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大誤解の国婚と、王の誓い

「――よし、シオン殿。昨夜の失態はお互いに綺麗さっぱり忘れようではないか!」


「え、ええ……! カイル王、昨夜のことは私の人生から完全に消去いたしますわ!」


朝の光が満ちる作戦会議室。

カイル王とシオンの二人は、昨夜の「巨大虫ガザガザ騒動」の気まずさを払拭するため、お互いに「大人の対応で忘れよう」と笑顔で頷き合いながら、揃って扉を開けて入ってきた。

しかし、足を踏み入れた瞬間に二人は凍りついた。

大机を囲むキィール、サジィール、ゾイル、ハルト、そしてリンやサーシャ、エレナたち全員が、主だった人々が急遽集まっていた。なぜか見たこともないほど神妙で、微笑みながら二人を見つめていたた。

しかし、上座に座るサウザ国王アレフは、今にもカイル王に殴りかからんばかりに拳を震わせ、血涙を流さんばかりの顔で睨みつけている。


「カイルゥウウウウウウウッ!!」


アレフ王が絶叫と共に机を叩いて立ち上がった。


「陛下から直々に諭されたからこそ、ワシは涙を呑んで……涙を呑んで、我が最愛の娘シオンを貴様にくれてやることにしたッ! 責任を取って、今すぐシオンを妻に娶るが良いッ!!」


「「…………は?」」


カイル王とシオンの声が見事に重なった。二人は完全に頭の上に疑問符を浮かべ、お互いの顔を見合わせる。


「アレフ殿、一体何の話だ? ワシは昨夜、シオン将軍の部屋でただ――」


「お父様、もうそれ以上は言わないで!」


娘のエレナが、完全に遠い目をしてカイル王の言葉を遮って言った。


「お父様がシオン様の部屋にいたじゃない」


「違う、大いなる誤解だッ! 昨夜はただ、シオン殿の部屋に巨大なガザガザが二匹出て、それをワシが掴んだらシオンが白目を剥いて気絶したから、見守っていただけで――」


「ガ、ガザガザ!? 虫のことですの!?」


エレナが聞き返す。カイル王は


「そうだとも、どうも急に部屋を用意したから、ガサガサが入り込んでたみたいでな、エレナ殿は虫が苦手のようで…」


エレナは、真っ赤な顔を見て、そこでようやく一同は、すべての元凶が巨大虫によという、ただの誤解であったことに気づいた。


「なんだ、ただの虫騒動だったのか……」


ゾイルやハルトが安堵の息を漏らす。しかし、裏の司令塔サジィールは、冷徹な軍師の顔のまま腕を組んで首を振った。


「いや、誤解だと分かったところで、もはや手遅れだ。カイル様がシオン殿の部屋に夜通し付きっきりにいたという事実は変わらん。噂はすでに城の民にまで爆発的に広まっていると思われる。いまさら『実は虫が出て気絶していました』などと説明しても、誰も信じぬし、サウザーの姫将軍の傷ついた名誉は戻らないぞ。……もう、娶るしかないんじゃないか?」


サジィールの冷酷にして最もロジカルな正論に、一同は深く頷いた。


「う、うむ……。しかしだな、サジィール」


カイル王は頭を掻きむしり、未だに恥じらうシオンを気まずそうに見た。


「ワシはもう四十五だ。シオン殿の父親であるアレフ殿と年齢も大して変わらんのだぞ? そんな年の離れた男に嫁がされるなど、シオン殿とて嫌に決まって――」


「嫌でも今更しかたないだろうがッ!!」


とアレフ王が猛烈に睨みつける。

カイル王は、女性の心に疎い戦士の顔のまま、ベッドの上で自分を盗み見ていたシオンに向き直った。


「シオン殿、率直に聞くが、ワシのようなおじさんは嫌だろう? 好きでもない男と無理に結婚するなど――」


カイル王がもう一度、彼女を気遣って「断ってよいのだぞ」と言おうとした、その瞬間。

隣のサジィールが、無言でカイル王の肩を掴み、頭を左右に優しく、しかし呆れたように振って遮った。サジィールはカイル王の耳元に口を寄せ、静かに囁く。


「カイル様、あれを見てまだ分かりませんか? あれのどこが、嫌がっている顔に見えます?」


 「え?」


カイル王が視線を戻すと、そこには、昼間の勇ましさなど微塵もなくなり、褐色肌を限界まで真っ赤に染め上げて、俯いたまま指先をモジモジと動かしているシオンの姿があった。

彼女は、いつの間にかカイル王に焦がれていたのだ。嫌なわけなど、あるはずがなかった。


「あ、良いのか?」


カイル王はボッーと、女の子らしく赤くなって恥じらうシオンの可憐な姿を見つめた。

カイル王は元々、決して女嫌いではない。むしろ女性好きではあったが、数年前に最愛の王妃と死別して以来、その手の話を完全に断ち切って生きてきたのだ。

シオンの本当の想いに触れたカイル王は、髭をなぞりながら、少し照れたように素で答えた。


「……ふむ。そうか。ならば」


突然カイル王は、シオンの前で跪いて


「シオン殿、私の側にいてくれぬか?」


「カ、カイル様……っ!」


とシオンが嬉しさと恥ずかしさの極致で顔を上げ、きらめく金髪を揺らしながら頷いた。


「決まりだね!」


上座のキィールが、ここぞという時の皇帝の決断力を以て、堂々と机を叩いた。


「今はモーゼスを前にした重大な時期だ。盛大な婚儀は戦いの後に執り行う。ハルト大臣、これよりサウザーとディラーの団結を示すため、両国の『婚約発表』の書状を全軍へ向けて直ちに作成せよ!」


「御意にございます、陛下!」


生まれ変わった忠臣ハルトが、嬉しそうに筆を執る。


「うおおおおおおおん! シオンが、シオンがカイルの嫁にぃいいいい!」


最後まで親馬鹿全開で泣き叫ぶアレフ王をゾイルが宥める中、作戦室の空気はこれ以上ないほどに熱く、完璧に一枚岩へと融和した。

大誤解から始まった最高の国婚(婚約)を胸に、モーゼスの三千の精鋭がデルモラードに入ったと密偵からの報告を聞いて、いよいよ本格的な知略戦の地図へと全員で目を向けるのだった。

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