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闘神戦前夜祭 1

白磁の神殿から新軍師――国中から伝説の『予言者様』として畏怖される少女リンを陣営に加えた私たちは、一刻の猶予もない荒野を文字通り風のように駆け抜け、わずか二日で本拠地ディラー城へと強行軍で引き返した 。城へ戻るや否や、デルモラード地方の空気は武闘大会の熱気で完全に沸騰していた。3日後に行われる、最強のチャンピオンへのサジィールの挑戦。その歴史的な一戦を前に、ディラー城の巨大な大広間では、デルモラード諸国の王、有力な貴族、大商人、そして名だたる英傑たちをすべて一堂に集めた、未曾有の『前夜祭の晩餐会』が華やかに催されていた。きらびやかな魔法の灯火と、上等なパーラの交易で栄えるディラー国ならではの贅を尽くした料理 。だが、その華やかさの裏には、文字通りこの地方を二分する生々しい政治の火花が散っていた。大広間の左側には、キィール側連合である【サウザー国】や【イース国】の、正義の帝国奪還を掲げる誇り高き諸侯たちが居並ぶ 。対する右側には、自身の「デモノ」という名の響きを利用してデモン国の高貴な血筋を詐称し、孫を傀儡の王にして本国を乗っ取ったあの強欲な悪徳貴族【デモン国のデモノ】を筆頭に、【サウス国】【ヨルタン国】【サンタス国】という、汚い暗殺と陰謀を張り巡らせる悪貴族側の四国連合の面々が、冷徹な眼光をギラつかせてひな壇を睨みつけていた 。壇上の中心に座る少年キィールは、第一王子の仮面を被りながらも、背中に滝のような冷や汗を流していた。隣には、静かにワイングラスを傾ける上品なカール王と、鋭い威厳を放つサジィール、そして影のように佇む新軍師リンが控えている 。宴が最高潮に達したその時、カール王が洗練された高貴な動作で立ち上がり、大広間を見下ろした。若様であるキィールの前ではどこまでも上品な統治者としての威厳を保っているカール王だったが、その声には、諸国を一瞬で平伏させるほどの底知れない覇気がこもっていた


「――デルモラード諸国の王、高貴なる貴族、ならびに高潔なる商人の有力者たちよ。今宵、この記念すべき前夜祭の席にて、皆にこの世界をひっくり返す大いなる真実を発表いたしたい」


広間の喧騒が、水を打ったように静まり返る。デモノをはじめとする悪貴族陣営の面々が不穏に目を細める中、カール王は上等な絹の法衣を払い、壇上のキィールを丁重に手で指し示した 。


「ここにいらっしゃる若き君主……このお方こそが、逆臣モーゼスの謀反によって帝国を追われた、正統なるイオン帝国の第一王子――イオン17世様であらせられる!」


「おおお……っ!?」


一瞬静まり返り広間にどよめきが沸き起こった 。サウザー国やイース国の諸侯たちが一斉に、畏怖の念を込めてキィールを凝視する 。キィールは内心のパニックを必死に押し殺し、ハッタリの瞳を維持して真っ直ぐに前を見据えた 。ここまではサジィールと進めてきた計画通りだ。だが、カール王の上品な言葉は、そこで終わりではなかった。


「我がディラーは、正統なるイオン17世様の元に剣を捧げ、同盟国と共にイオン17世様に忠誠することを誓う。……そして、この不滅の同盟の証として、我が最愛の娘エレナを、イオン17世様の『正妃(婚約者)』としてお迎えいただくことを、ここに電撃的に発表いたす!」


「――な、に……っ!?」


キィールは、第一王子の演技を完全に忘れ、思わずその黒い瞳を限界まで見開いて硬直した

婚約にも驚いたが、エレナを見てまた驚く。

奴隷オークションの翌日に、キィールの馬車が刺客に襲われた時に、駆け付けてくれた指揮官だったからだ。

その時に、刺客が彼女を物陰から襲って来たのをキィールが助けた。


(こ、婚約!? エレナ姫と俺が!? 冗談だろ、そんな話、一言も聞いてないぞ……っ!?)


頭の中が一瞬で真っ白になり、心臓が爆音を立てて跳ね上がる。隣の席を見れば、あの時は甲冑で見えなかったが、緑の髪と褐色肌を持つ絶世の美女、エレナ姫が、顔を真っ赤にしてツンとそっぽを向いていた 。驚愕のあまり部屋の隅に立つサジィールへと視線を走らせると、最強の騎士サジィールは、冷徹な仮面の裏でニヤリと不敵に笑い、キィールに向けて無言で格好よく親指を立ててみせた 。

キィールには知る由もなかった。この電撃的な婚約発表が、デモール山から帰還する強行軍の最中、キィールが眠っている馬車の裏で【聖騎士サジィールと、カール王との『密談』】によって決定された、大人の汚い政治のやり方であるということを 。

サジィールはキィールという神輿の価値を絶対的なものにするため、カール王の圧倒的な財力を婚姻によって完全に縛り付けたかった 。

カール王もまた、キィールを本物の第一王子だと100%信じきっているからこそ、愛する娘エレナを未来の「帝国の皇后」の座に就けるため、この賭けに上品に乗ったのだ 。


「 イオン17世様、諸国の前でございます。本物の王としての器を、今こそお見せくだされ」


カール王が隣で、洗練された低い声でキィールに耳打ちする 。

サウザー国、イース国、そしてディラー国の諸侯から割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こり、大広間の天井を揺らしている 。

その光景を、デモン国のデモノは忌々しげに睨みつけ、裏でサーシャを奪うための暗殺の刺客を動かそうと静かに拳を握りしめていた 。

15歳の偽物の王子キィールは、限界突破したパニックと電撃婚約の重すぎる宿命を背負いながら、差し出されたカール王の手を、滝のような冷や汗を流しながら固く握り返すしかなかった――

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