臨時の会合
五大部族の大進軍と西の山々への移住先が決定した翌夜、ディラー城内にあるカイル王の極秘の私室にて、限られた者たちだけによる臨時の会合が開かれていた。
部屋の白磁の円卓を囲むのは、国王カイル、その側近であるゾイル、キィールと聖騎士サジィール、サーシャ、エレナ。
そして、一同をここに呼び出した予言者の少女、リンであった。
サジィールが最初に
「私がかねてより大陸の裏社会を探らせていた隠密網から、驚愕の裏付けが届きました。……陛下、あのカーラ祭りの夜、私たちが奴隷オークションから救い出した『赤の義賊』のサーシャ様のことを覚えていますね?」
キィールは深く頷いた。
サーシャが仲間を逃がすために身代わりとなってダースの罠に捕まり、カーラ祭りの「女性は処刑しない」という絶対のルールのせいでオークションに出品されたあの夜。
ディーラの民が愛する彼女を、キィールが強引に競り落としたことで、ディーラは大喜びの歓声に包まれたのだ。
「あの時、サーシャ様を落札しようとして陛下に競り負け、激しい私怨から執拗に私たちの命を狙ってきた裏社会の支配者『ダース』……。あいつがなぜ、急に本国のモーゼス宰相と結託し、これほど大掛かりな北部同盟を組んでまで私たちを国ごと圧殺しようとしてきたのか、その理由がすべて判明しました」
サジィールは冷徹に、机の上の仮面の写し絵を指で叩いた。
「関わっているどころではありません。私がその足跡を徹底的に調べ上げ、ついに突き止めたダースの真の正体……それは、仮面で醜い顔を隠して裏社会を操り続けてきた、デモン国の国王『デモノ王』その人です」
「何だと……っ!?」
カイル王が息を呑み、室内の全員に凄まじい衝撃が走った。
「奴は最初、ただサーシャを横取りされたという個人的な屈辱と恨みだけで、刺客を放って陛下を殺そうとしていたのです。しかし、その最中に本国のモーゼス手の者がデモノ王に接触し、陛下が逃亡したイオン十七世であるという真実を告げた。そこでデモノ王は、私怨を晴らす絶好の機会だと歓喜し、モーゼスと組んで北部同盟という大義名分へとさせたのです」
キィールは皇帝の外套を纏ったまま、驚きとともに、点と点が繋がった戦慄を覚えていた。
(そうか……僕がイオン17世だから、正体がバレてダースに狙われているのだとばかり思っていた。だけど奴にとっては、始まりはあのオークションの私怨だったんだ。それが今や、モーゼスと結託してデルモラードを揺るがす戦いになってしまった…)
サジィールが
「それ故、この建国する前に、裏社会を牛耳っているダースことデモノ王の手の者が、あちこちに居ると言う事でいないと…」
全員が黙った。
カイル王が
「リン様、何か予言はありませんか?」
全員がリンを見る
リンは先日に
「……以上が、これより中原の帝国宰相モーセスが動かしてくるであろう、我々に合わせた不気味な調略の全貌です」
リンが、円卓の地図を指し示しながら語ったもろもろの情勢は、まるで実際に未来の戦場を見てきたかのような恐るべき正確さを誇っていた。
カイル王もゾイルも、その圧倒的な先見の明に深く感服し、何度も重々しく頷いていた。
さすがは、予言者様と思っていたのだ。
リンは、ふっと薄い唇を引き締め、シリウスの女神を思わせる清らかな瞳で一同を見つめ直した。
「皆様。貴方方だけにどうしても分かって貰いたい事があります。……私は、巷で言われているような、未来がそのまま見える『予知』の能力を持っている訳ではないのです」
「えっ……!?」
そのリンの突然の告白に、カイル王は椅子から引っくり返らんばかりに大きく目を見開いてびっくりした。
隣にいたサジィールやゾイルは、取り乱すことなく
「やはり、そうなのか」と静かに納得した程度の反応を見せ、十五歳のキィールは仮面の奥で
(なんとなく、そんな気はしていたけれど……)
と、リンの聡明さを改めて感じていた。
驚きを隠せないカイル王に対し、リンは静かに言葉を続けた。
「私はただ、今までの長い経験や知識、そして皆様がまだ知らない遙か昔の神々の知識などを繋ぎ合わせ、そこから次に何が起こるかをただ『予測』しているだけに過ぎません」
「ですが、リン様!」
カイル王は、未だに信じられないというように円卓へ身を乗り出した。
「私がまだほんの子供だった頃から、リン様の予言には何度も我が国を救っていただいたのですよ! いつ雨が降るか、来年は大陸中が近年に無いほどの不作になるから備蓄を急げ、といったあのお告げは一体何だったのですか! 未来が見えていなければ、そのような不条理な当て事など出来るはずが……」
「それもすべて、長い経験による予測です。気候の周期や大地の乾きを、過去の膨大なデータから弾き出しているに過ぎません」
リンは何でもないことのように、優しく微笑んでカイル王の言葉をかわした。
カイル王は、目の前にいる少女の、子供の頃から1ミリも変わらない若々しく美しい姿をじっと見つめるうちに、ある素朴な疑問が頭をよぎり、つい口から言葉を滑らせてしまった。
「……それにしても、長い経験、ですか。あの、不躾ながら……リン様は、おいくつ……」
カイル王がそこまで言った、まさにその瞬間だった。
(――あっ、不味い!)
と思ったが…
カイル王の背筋に、凍りつくような戦慄が走った。ゾイルもサジィールも、一瞬にして顔をこわばらせて言葉を失う。
カイル王が恐る恐るリンの顔を見ると、リンは唇の両端を吊り上げ、どこまでも深く、美しい微笑みをその顔に浮かべていた。
だが、、人智を超えた底知れない「恐ろしい暗黒の威圧感」が、その小さな身体から部屋全体へとどんよりと立ち上っていた。
部屋の蝋燭の炎が、その不気味なオーラで一瞬にして青白く揺らめく。
リンは静まり返った室内のなかで、氷のように冷え切った、
しかし極上の微笑みを崩さない声でカイル王を見据えた。
「――何か、言いました?」
「い、いえ! リン様!」
四十五歳の情熱の絶対王カイルが、少女の放つ圧倒的な恐怖の前に、冷や汗を滝のように流して完全にねじ伏せられていた。
その様子を横で見ていたキィールは、
(確かに……リンって、本当は一体いくつなんだろうな?)
としみじみと考えていた。
すると次の瞬間、リンはまるでキィールの頭の中の思考を完璧に見透かしたかのように、すっと首を傾げて緑の目をキィールへと向けた。その背後の暗黒のオーラは未だに消えていない。
「若様。……何か、お聞きになりたいことでも?」
「べっ、別にっ! 何でもないよ!」
十五歳のキィールは、心臓が飛び出るほどに跳ね上がり、全力で手を振ってリンから目をそらした。
リンが続けて
「そこで、建国前の全体会議で、少なくとも城内と主だった貴族のモデルの手の者や裏切り者の炙り出しをいたします。
詳細は、今は言えませんが、私を信じて下さい」
全員、言え無いと言う事を聞いて静まり返った、リンがする事だから…
サジィールが最初に声を出した。
「……コホン。皆、これからの連合国家の建国へ向け、呼び名を明確にしておこう。これからのプライベートや、我々だけの内々の場では、これまで通り『若様』と。そして調任式などの公式の場では、全土の王を束ねる皇帝として『イオン陛下』とお呼びする。街中などのお忍びの場では『キィール』で良いと思う」
「ああ、それが良い。私も公式の場では、しっかりとイオン陛下として礼を尽くそう」
カイル王は命拾いしたかのように何度も深く頷き、ゾイルもそれににこやかにに同意した。
キィールは、自分の呼び名が状況に応じてカチッと決まったことに安堵しつつも、目の前で何事もなかったかのように再び清らかな聖女の微笑みに戻ったリンの横顔を見て、
(リンの炙り出しの作戦が気になるな〜それとリンの年齢のことにだけは絶対に触れないようにしよう……)
と、心の中で思うのだった。




