エレナのかん違い
「大変よ、キィール!……ううん、陛下っ! とんでもないことが起きたわ!!」
朝一番、キィールの私室の扉が激しく蹴り開けられた。
息を切らせて顔を真っ赤にし、大慌てで飛び込んできたのはカイル王の娘エレナだった。
部屋の中では、ちょうどリンと、サーシャの二人が、キィールを朝食に連れ出そうとしていたところだった。
当然、サジィールやゾイルといった大人の臣下たちはそこにはいない。
「あらエレナ、朝からそんなに慌ててどうしたの?」
リンの腕の中で、黒猫フェルが不思議そうに
「にゃあ」
と首を傾げる。
サーシャも
「落ち着いて、エレナ。一体何があったの?」
と優しく声をかけるが、エレナのパニックは収まらない。
「だ、だからね! お父様が、シオンが……っ! ベッドで、お父様が椅子で寝癖がついてて、シオンが布団を抱えて顔を真っ赤にしてて、私が部屋に入ったら二人がもろに気不味そうな顔をしてっ、それでっ……!」
「待って待って、エレナ。全然分からないわ。ゆっくり話しなさい」
サーシャがエレナの肩を掴んで、深く息を吸わせる。
エレナは大きく一呼吸置くと、身振り手振りを交えて、先ほどシオンの部屋(かつての側室の寝所)で目撃した光景を、一から十まで一気にぶちまけた。
それを聞いたリンとサーシャは、一瞬だけ動きを止め、
「ん……?」
と、顔を見合わせた。
最高の知識を持つリンですら、この早とちりのログには一瞬脳の処理が追いつかない。
しかし、真ん中で聞いていたキィールは、
「そうなんだ……」
と、それを完全に『男女の深い仲の出来事』として理解していた。
「……大変なことになったな」
キィールは腕を組み、いつになく真剣な、しかしどこか冷や汗を流した声で呟いた。
「サウザー軍の姫将軍シオンに、カイル王が一晩中……。もしそんなことが外に知れたら、同盟どころか兵士が騒いで大問題になるぞ。確か、シオンの父親であるアレフ王も、この城に一緒に来ているはずだ、娘を溺愛してると聞いてる、心配して付いてきたらしい」
「ええ、来ているわね」
とリンが頷く。
「だったら、もう道は一つしかない。……カイル王が、シオンを正妃として娶るしかないよ。」
キィールの決然とした、しかし至って大真面目な解決策に、サーシャも
「そうね、それしか国の体面を保つ方法は無いわ」
と真顔で同意する。
そこで、ようやく自分の発言がもたらした事の重大さに気づいたエレナが、急に現実に引き戻されたような顔をして、呆然と声を漏らした。
「……え? ちょっと待って」
エレナの脳裏に、昼間、銀の甲冑をまとって凛々しく馬を駆っていた金髪褐色のシオンの姿が浮かぶ。シオンは十九歳。自分と年齢が二つか三つしか変わらない。
「私と歳があまり変わらないあの人が……私のお母さんになるの……?」
エレナの顔が、何とも言えない複雑で微妙な表情に歪んでいく。
部屋の片隅では、リンの腕の中のフェルだけが、カシムから昨夜の「巨大虫ガザガザ騒動」の話し聞いており、
(違うんだけどなぁ……)
と言いたげに、琥珀色の瞳を呆れたように細めていた。
そんな裏の真実など露知らず、キィールと三人の婚約者達は、モーゼスの三千部隊と北側連合軍を迎え撃つ前に勃発した王の朝帰り(誤解)による国婚騒動をどう収めるべきか、朝の光の中で頭を抱えて大騒ぎを続けるのだった。




