ゾイルの過去
王の重々しい視線の意味にいち早く気付いたゾイルは、深い覚悟を決めたように一歩前に出た。
「第一王子イオン17世様。サジィール殿が今仰られた『謎の軍師』の居場所についてであれば、この私からお話しいたしましょう」
ゾイルは背筋を真っ直ぐに伸ばし、庶民出身であることを微塵も感じさせない、洗練された最上級の騎士の礼節をもってキィールに頭を下げた。その凛とした佇まいと低く落ち着いた声に、キィールは思わず息を呑み、座り直した。
「ゾイル……、貴方がその軍師の居場所を知っているのですか?」
「ハッ。今から三年前、私がこのディモラードの地に足を踏み入れた理由こそが、まさにその軍師の捜索にありました。……当時、私は中原のさる高貴な貴族(王族)の方に剣を捧げ、その側近として仕えておりました。私の元主人は、迫り来る戦乱の世を勝ち抜くため、歴史の裏で数々の大逆転劇を巻き起こしてきたという伝説の『謎の軍師』の知恵を、何としても欲しておいでだったのです」
ゾイルは静かに目を閉じ、三年前の記憶の糸を紐解くように言葉を紡ぐ。
「主人は莫大な金銀を使い、あらゆる商人のギルドから情報を集めさせました。そしてついに、その謎の軍師がこの最果ての国――ディラーのさらに東の最果てにある、深い山の中に潜んでいるという確たる情報を掴んだのです。主人は歓喜し、私を含めた直属の兵、総勢百人程度の一団を率いて、その禁忌の山へと分け入りました。サジィール殿が今この国へ来られたのと、全く同じ目的のために」
ゾイルの視線が部屋の隅に立つサジィールへと向けられる。サジィールは冷徹な眼光を崩さぬまま、無言でその言葉の重みを受け止めていた。
「ですが、神々の遺産が眠るとも知らぬその山は、我々にとってあまりにも残酷な地獄でした。軍師の居場所である奥地へ迫ろうとしたその時、我々の前に現れたのは、現世の生き物とは思えぬほど獰猛で巨大な、猿のような魔物の大群だったのです……!」
「忘れもしません!あの赤い目の輝き!」
ゾイルの拳が、一瞬だけ騎士の誇りとともに強く握り締められた。
「凄惨な戦いでした。百人の精鋭たちが、その圧倒的な暴力の前に次々と肉を裂かれ、命を落としていった。……私の元主人も、その魔物の爪牙にかかり、私の目の前で息絶えました。マスターナイトのシールの力を持つ私でさえ、主人の命を守り切ることはおろか、己の身を守るだけで限界だった。結果、百人いた調査団は私一人を残して全員が皆殺しにされ、全滅したのです」
「全員、全滅……っ」
キィールは書類を掴んだまま、あまりの生々しい恐怖に喉を鳴らした。15歳の少年であるキィールにとって、百人の軍勢が一瞬で消え去るその山の恐ろしさは、想像を絶するものだった。
「私自身も全身に深い傷を負い、主人を失った絶望のまま、その魔物の巣窟で瀕死の状態で横たわっておりました。もはやこれまで、と天を仰いだその時……血を流して倒れていた私を救い出し、あらゆる名医を呼んで治療してくださったのが、そこにいらっしゃる我が主、カール王様だったのです」
ゾイルが深く頭を下げると、長椅子に横たわっていたカール王は
「昔の話です」
と微笑んだ。だが、その瞳の奥には、かつてゾイルを救い、必死でゾイルを家臣にしようとした過去の思いが宿っていた。
「ですから、王子様。私はその身を以て、謎の軍師が潜む『東の最果ての山の入り口』を知っております。あそこは一歩間違えれば百人の手ダレが一瞬で消え去る地獄。もしあの軍師を陣営に迎えるというのであれば、この私が道案内を務めましょう」最上級の騎士としての誇りと、カール王への絶対の忠誠を胸に、ゾイルは確固たる意思を込めてキィールを見据えた。




