カイル王の決断
ヴァイス族の里から放たれた、総勢五千人におよぶ五大部族の大進軍を告げる秘密の書簡は、サウザー軍の進軍よりも早く、ディラー国の首都ディーラへと届いていた。
ディラー城の最奥にある、白磁の円卓が置かれた緊急評議の間。
「総勢五千人の部族民を、このディーラに丸ごと受け入れるなど、絶対に不可能です!」
交易や治安を預かるディラー国の大臣たちが、一斉
に悲鳴のような難色を示し、円卓の上で激しい議論を戦わせていた。
「千五百人もの恐竜を駆る戦士たちが一時に国内へ入れば、城下町の民は大パニックに陥ります! それだけではない、彼らの食料や住処、五千人もの平民を養う財政負担を一体どこから捻出するというのですか。いくら連合国家の建国のためとはいえ、これではディーラの治安が崩壊いたします!」
大臣たちの最もな正論が飛び交うなか、円卓の上座には、第一王子の仮面を被った十五歳のキィールが、これからの世界統一を統べる「イオン十七世」としての絶対の威厳を纏い、威風堂々と座していた。
その背後には、重厚な鉄の胸当てを磨き上げた三十八歳の聖騎士サジィールが、鋭い目を光らせて控えている。
大臣たちの激しい反論を黙って受け止めていたのは、四十五歳のディラー国国王、カイル王であった。
カイル王は情熱的な輝きを宿した瞳で大臣たちを見据えると、フッと不敵な笑みを浮かべ、円卓の地図の一角を力強く指し示した。
「皆、落ち着け。五千人の部族民を、何も城下町の中に住まわせるわけではない。……ディーラの『西の山々』を、彼らの新たな領地として与えよう」
カイル王のその言葉に、大臣たちがハッと息を呑む。王は朗々とした声で、誰もが唸る完璧な政治の計算を語り始めた。
「元々あの西の山々は、彼ら五大部族、すなわち人々が『赤の義賊』と呼ぶ者たちの古くからの縄張りだ。彼らの駆る、あの頭の後ろが盾になった強靭な恐竜たちにとっても、走り慣れた最適な土地である。確かにあの山々には獰猛な野獣や凶暴な生き物も多いが、呪われた地デルモラードの地獄の秘境を生き抜いてきた彼らにとっては、そんなものは何の関係もない。むしろ、最高の防壁となってくれるだろう」
カイル王はさらに、大臣たちの最大の懸念であった「民との摩擦」についても、完璧な答えを突きつけた。
「何より、ディーラの一般の平民たち、モーラからの商人はデルモラードからの山道を彼等に守って貰っていたし、昔から山を降りてくる赤の義賊の者たちと、物資の物々交換などで深い親交を結んできた歴史がある。他国の見知らぬ民が来るのとは訳が違うのだ。民にとっても、慣れ親しんだ義賊の者たちが西の山々に正式に定住し、国を守る盾となってくれるのは、むしろ大歓迎の平穏なのだよ」
カイル王のあまりにも理路整然とした、そしてディラー国の防衛力をも一気に跳ね上げる情熱的な名裁きに、先ほどまで難色を示していた大臣たちは完全に言葉を失い、深く感服して首を縦に振るしかなかった。
キィールは仮面の奥の瞳を優しく細め、この頼もしき四十五歳の絶対王カイルの政治的な手腕に、深い尊敬の念を抱いていた。
「感謝する、カイル王。お前が西の山々を差し出してくれた恩義、イオン十七世の名において、決して忘れはしない」
「ははっ、ありがたき幸せにございます、イオン陛下」
カイル王は恭しく頭を下げつつも、その胸の奥で は、これからの連合国家の誕生へ向けた熱い火花を燃え上がらせていた。
こうして、五大部族五千人の受け入れ先が完璧に決定され、新時代の建国へ向けたディラー国側の準備は、着々と準備されていた。




