サーシャの帰還
サウザー国軍が出陣した頃、キィールの婚約者であるサーシャは、戦闘大将ソルジャを伴い、住み慣れたディラーの地下を離れて遥か北方に位置する我が故郷、ヴァイス族の里へと帰郷していた。
そこは、年中を通して温暖なサウザー国とはあまりにも対照的な、凍えるような過酷な地であった。
白磁の巨岩が牙のようにそびえ立つ高地。不自然なほど真っ白でツルツルとした巨大な岩壁に囲まれたヴァイス族の聖域には、頭の後ろが大きな盾の形になった強靭な四足歩行の恐竜たちが、低く重々しい地鳴りのような息を吐きながらずらりと並んでいる。
岩肌の激しい照り返しと、夜空に最も明るく青白く輝く唯一絶対の女神シリウスの星光を浴びて暮らすヴァイス族の者たちは、みな女神の象徴である
聖なる白い髪と透き通るような白い肌のサーシャを崇めていた。
「よくぞ戻った、サーシャ。……お前を見るたびに、今は亡きお前の母親の姿を思い出して胸が熱くなるよ。本当に、そっくりだ」
ヴァイス族の集落の奥、白磁の硬い石で作られた重厚な長の館にて、初老の族長は、上質な獣皮の外套を纏ったサーシャの美しい白い髪を愛おしそうに見つめ、優しく微笑みかけた。
「ありがとうございます、お父様」
サーシャは気高く清らかな微笑みを返したが、その胸の奥には、族長さえも知らない途方もない出生の真実が静かに眠っていた。
サーシャはこの優しい族長の実の娘ではない。
彼女の本当の両親は、一万年の歴史を持つシリウス教のなかでも、決して結ばれてはならないはずの最高祭司と、生涯の純潔を神に誓った「聖巫女」であった。許されぬ禁断の恋の末に、二人は追い詰められて心中を遂げて果てたのだ。
だが、その血に染まった絶望の心中現場に偶然にも駆けつけたのが、シリウス教において「神の友」として崇め奉られている伝説の軍師アトンであった。アトンはその人智を超えた不可思議な奇跡の手を使い、息絶えた聖巫女の胎内から、まだかろうじて生きていた小さな命――サーシャを救い上げた。
アトンは族長に託したのだ。
『神の友アトン』が自らその手で命を救い、この白き高地へと託された特別な聖女。
だからこそ、サーシャは畏怖と羨望の念を込めて「うらやまれる」ほどの神聖な存在として扱われ、実の姫のように守られてきたのだった。
「族長、そろそろ時間だ。他の四部族の大将たちと族長たちが、恐竜を駆って聖域の広場へ続々と集結している。モーセスの野望を阻むための、五部族会議を始めよう」
白く強固な鎧を纏った三十一歳の戦闘大将ソルジャが、無骨な手で腰の槍を正しながら、低い声で告げた。
「
うむ、分かった。サーシャ、お前もキィール殿の婚約者として、我らヴァイス族の誇りと共に円卓へ直ちに向かうのだ」
「はい、お父様」
呪われた地デルモラード。ここに生きる者たちは、誰もが胸の奥に割り切れない人間の業や血の過去を抱えている。
サーシャは自らの衣服を整え、ソルジャと共に、地鳴りを上げて恐竜たちが集う激動の五部族会議の席へと、美しくも冷徹な一歩を踏み出すのだった。




