暁の赤面姫とカイル王 2
朝の柔らかな光が、シオン部屋の寝所の窓から静かに差し込んできた。
「……んっ、……」
ベッドの上で、シオンはゆっくりと意識を取り戻した。頭がまだ少しぼんやりとする中、ぬくもりのある毛布の感触に包まれながら、昨夜の出来事を記憶の底から手繰り寄せる。
カイル王が夜通し付きっきりで側にいてくれたのだ。
その瞬間、シオンの脳裏に昨夜の自分の「醜態」が鮮烈に蘇った。
半狂乱になって廊下に飛び出し、カイル王の胸に文字通り体当たりし、泣きべそをかきながら部屋を指差し、あろうことか巨大虫を前に白目を剥いて気絶したのだ。
亡き兄エドワの遺志を継ぎ、どんな戦場でも涙一つ『不屈の姫将軍』として美しく見られたかったカイル王の前で、跡形もなくバキバキに粉砕されてしまった。
「な、ななな、何を、私は……っ!!」
シオンの顔面が、南国の褐色肌の上からでもはっきりと分かるほど、トマトのように真っ赤に染まっていく。
恥ずかしさと情けなさで頭がどうにかなりそうになり、両手で顔を覆ってベッドの上で身悶えした、その時だった。
「……ん、……起きたか、シオン殿」
ハッと気配を察したカイル王が、ゆっくりと重い瞼を持ち上げた。
完全に目が合った。その瞬間、部屋の中に耐え難いほどの気不味い空気が立ち込める。
「あ……、あ、昨夜、は……っ」
シオンは顔を真っ赤にしたまま、掛け布団を胸元まで引き上げ、消え入りそうな声で絞り出した。
「その……取り乱してしまい、本当に、すみませんでした……」
「いや、別に構わん。気にするな」
カイル王は椅子の背にもたれ、ぶっきらぼうに顎をなぞった。
だが、その視線はベッドの上の少女に釘付けになっていた。
昼間、全軍の先頭で銀の甲冑をまとい、金髪をなびかせて凛と前を見据えていたあの勇猛なシオン将軍の姿は、そこにはどこにもなかった。
ただ布団にくるまり、昨夜の失態を思い出して、顔だけでなく耳の先まで真っ赤にして恥じらい、潤んだ瞳でこちらを盗み見ている。
そのあまりにも女の子らしくて可憐な姿に、カイル王は言葉を失い、ただ不器用に見惚れたまま、呆然とボッーと見つめてしまった。
カイル王の、いつもとは違う熱を帯びた視線。
シオンはその強い眼差しに気づき、心臓が跳ね上がるのを感じた。
「か、カイル様……? あの、どうか、なさいま、した……」
二人の間で、いよいよ言葉にできない甘やかな緊張感が極限まで高まろうとした、まさにその時。
ガチャリ、と部屋の扉が何の遠慮もなく開け放たれた。
「シオン、昨日の会議の続きの件なんだけど――」
入ってきたのは、イオン陛下の妃候補の一人であり、カイル王の娘でもあるエレナだった。
シオンと朝一番に女将軍同士話したいことがあって、侍女を連れてやってきたのだ。
だが、エレナの言葉は、ベッドの上のシオンと、そのすぐ隣の椅子に腰掛けている父カイル王の姿を目にした瞬間、ピタリと止まった。
カイル王の髪は少し寝癖がついており、椅子にずっといたのは明らか。対するシオンは布団を抱えて顔を真っ赤にしている。
「…………は?」
エレナの動きが完全に停止した。その目が、驚愕に見開かれる。
(まさかっ……! お父様、いくらなんでも早すぎるわよ!? 昨日の今日で、南の国の姫将軍の部屋で朝帰りを迎えるなんて、一体どういうことなの!?)
「エ、エレナ殿!? これは、その、違うのです……!」
シオンがベッドの上でガタガタと手を振って弁明しようとするが、エレナの脳内では完全に大人の事情として処理されていた。
エレナは瞬時に自らの『将軍の娘』としての完璧な機転を利かせると、隣にいる侍女を振り返り、わざとらしく大きな声を張り上げた。
「あ、あら! そう言えば、陛下に呼ばれてたわね、私達!」
「え? は、はぁ……?」
連れてこられた侍女は、突然の言葉に最初は何のことか分からず、間抜けな声を漏らす。
しかし、ベッドの上の赤い顔とカイル王の気不味そうな顔を交互に見た瞬間、エレナの思惑を完璧に察知した。
「そ、そうですよエレナ様! 大変です、早く陛下の所に行かないと、お叱りを受けてしまいますわ!」
「ええ、そうね! じゃあシオン、また後でね! お邪魔しましたー!」
「待て、エレナ! ワシはだな――」
カイル王が慌てて立ち上がり、引き留めようと手を伸ばすが、エレナと侍女は
「ふふふ」
と意味深な笑みを残したまま、もの凄い速さで部屋の重厚な扉をパタンと閉め、足早に去っていってしまった。
静まり返る側室の寝所。
「………………」
「………………」
娘の完璧すぎる早とちりと、完全に逃げ場を失った誤解のログを前に、カイル王とシオンは、今度は言葉すらなく、ただ朝の光の中で揃って顔を真っ赤にするしかなかった。




