極秘の話し合い2
「モーゼスが、もし誰かと手を組んでいるのだとすれば……それは、デモン国しかありませんわ。あの国は、悪い噂が絶えません」
リンが重々しく、しかし確信を込めて告げたその言葉に、カイル王たちの視線が再び彼女へと集中しました。
「デモン国……デモノか」
サジィールがその冷徹な目をさらに細めます。
カイル王はリンを見つめ、軍議の最も核心となる疑問を投げかけました。
「リン、もしモーゼスがデモン国と結託しているのだとすれば、彼らに従うヨルタン、サンタスは、一体どの程度まで奴らに協力するつもりなのだ? 完全に心を売っているのか?」
リンは小さく首を振りました。
「いいえ。諸侯たちの多くは、豪商やモーゼスの『本当の恐ろしさ』を知りません。彼らはただ、破格の富や都合のいい甘い蜜に釣られて、部分的に手を貸しているに過ぎないはずです。つまり、彼らの協力は決して一枚岩ではありませんわ」
「なるほどな」
ゾイルが腕を組み、鋭い目を光らせます。
「利害関係だけで繋がっているのなら、状況が不利になれば諸侯どもは真っ先に保身に走る。切り崩す隙はいくらでもあるということか」
さらにキィールが、もう一つの重要な懸念を口にしました。
「サウザー国と、サーシャのところの五つの部族が安全なのは分かった。だけど、残りの他の部族(五つの部族以外の勢力)はどうなんだ? 敵の味方になっちまうのか?」
リンは地図の上に残された未確定の領域を見つめながら、静かに答えました。
「残りの部族たちは、まだどちらの陣営にも属さず、静かに事態を静観しています。彼らはモーゼスを恐れてはいますが、完全に屈したわけではありません。私たちがサウザー国と五部族で確固たる強さを示し、彼らに『勝てる希望』を見せることができれば、必ずこちら側へと引き込むことができますわ」
「そうか……! 敵に囲まれているように見えて、まだ戦いの趨勢は決まっちゃいないんだな」
キィールが力強く頷き、男たちの顔に闘志が皆切る。
軍議の熱気と重苦しさが最高潮に達した頃、扉が静かに開き、シオン姫は話し合いの場へと「途中から」呼び出されることとなった。
「モーゼスに加担する奴等との決戦はもはや避けられん。一刻も早く、確実に信頼できる兵力を集めねばならない」
というカイル王たちの切実な判断により、有力な同盟国である彼女に声がかかったのだ。
カイル王、ゾイル、キィール、サジィール、そしてリン。
そうそうたる面々が並ぶ緊迫した部屋へ歩み進めながら、シオンは内面の繊細な心を隠すように、上品で洗練された一礼を捧げた。
「皆様。我が国にも関わる重大な局面とお聞きし、馳せ参じましたわ」
用意された席へ腰を下ろし、シオンはこれまでの経緯と、他国の諸侯たちが恐怖で敵に従順にさせられているという最悪の包囲網について耳を傾けた。
(――デモンとの決戦……。そんな恐ろしい戦いが、もう目の前まで迫っているのね……)
シオンの内面は、争い事を恐れる可憐でたおやかなお姫様そのものだった。戦場という血生臭い響きに、心の奥では怖さで身がすくみそうになる。
だが、彼女は決してただ怯えるだけの姫ではなかった。優れた知略を持つ彼女の頭脳は、静かに、しかし的確に状況を整理していく。
(イオン十七世を立てて新しい国を造るというカイル王の御計画には、私の父王も心から賛成しているわ。父王はカイル王と昔から深い親交があるし……何より、私自身が、カイル王のお力になりたい……!)
カイル王に対する強い敬愛と、力になりたいという一途な想い。それが、シオンの可憐な胸の奥に、確かな勇気の火を灯した。
ここで自分が弱気な顔を見せて、同盟の足並みを乱すわけにはいかない。
シオンは深く息を吸い込むと、心の中の弱気な自分を完璧に覆い隠し、ビシッと凛々しい「一国の代表」としての演技をその身にまとった。
すっと背筋を伸ばし、男たちを真っ直ぐに見据える彼女の瞳には、一切の迷いがないかのような強い光が宿る。
「……お話はすべて理解いたしましたわ、カイル王」
シオンは鈴を転がすような美しい、しかし凛とした声音で堂々と宣言した。
「我が国も、この建国の戦いにすべてを賭けて臨む所存です。一刻も早く兵を集め、デモンの闇を打ち払わねばなりません。……私もただ城で待つのではなく、我が国の精鋭を率いて皆様と共に参陣し、自ら戦場で指揮を執らせていただきますわ!」
その可憐な見た目からは想像もつかないほど力強い言葉に、キィールやゾイルは目を見張り、サジィールもまた感銘を受けたように彼女を見つめた。
カイル王は、シオンの内に秘めた健気な覚悟を察するように、深く、そして優しく頷いた。
「サウザーの兵をシオン姫自らが率いてくれるとは、これ以上ないほど心強い。感謝する、シオン」
「もったいないお言葉ですわ……」
シオンは上品に微笑みながら、そっと胸の前で手を握り締めた。
内面はバクバクと激しく緊張しているけれど、憧れのカイル王のため、そして未来の建国のために、私は立派に指揮官を演じきってみせる――夜更けまで続く軍議の光の中で、可憐な姫君は、誰よりも健気な戦う覚悟をその胸に抱き続けるのだった。
夜通し続いた長い軍議が、ようやく終わりを告げた。
サウザー国のシオン姫がビシッと決意を示し、国を挙げた参陣を約束したことで、デモンとの決戦に向けた兵力集めの第一歩は確かなものとなった。しかし、本当の戦いはこれからである。
「皆様、夜更けまでありがとうございましたわ。それでは、失礼いたします」
シオンはこれ以上ないほど上品に一礼すると、サウザー国の代表としての完璧な佇まいのまま、静かに部屋を退出していった。カイル王への敬愛の念は胸の奥に秘めたまま、まずは自国へ戻り、約束通り兵を取りまとめるという一国の指揮官としての公務に集中するために。
パタン、と扉が閉まり、室内には再び重苦しい静寂が戻る。
「さて……。姫君にあれほどの覚悟を見せられたのだ。我々が遅れを取るわけにはいかん」
カイル王が鋭い視線をサジィールとゾイルへと向けた。
その言葉を合図に、二人のソードナイトの顔から、先ほどまでの会議の表情が消え、冷徹な戦士のそれへと切り替わる。
「サジィール、ゾイル。早速だが、先ほど決めた通り、ヨルタン、サンタス、デモン、ディラーの四国の調査を始めよ。諸侯どもがどれほどデモルの闇に侵食されているのか、その実態を暴き出すのだ」
「御意に」
サジィールが静かに一礼し、影のように素早く動き出した。
彼は自身の部屋に戻ると、あらかじめ城内に潜伏させていた赤の義賊の密偵たちを呼び寄せる。
誰も商人の正体がデモノだとは気づいていないが、サジィールは「あの謎の豪商」の金の流れから必ずモーゼスへと繋がるパイプがあるとにらんでいた。
「三国の諸侯の動静を洗え。特にヨルタン国だ。奴らの不審な資金移動や、城下に潜むあの豪商の手の者が、どの諸侯と接触しているか、徹底的に突き止めろ」
サジィールの冷徹な命令を受け、赤の義賊の隠密たちは音もなく闇夜へと散っていった。
一方、ゾイルもまた、自らの直属の精鋭部隊へと最初の指令を下していた。
国境付近での不審な動きを監視し、もし敵が何らかの動きを見せれば、即座にそれを叩き潰すための布陣を敷く。建国という大業の裏で、見えない情報戦の刃が、ついに各地へと放たれたのだ。
その頃、キィールは一人、夜の廊下に立ち、暗い空を見上げていた。
シオン姫の気丈な宣言、そして国を背負う者たちの命がけの駆け引き。見かけによらず強い力を持っているはずの自分だが、この壮大な政治の渦、そして恐怖の包緯網を前に、己がこれからイオン十七世としてどうあるべきなのか、その責任の重さを静かに噛み締めていた。
まだ誰も、その豪商の正体がデモノであるという最悪の真実には辿り着いていない。
手探りのまま始まった広域隠密調査は、国を揺るがす巨大な闇の核心へと、ゆっくりと、しかし確実に動き出すのだった。




