闘神戦前夜祭 2
サウザー国、イース国、そしてディラー国の諸侯から割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こり、大広間の天井を揺らしている 。
その光景を、デモン国のデモノは忌々しげに睨みつけ、裏で刺客を動かそうと静かに拳を握りしめていた 。
15歳の偽物の王子キィールは、限界突破したパニックと電撃婚約の重すぎる宿命を背負いながら、差し出されたカール王の手を、滝のような冷や汗を流しながら固く握り返すしかなかった―― 。
誰もがこの完璧な婚姻同盟に、未来の帝国の夜明けを確信した、その瞬間だった。
「――ちょっと待ったあああ!!」
大広間の重厚な扉を蹴破るようにして、鈴の鳴るような、しかし凄まじい張りのある少女の声が響き渡った。
歓声が一瞬で引き波のように静まり返る。
諸国を率いる王や有力者たちが一斉に視線を向けたその先に佇んでいたのは、息を呑むほどに美しい、白髪の少女だった。
絹を織り上げたような純白のドレスをまとい、透き通るような白い肌と、神秘的な青い瞳を輝かせている。その姿は、どこからどう見ても高貴なる国からお輿入れしてきた、完璧に上品な『お姫様(聖女)』そのものだった。だが、その見た目に反して、彼女の口から出た言葉はバチバチに凶暴だった。
「若様! あんた、何勝手に婚約なんて結んでるわけ!? 聞いてないんだけど!」
(サ、サーシャ……っっ!?)
キィールは喉の奥で絶叫した。ドレスを着て完璧な聖女のハッタリをかましているが、中身はあの口の悪い義賊の娘、サーシャその人だった。
ギルドの管轄で安全に保護されていたはずの彼女が、なぜかこの厳重な晩餐会の場に乱入してきたのだ。突然の事態に、隣に座る緑の髪と褐色肌のエレナ姫は、最初は目を丸くしてびっくりしていた。
だが、サーシャの放つただならぬ戦士の気配と、その「お姫様の見た目に反したじゃじゃ馬な本質」を瞬時に理解すると、エレナの美しい瞳が途端に鋭く据わった。エレナは立ち上がり、サーシャを射殺さんばかりの鋭い眼光でバチバチに睨み返したのだ。
「……なによ、その品のない乱入者は。私の婚約者になんの用かしら?」
「はあ!? 誰が婚約者よ! あんたみたいな緑のじゃじゃ馬が、勝手に婚約するなんて!」
一触即発。大広間の大気がピキピキと凍りつくような凄まじい緊迫感が走り、集まったデルモラードの諸侯たちも、この絶世の美女二人の大激突に言葉を失って静まり返った 。
パニックになったキィールは、助けを求めるように部屋の隅のサジィールを見た。だが、あの天下のマスターナイトであり、汚い大人の政治のやり方をすべて教えてくれたはずのサジィールは、仮面の裏で完全に困り果て、
『いや、女の修羅場ばかりは、私にもどうにもできん……』
と、お手上げと言わんばかりに両手を広げてみせた。
(使えねええええーーーっっっ!!)
内心で絶叫したキィールは、仕方がなく、心臓をバクバクと震わせながら二人の美少女の間に割って入った。
「二人とも……! 諸国の王たちの前だ、ひとまず冷静に、冷静になってくれ……っ!」
キィールは滝のような冷や汗を流しながら、必死に二人をなだめる。だが、その脳内はハッタリを維持するどころではないパニックに陥っていた。
(嘘だろおい……婚約を巡って、この場でいきなり『決闘』とか始まらないよな!? もし、万が一、この場で二人から『おいキィール! ぶっちゃけ私とこいつ、どっちを妻に娶るつもりなんだ!?』なんて詰め寄られたら、一体どうすりゃいいんだ……っっ!!)
15歳の少年キィールは、ただただオロオロと二人の間で困ってるが、それでも
「とにかく! 諸国の王たちの前だ、ひとまず冷静に、冷静になってくれ……っ!」
キィールは滝のような冷や汗を流しながら、必死に二人をなだめる。だが、サーシャはドレスの裾を激しく翻し、青い瞳を怒らせて大広間に響き渡る声で言い放った。
「冷静になんてなれるわけないでしょ! 私がイオン17世の正妃なんだから、私に相談も無く、勝手に側室を増やされても困るのだけど!」
「――な、側室ぃっっ!?」
キィールは喉の奥で二度目の絶叫をあげた。
(は?どちらかとかじゃないんだ…)
これにはハッタリの威厳を保つどころか、あまりの予想外の発言に脳がパニックで弾け飛びそうになる。だが、ディラー国の王女エレナも、決して引くような女ではなかった。褐色肌に緑の髪を揺らし、騎士団長としての圧倒的な気高さを以て、サーシャを見下ろすように鼻で笑った。
「身の程を知りなさい、泥棒猫。私が正妃に決まってるじゃない!……ふん、でもまあ、あなたがどうしてもと言うなら、側室として我がカイル家に迎えてあげてもよろしくてよ?」
「なによその上から目線は! 側室になるのはあんたのほうよ!」
バチバチと火花が散り、もはや決闘が始まりかねない一触即発の修羅場。集まった諸侯や有力者たちが息を呑んで静まり返る中、その混沌とした大広間の中心へ、音もなく滑るように歩み出てくる影があった。黒髪に、神秘的な黒い瞳。白い上等な法衣をまとったその少女――新軍師リンが姿を現した瞬間、大広間の空気が一変した。リンは激しく言い合う二人の前に立つと、突如としてその瞳に底知れない神聖な燐光を宿し、大地を震わせるような、神がかりな声を大広間へと響かせた。
「――静粛に。天の計算は、すでに定まっています。争う必要はありません。……北の妃がサーシャ。南の妃がエレナ。そして、東の妃が私です」
その、不気味なほどに透き通った『神のお告げ』が響き渡った瞬間、大広間にいたデルモラード地方のすべての王や貴族たちが、一斉に息を呑んでその場に平伏した。彼女はただの少女ではない。この国の建国以来、危機のたびに忽然と現れては的確なお告げを遺していった、あの『予言者様』その人なのだ 。
その予言者様が「天の決定だ」と言い切ったのだから、それが世界の絶対的な宿命であると、誰もが100%納得するしかなかった。あれほどバチバチだったサーシャとエレナの二人でさえも、リンの圧倒的な神聖さに気圧され、
「天の宿命ならば……」
と、顔を真っ赤にしながらも言葉を失って納得せざるを得なかった。静まり返る大広間の中、サウザー国の老諸侯が、畏怖に震える声でふと問いかけた。
「……お、おぉ、予言者様。なれば、残る『西の妃』は……一体どこのどなたになるのでございましょうか?」
諸侯たちが固唾を呑んで見守る中、リンは神がかりな深い瞳のまま、西の空を見据えて静かに告げた。
「――西に行けば、会えます」
おおお、と地鳴りのような感嘆の声が広間に響き渡る。西への遠征を前に、これ以上ない天の導きを授かった諸国連合の戦意は、今や最高潮に達していた。だが――宴がひとまずの着地を見せ、諸侯たちが歓談に戻った晩餐会の隅で、キィールは心臓のバクバクを抑えきれないまま、リンの真横に詰め寄って小声で囁いた。
「……ね、ねえ、リン。さっきの、本当に神様が降臨したお告げだったの……?」
キィールが本気で怯えながら尋ねると、リンはすっと神聖なオーラを消し去り、いつもの浮世離れした平然たる顔に戻って、小さな声で淡々と言った。
「いいえ。演技です」
「ええええーーーっっっ!?」
キィールは今夜何度目か分からぬ絶叫を出しそうになったのを、必死に噛み殺して白目を剥いた。
「え、演技って……りん!あんな大舞台で諸侯の前で真っ赤な嘘ついたの!? じゃあ、あの『西の妃』の話はなんなんだよ!?」
焦るキィールに対し、新軍師リンはどこかお茶目に、静かに目を細めてとぼけてみせた。
「イオン帝国までは、とても長い道のりですよ、若様。……それまでに、西の地で、新しい妃候補が沢山現れるかもしれませんね、別に困る事はないですよ、側室にすればよいのです」
「おいおい……っ」
世界を完璧に騙しきっているハッタリの第一王子キィールは、まさか味方の軍師の『神がかりな演技』に完璧に一杯食わされていたという事実に、背中に心地よい苦笑の汗を流しながら、これから始まる戦いの日々を迎えようとしていた。




