闘神戦
明けて、武闘大会の当日。
巨大なコロシアムは、歴史的な一騎打ちを一目見ようと集まった群衆の熱気と地響きのような大歓声で満ちあふれていた。
中央の主賓席には威厳に満ちたカイル王が座し、その右隣には並び立つ形でイオン帝国第一王子イオン17世、そしてゾイルが堂々と控えている。
王の両隣に位置する豪華な貴賓席には、冷酷な計画を裏で仕組んだデモノ王もまた、不敵な笑みを湛えて着席していた。
その時、地を揺るがすような激しいドラムの重低音が鳴り響き、高らかなラッパの音が空を突き抜ける。
最高潮に達した大音響の嵐の中、ついに二人の戦士が姿を現した。
砂塵が舞う舞台へと厳かに足を踏み入れたスパルタカスとサジィールは、主賓席のカイル王とキィールに向けて、戦士としての深々とした一礼(挨拶)を捧げるのだった。
観客や諸侯が仰ぎ見る主賓席の男。
周囲の誰もが、彼の本名を【イオン17世】と信じて疑わず、「キィール」とはお忍びの旅で用いた仮の名に過ぎぬと考えていた。
だが、それが大いなる逆転の真実であると知る者は、傍らに控えるサジィールのみである。そして、全てを見通すリンは、彼がその名を引き受けて世界のために立つ決意をした瞬間から、偽りも本物も同じ価値を持つのだと深く受け入れていた。
激しいドラムとラッパの音が轟く中、スパルタカスとサジィールは、全土の象徴たる「イオン17世」とカイル王へ向けて厳かに深く一礼を捧げる。
その挨拶を受けて、観客に手を振るキィールの胸中にあるのは、サジィールしか知らない自分の正体。
イオン17世になると言ったが、中々慣れないで、少し強張った顔をするのだった。
最高潮に達した大音響の嵐の中、ついに二人の戦士が舞台の真ん中へ進み出た。その瞬間、開戦を告げる鐘のドラムが凄まじい音で鳴り響く。
その直後、スパルタカスは懐の小瓶(ヴァンサンカンの秘薬)を躊躇なく飲み干した。闘神の肉体は急激に膨れ上がり、目は赤く血走って理性を失った【ヴァンサンカン状態】へと変貌を遂げる。
「殺すっ!」
と猛る衝動のまま、彼は大剣を振り回してサジィールへ襲いかかった。
サジィールは猛攻を鮮やかに捌き続けるが、その異形な破壊力に驚愕する。
(これは、まさかあの秘薬か!)
凄まじい猛威の前に、サジィールは【アース】の発動を迫られる。人前では見せたくない力。
悩んだ末、彼は能力の出力を抑え、通常の2倍の驚異的な速度にセーブして、この禁忌の暴走を受け止めるべく限界の防衛戦を開始するのだった。
通常の者なら僅かな時間で切れるはずのヴァンサンカンの秘薬。しかし、サジィールが2倍の速度にセーブして戦い続けても一向に衰えない闘神の底力に、サジィールは驚愕し、その資質の高さへ純粋に感心しながら限界の攻防を続けた。
大幅に時間を超過した頃、ついに薬効が切れ、スパルタカスは目を開けたまま静止し、ゆっくりと前へ倒れ伏した。
決着の鐘のドラムが鳴り響き、戦いの凄まじさに静まり返っていたコロシアムの観客が一斉に大喝采を送る。
サジィールが駆け寄って容態を確認すると、驚くべきことにまだ息があった。
通常の人間なら負荷に耐えきれず命を落とすはずが、広範囲の肉体組織の損壊だけに留まり、心臓は過酷な破裂せずに耐え抜いていた。その桁外れの頑強さに、サジィールは改めて闘神への深い敬意を抱き、急ぎ救護の係員を呼ぶのだった。
大歓声が渦巻く中、サジィールは傷一つない気高き足取りで主賓席の階段を登り詰めた。
サジィールを前に、カイル王は満足そうに頷いて一歩退く。
促されたキィール(周囲が敬うイオン17世)は厳かに前へ進み出ると、跪くサジィールの肩へ、炎のごとく輝く【深紅のマント】を優しくかけた。
そして、神聖な輝きを放つ最高峰の【槍】を自らの両手でしっかりと掴み、サジィールへと直接授与したのだ。
闘神の象徴たるキィールの手から全ての証を受け取り、赤き外套をひるがえして立ち上がるサジィール。会場が地鳴りのような祝福の嵐に包まれる中、ただ一人、その光景を貴賓席から苦々しく見つめるデモノ王の姿があった。
裏の暗殺計画を完璧に狂わされたデモノ王の胸中には、深い憎悪が燃え上がっていた。




