密約
賑やかな晩餐会の会場。将兵たちの歓声とカイル王の朗々たる声が響く中、その狂騒を遠くから見つめる男の瞳には、全く別の冷徹な『夜』が宿っていた。――デモノ王。彼は、目の前の光景を眺めながら、昨夜、自らの潜伏先で交わされたドス黒い密約の記憶を思い出していた。
「――申し訳ございません、デモノ様。昨夜の暗殺……失敗いたしました。刺客どもは一人残らず返り討ちに……」
平伏する部下たちの報告を、デモノは静かに聞いていた。並の悪党なら激昂して部下を斬り捨てる場面だが、一国の王たる格を持つデモノは、表向きはそんなに怒るような素振りは見せなかった。ただ、冷徹な瞳の奥で、どす黒い感情を巡らせる。
(……忌々しい奴め。たかがオークションでサーシャを落札しただけの、生意気な成金野郎だと思っていたが……これほどの手練れを配下に隠していたとはな。どこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ……)
デモノにとっては、あくまでサーシャを奪い去ったキィールへの個人的な憎悪。
その時、室内の影が不自然に伸び、一人の男が音もなく姿を現した。
「誰だっ!?」
「デモノ様の前だぞ、控えよ!」
突然の不審な侵入者に、デモノの部下たちは一斉に武器を構えて色めき立った。デモノ自身も、この完璧な隠密行動で現れた謎の男に内心は深く驚いたが、そこはデモノ、一国の王としてのプライドがある。
表向きは眉一つ動かさず、至極冷静に男を睨み据えた。現れた仮面の男――暗殺部隊の頭は、不敵に歪んだ声を漏らし、まずは自身の背後にある大いなる影を語り始めた。
「そう警戒するな、デモノ王。私はお前の敵ではない。……我が主は、イオン帝国の【摂政モーゼス様】。我らはその命を受け、お前に最高の条件を提示しにきたのだ」
「モーゼスだと……?」
男が明かした自分たちの正体に、デモノは冷徹に目を細める。あの帝国の最高権力者の一人が、なぜ自分のような辺境の都市国家の王に接触してくるのか。
暗殺部隊の頭は、デモノの疑念を見透かすように、悪魔の誘いを囁いた。
「お前を、このデルモラード地方の盟主(現在はカイル王)に据えてやる。我らの主、モーゼス様が『3000の精鋭』を援軍としてお前に貸し与える。今ならこちらの兵力が上だ。今すぐ挙兵しろ。反乱を起こし、現体制を完全になき者にするのだ」
カイル王を引っ繰り返す圧倒的な武力の提示。
だが、デモノはまだ動かない。なぜそこまでして自分に手を貸すのか、その決定的な理由が欠けていたからだ。
それを見計らったように、暗殺部隊の頭は冷酷に口元を歪め、トドメの一撃となる「情報」を告げた。
「そして――お前が執拗に狙っている、あのキィールという男。奴の『真の正体』を教えてやろう。……あの男はただの金持ちの貴族などではない。このイオン帝国の正統なる【第一王子イオン17世】その人だ」
「なに!」
部下達は皆目を開いてビックリしている。
だが、
「ほう……?」
デモノは静かに杯を弄んだ。表向きは「
さも想定内であるかのように落ち着き払ってみせたが、内心では天と地がひっくり返るほどの凄まじい衝撃を受けていた。
(あのサーシャを落札した生意気な男が、まさか帝国の第一王子だったとはな……!)
すべてのパズルが繋がった。モーゼスが狙っているのは、この地に隠れ潜む第一王子の首なのだ。
「なるほど、悪くない話だ……」
デモノは口元を歪めて、その誘いに乗る。だが、デモノの頭脳はすでにその裏を見抜いていた。
(モーゼス……皇帝を裏切って謀反を起こしたあの希代の野心家か。そんな裏切り者の塊のような奴を信じるれるわけがない。……だが、3000の精鋭の武力は本物だ。これは『利用』しない手はない。事が終わった瞬間、油断したモーゼスの援軍どもを、こちらの手で逆の喉元を掻き切って全員抹殺してやる。私は、イオン帝国の都合のいい属国になるつもりなど毛頭ないのだからな……)
そして――そのデモノの「腹黒さ」を、暗殺部隊の頭もまた、完全に見透かしていた。仮面の奥で、頭は冷酷に嘲笑う。
(くくく……やはりデモノ、お前は腹黒く、到底信用できん男だ。お前はただの、第一王子を殺すための使い捨ての駒。……事が終われば、我が暗殺部隊がお前をその場で暗殺してやる)
モーゼスからの絶対の至上命令である、キィールが持つ皇帝の証『王印』と『神剣』の強奪。その核心については、あまりにも腹黒く強欲なデモノには、ハナから一切教えるつもりはなかった。
「では、密約は成立だ。デモノ、お前の執念で、第一王子の首を獲ってみせろ」
「ああ、任せるがいい。奴の首、必ずや我が手に」
互いが互いを「終わったら皆殺しにする」と冷徹に計算しながら、不敵に笑い合う黒き強者たち。キィールの真の正体(第一王子)を知った驚きを胸に秘め、デモノ王の独立への野心が、モーゼスの欺瞞と絡み合う夜だった。




