出兵会議
城の最奥にある堅牢な軍議の間。国王アレフを中心に、姫将軍シオン、大貴族バルド、そして国の防衛を預かる老将ゲルトが席についていた。
円卓の脇には、シオンの副官であるアルパと、バルドの副官であるロダンの二人が神妙な面持ちで控えている。
だが、その円卓の反対側には、サウザー国の国政と財政を預かる文官や大臣たちがずらりと並び、険しい表情でこちらを睨みつけていた。
「四千の全兵力のうち、三千もの軍勢をディーラへ遠征させるなど、断じて認められません!」
口火を切ったのは、交易と税収を統括する筆頭大臣のゴドルだった。ゴドルは円卓を激しく叩き、長々とした反論をぶちまけ始める。
「確かに、帝国宰相モーセスの影が潜むデモン国の反乱の予兆は看過できぬ重大事でしょう。ですが、我がサウザー国の命綱は何ですか。この比較的暖かい気候と、西風・東風を利用した運送専用船による海上交易です。鉱石や食料、珍しい特産品が日々往来するこの豊かな海こそが国のすべてだ。その港や沿岸の防衛を疎かにするなど、本末転倒と言わざるを得ない! 最近になって海からやって来たという不気味な盗賊団に、我々がどれほど手を焼いているか、まさか忘れたわけではありますまいな?」
ゴドル大臣は一呼吸置くと、さらに声を大にして、財政と治安の面からの言い分を長々と続けた。
「我が国の全兵力は四千。もし三千もの兵を引き抜けば、この城下町と広大な港を守る兵は、わずか千しか残らないのですよ! 遠征先での兵站、三千人の食料や武器の輸送にかかる莫大な財政負担だけでも、交易船の運行を大きく圧迫する。その上、手薄になった港を海からの盗賊団に急襲されれば、サウザーの経済は一瞬で崩壊する! それだけではない。留守中の治安維持や、残された平民たちの不安を考えたことがあるのですか。国を守るための遠征で、国の中身が空っぽになって滅びては意味がない。我々大臣たちの総意としては、今回の遠征軍は全兵力の半分、二千にとどめるべきです。二千あれば、ディラー国のカイル王の陣営と合流して戦うには十分なはずだ!」
ゴドル大臣の、あまりにも理路整然とした長大な正論に、軍議の間は重苦しい沈黙に包まれた。国の財布と防衛の現実を突きつけられ、国王アレフも困り果てたように深く眉を下げていた。
しかし、その重苦しい沈黙を切り裂いたのは、シオンの副官アルパだった。アルパはゴドル大臣を鋭い目で見据え、一歩も引かずに言い返す。
「半分では足りない! 二千の兵でモーセスの息がかかったデモン軍を相手にすれば、それこそ全滅の危機に瀕する! 敵が動く前に三千の大軍でディーラへ向かい、圧倒的な戦力で反乱の芽を完全に叩き潰すことこそが、結果として最も早くサウザーの安全を取り戻す道なのだ!」
バルドの副官であるロダンも、アルパの言葉に強く頷いた。
「アルパの言う通りだ。海からの盗賊団への警戒は、ゲルト殿が残った千の兵を効率的に差配し、交易船の運送ルートを一時的に縮小して港の防衛を固めれば補える。ここは三千の兵を投入し、必勝を期すべきだ!」
「お前たち武官はいつも戦の話ばかりだ! 現実の財政を見て物を見ろ!」
「現実の脅威から目を背けて国が守れるか!」
「半分だ!」「いや、三千だ!」
円卓を挟んで、賄賂のために兵力を削ろうと必死なゴドル大臣と、三千での完全勝利を叫ぶ副官たちの激しい議論が、いつ果てるともなく火花を散らした。
そんな中、十七歳の姫将軍シオンは、円卓の上に広げられた地図をじっと見つめ、静かに父親であるアレフ王の決断を待っていた。
「皆、そこまでだ」
それまで激しい議論を黙って聞いていた五十歳の大貴族バルドが、突如として国王アレフの前に進み出た。バルドは国王に対して深く、恭しく礼をしながら、しかし力強く言葉を紡ぐ。
「陛下、大臣たちの懸念も、副官たちの必勝の構えも、どちらもこのサウザーを想ってのこと。なれば、このバルドがシオン様と共に出陣いたしましょう。私がシオン様の盾となり、その行軍を完璧に支えてみせます。これならば、留守中の沿岸防衛にゲルト殿が千の兵を効率的に差配するだけで、財政の無駄な消費も防ぎつつ、必勝の三千をディーラへ送り届けることが可能でございます」
バルドの老獪な妥協案によって決まった。
アレフ王がバルドの元へ歩み寄り、バルドに
「シオンを頼むぞ」
バルドは
「お任せください」
と深く頭を下げた。
そして続けて
「……ご心配なく、陛下。あの時のような不覚は、決して」
バルドは、アレフ王しか聞こえない声で言った。
二人の間の事など、シオンは知る由もない。
だが、その様子を少し後ろから見つめていたアルパは、バルド強く睨み、ロダンは二年前の罪悪感を思い出して痛切な表情で俯いていた。
こうして、激しい議論の末に、サウザー軍三千のディーラ遠征が正式に決定されたのだった。




