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謎の軍師

「――その東の果ての山こそが、謎の軍師の潜む場所。ですが王子様、あそこは一歩間違えれば中原の精鋭百人が一瞬で肉を裂かれ、皆殺しにされる魔物の地獄。もしあの軍師を陣営に迎えるというのであれば、この私が道案内を務めましょう」


最上級の騎士としての誇りと礼節を胸に、ゾイルは確固たる意思を込めてキィールを見据えた。その壮絶な全滅事件の告白を聞いた瞬間、サジィールは冷徹な瞳をさらに鋭く尖らせ、キィールは机の上の書類を掴む手にじっと力を込めた。西への遠征大決戦まで、もう一刻の猶予もない。モーゼスに対抗できる唯一の頭脳である「謎の軍師」を味方にするためには、その地獄の山へ今すぐ飛び込むしかなかった。サジィールがキィールに向き直り、短く告げる。


「若様、時間がありませぬ。モーゼスの密偵に動きを察知されぬためにも、大軍を動かすのは悪手。ここは我らだけで早速、その軍師の山へ向かうべきかと」


サジィールの進言を聞くと、それまで静かに横たわっていたカール王が、上等な絹の法衣を揺らしながら、洗練された美しい動作で立ち上がった。その瞳には、ギラギラとした大人の野心と、一国の王としての絶対的な気品が満ちている。


「――行きましょう、イオン17世様。時間はありません。我がディラーの軍勢を動かさず、この四人のみで隠密に向かうこと、私も賛成いたします。百人が全滅した山にたたった四人で乗り込む無謀……。ですが、今のゾイルには昨晩目覚めた本物の【アース】の力がある。それにこの私と、サジィール殿の二人のマスターナイトが揃うのです。神の遺産とやらを拝みに行くには、これ以上ない最高峰の精鋭でございましょう」


カール王はキィールに対し、どこまでも上品で高貴な笑みを崩さぬまま、静かに、けれど底知れない覇気のこもった声で告げた。


「決まりだ。カイル王、ゾイル、案内を頼む。早速その東の果てへ出発するぞ」


15歳の少年キィールは、冷や汗を拭い、偽物の神輿としての威厳を精一杯に張り詰め、確固たる覇王の瞳で二人に命じた。

すべてを知っている偽物の王子キィール。

忠義の聖騎士サジィール。

上品な威厳の裏に油断ならぬ器を秘めたカイル王。そして、昨晩ミシアとの無垢な純愛によって大気を捻じ曲げるほどの【アース】の大覚醒を遂げた戦士ゾイル。

世界をひっくり返す最強の軍勢の密約を結んだ四人は、モーゼスの目を欺くため、最低限の馬だけを引いてデモール城の裏手へと音もなく滑り出した。城に残る愛しいミシアの身を案じながらも、ゾイルは自らの命の綱である秘薬を胸に抱き、カール王の真横にピタリと従う。


「若様、手綱を強くお握りください。これよりディラーの闇を抜け、一気に山へと向かいます」


カイル王の上品で鋭い合図とともに、四騎の馬は爆音のような蹄の音を響かせ、ディラーの街の雑踏を鮮やかに擦り抜けた。世界の真実が眠る東の最果ての山へと、四人の英傑は嵐のように闇を切り裂いて駆け抜けていくのだった。

デモール城を極秘裏に飛び出した四騎の馬は、ディラーの夜闇を文字通り嵐のように駆け抜けた。一刻の猶予もない西への遠征大決戦を前に、キィールとサジィールは、全軍総司令官ゾイルの案内のもと、世界の真実が眠るという『東の最果ての山』の麓へとたどり着いた。見上げる山脈は、まるで天を突く巨大な黒い影のように四人を阻んでいる。馬を降り、木々が鬱蒼と生い茂る禁忌の山道へ足を踏み入れたその時だった。


「――若様、サジィール殿。止まってください。……来ます」


最上級の騎士の礼節を崩さぬまま、ゾイルが鋭い声で私を制した。その肉体からは、昨晩ミシアとの純愛によって大覚醒を遂げた【アース】の圧倒的な波動が、周囲の大気をビリビリと震わせながら立ち上っている。ゾイルの視線の先――暗闇の奥から、無数の巨大な影が音もなく蠢き、現れた。それは、三年前の中原の調査団百人を一瞬で皆殺しにしたという、あの恐怖の象徴。現世の生き物とは思えぬほどバカでかい猿の魔物たちの大群だった。その悍ましい巨体と、全てを噛み砕く凄まじい牙。サジィールは冷徹な瞳のまま静かに剣の柄に手をかけ、15歳のキィールは背中に滝のような冷や汗を流しながら、ハッタリの威厳を保つために必死で奥歯を噛み締めた。だが、次の瞬間、奇妙なことが起きた。


「……な、に?」


キィールの喉から、驚愕の声が漏れた。獰猛な唸り声を上げ、今にも襲いかかってくるかと思われたバカでかい猿の魔物たちが、突如として動きを止めたのだ。それどころか、怯えるように頭を低く下げると、四人の前を塞いでいた巨体を左右に割り、まるで天の意思に平伏するかのように、静かに『道をあけ始めた』のである。三年前の地獄を知るゾイルの瞳が、驚きにわずかに対した。魔物たちが道をあけたその中央から、微かな駆動音を響かせながら、四人の元へとゆっくりと浮遊してくる『金属の丸い物』があった。


「これは……魔法の遺物か?」


サジィールが眉をひそめる。現人類の誰も見たことがない、完全に左右対称で、月光を鈍く弾く金属の球体。

それは空中を滑るように浮きながら、じっとキィールたちの前で静止した。四人には知る由もない。

それが、かつてこの星に墜落した神の遺産を謎の軍師が操作しているということを。

最初は、その不気味な金属の球体が何なのか、誰も分からず硬直するしかなかった。

しかしその時、その滑らかな球体の表面から、キィールたちの耳に聞き覚えのある、あの低く重厚な『謎の軍師』の声が響き渡ったのだ。


『――遠路遥々、よくぞ参った。ディラーの王カイル王、そしてイオン17世を名乗る少年よ』


金属の塊から直接放たれる、肉声とは違う不思議に響くその声に、四人の間に凄まじい緊張感が走った。


『この山に潜む私の眷属(猿の魔物)たちは、その金属の球の誘導に従う者には牙を剥かぬよう、完璧に管理(支配)してある。……時間がなかろう。私の居場所へ案内する。その球体の後を付いてくるがいい』


球体から放たれた言葉が終わると、金属の丸い球は反転し、まるで生き物のように滑らかな動きで山の奥地へと進み始めた。

道をあけたバカでかい猿たちがじっと見守る中、その神の如き奇跡の光景に、カイル王は上等な絹の法衣を揺らしながら、老獪な眼光を細めて上品に微笑んだ。


「カハハ、これは驚いた。噂以上の大物だ。行きましょう、イオン17世様。神の使いが案内してくださるようだ」


「……ああ、行こう」


キィールは確固たる覇王の瞳を装いながら、金属の球体の後を追って行くのであった。


空中を滑るように飛ぶ不気味な金属の球体に導かれ、バカでかい猿の群れが頭を下げて切り開いた夜の山道を、私たちは音もなく進んでいった。険しい岩肌を抜けたその先、突故として目の前の空間がひび割れるように開け、月光とは違う、淡く神聖な白い光が私たちの視界を白濁させた。


「――おぉ、これは……」


カール王の美しい絹の法衣が、驚きの風に揺れた。若様であるキィールの前ではどこまでも上品な統治者としての威厳を保っているカール王だったが、その老獪な眼光ばかりは、目の前に現れた異形の建造物に激しく見開かれていた。それは、現世のいかなる石造りの宮殿とも違う、継ぎ目のない滑らかな【白磁】で建てられた神殿だった。壁の至る所から、魔法の灯火とも違う冷徹な光が発せられ、周囲の闇を完全に排除している。キィールは背中にびっしょりと冷や汗を流しながらも、サジィールから叩き込まれた覇王のハッタリを総動員して、毅然とした足取りで白磁の自動扉をくぐり抜けた。サジィールが静かに剣の柄に手をかけ、アースの大覚醒を遂げたゾイルが、肉体から大気をネジ曲げるほどの波動をまとって王の斜め後ろを正確にマークする。もちろん、キィールが偽物の王子であることなど、サジィール以外の誰も、この時点では微塵も疑ってなどいない。完全なる絶対の秘密であった。金属の球体に先導され、白磁の回廊を一歩ずつ奥へと進む。足音が不気味に響くほど静まり返った内部は、現人類には見たこともない奇怪な金属の箱や、壁に埋め込まれた光る板が規則的に明滅する、異質な神聖さに満ちていた。空気が冷たく、どこか無機質な匂いがする。やがて球体が静止したのは、広大な最深部の広間だった。その神聖な広間の中心に、その男はいた。

いくつかの半透明なくだに肉体を繋がれ、白磁の椅子に深く横たわっている男。彼こそが、歴史の裏で数々の大逆転劇を巻き起こしてきたとされる、あの正体不明の【謎の軍師】その人であった。そして、【その軍師のすぐ後ろには、国中から『巫女様』として深く敬われている黒髪の少女――リンが、静かに影のように控えていた】。四人は、そのあまりにも厳かで浮世離れした二人の存在感に、最初から圧倒されるしかなかった。男は、私たちが現れたのを見ると、静かに自らの名を名乗った。


「……よくぞここまでたどり着いた。私はアトン。この白磁の施設で、世界の歴史を監視してきた者だ」


その名を聞いた瞬間、サジィールとゾイルの身体が微かに強張った。「アトン」といえば、500年前に初代イオン様と共に天から降臨したとされる伝説の『神』の御名。だが、目の前にいる軍師は、確かに自分たちと同じ姿をして言葉を話している。四人は、この偉大な軍師が神聖なる神の名を襲名しているか、あるいはその意志を継ぐ特別な一族なのだと、自らの常識の範囲で激しく納得した。無論、キィールが偽物だなどとは、この軍師も含めて誰も微塵も疑ってなどいない。カイル王は一歩前に出ると、上等な法衣を正し、一国の主としてこれ以上ないほど洗練された上品な礼をして、白磁の椅子に横たわる軍師アトンを見据えた。


「――お初にお目にかかります、アトン殿。私はディラーの王、カイル=デモール。政治の汚い生臭い歴史を乗り越え、貴方様の知恵を拝借しに参りました。そしてこちらにいらっしゃるお方こそが、正統なるイオン帝国の第一王子、イオン17世様でございます」


カール王は何時もの演技のガサツな言葉でなく高貴な挨拶をしたが終わるとキィールは頭を下げた。

軍師アトンは深く、重々しい瞳をキィールたちへと向けた。


「イオン帝国の正統なる後継者、イオン17世よ。お前たちが数日後の大決戦に向けて、私の知恵を求めてここまで来たことは分かっている。だが、見ての通り、私はこの白磁の維持装置から離れては生きられん。この最果ての地から動くことは不可能なのだ」


キィールが第一王子としての威厳を保ち、真っ直ぐにアトンを見据える中、軍師は、じっと直立している全軍総司令官ゾイルの顔を見つめ、長椅子から立ち上がったカール王へと視線を移した。

アトンは、彼ら現人類にもはっきりと理解できるよう、惑星の過酷な放射線の危機を「天の洗礼」「目に見えぬ呪い」という言葉に変えて、優しく噛み砕いて語りかけた。


「代わりに、旅立つお前たちに、一つだけ重大な『天の警告』を授けておこう。カイル王よ……お前がかつて深く愛し、僅か五年で儚く逝ったというシャノン王妃。国中の者は病で亡くなったと信じているようだが、その真実を教えよう。彼女の命を奪ったのは病などではない。中原の清らかな血を引く彼女の身体が、この最果ての地に満ちている、目に見えぬ天の洗礼……すなわち『呪い』に耐えられなかったためだ」


「な、何だと……っ!?」


上品な笑みを浮かべていたカール王の顔から、一瞬で血の気が引いた。45歳の大物の王が、亡き妻の死の本当の理由を突きつけられて、初めて愕然と狼狽えた。


「そして騎士ゾイルよ。お前が昨晩、一生ものの無垢な純愛によって【アース】の大覚醒を遂げ、その身に宿した最上級の乙女ミシアもまた、あのシャノン王妃と全く同じ中原の血を引く乙女だ。……もし、あの娘をこれ以上ディラーの地に残し、西への遠征に連れて行かねば、彼女は遠からずシャノン王妃と全く同じ陰惨な運命を辿り、目に見えぬ呪いに蝕まれて早死にすることになる」


ゾイルの肉体から立ち上るアースの波動が、激しい衝撃とともに大きく揺らいだ。すでに昨晩、ミシアとの打算なき無垢な純愛によってアースの『鍵を開けること』には100%完全に成功している。そのため、この先もし万が一ミシアが死ぬようなことがあってもアースの力が消滅してパーになることはないのだが、アトンは、ゾイルにとっての命の恩人であり最愛のミシアを、これ以上この放射線の呪いで早死にさせぬよう、西へ連れて行って命を救ってやりなさいと、本物の親心から忠告したのだ。  


「あの乙女をこの地から遠ざけ、西へと連れて行くことこそが、彼女の命を救う唯一の道だ。……私は動けん。だが、私の代わりに、後ろに控えている私の娘――リンを、お前たちの新たな軍師として遣わそう。彼女は私の知識のすべてを受け継いでいる」


アトンが静かに手で指し示すと、後ろに控えていた巫女リンは、その神秘的な青い瞳を真っ直ぐに私たちへと向け、厳かに一礼した。その瞬間、カール王の顔が、激しい衝撃に大きく見開かれた。


「――つ、妻の死の真実ばかりか……。ま、まさか、貴方様は…あの時の『予言者様』でいらっしゃるのか……っ!?」


カイル王の高貴な声が、初めて畏怖のあまり激しく上ずった。ディラーにこの20年、カイル王自身の前にも現れ、国の危機の際に現れ、進むべき道を指し示してくれた奇跡の予言者が、今、目の前にいる少女リンだったのだ。サジィールは、あのディラーの絶対的な統治者であるカイル王にそこまで言わしめるリンの底知れないカリスマ性に、強烈な戦慄を覚えていた。しかし、それほどの本物の予言者様が、自分たちの軍師として同行してくれる。時間がない極限の西への遠征において、これほど心強い存在はなかった。リンはカイル王の驚愕を全て分かっているかのように、ただ静かに一礼し、透き通るような声で告げた。


「カイル王様、お久しぶりでございます。此度は、イオン17世様をお助けし、この星に本当の秩序を取り戻すために参りました。天の計算は、すでに始まっています」


軍師アトンから告げられた、亡きシャノン王妃の死の真実、ミシアの命を救うための遠征同行指示、そして国を何度も救ってきた伝説の予言者様・リンの軍師参戦。キィールは第一王子の仮面を完璧に被り通したまま、この重すぎる宿命をすべてその両肩に受け止めた。四人は新たな軍師リンを伴い、緊迫する決戦の地デモール城へと引き返すために、再び動き出すのだった。

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