを浮かべながら、慌てて首を振った。
ソフィアは小さく咳払いをすると、子供たちに向き直って説明を続けた。
「将軍にはそれぞれ序列がありまして、ここディーラには七人の将軍がいます。序列二位や三位といった違いはありますが、これは先に将軍になった者ほど若い序列になるというだけで、基本的には筆頭将軍以下、皆同じと思ってよいです。将軍は、約千人の兵を束ねています。他国では一万人を率いる将軍もいると聞きますが、このデルモラードの地では、普通は千人です」
子供たちは熱心に頷きながら、ソフィアの言葉に耳を傾けている。
「将軍の下に就くのが、陣将です。陣将は五百人、その下の隊将は百人、最小単位のリーダーである組頭は五人から二十人ほどを率います。つまり、一人の将軍は千人の兵士を動かすために、二人の陣将と、十人の隊将を直下に置いているのです、そのメンバーで軍議をするのが普通です」
ソフィアの話しはまだまだ続いて、勉強会は元気な子供達の笑い声がいつまでも心地よく響いていた。




