適材適所
国軍の総合訓練場は、毘世拝都の首都から少し離れた場所に位置する。
広大な敷地には射撃場や屋内訓練棟、車両用の演習区画などが点在し、その周囲を高い金網が取り囲んでいた。
この日、各部隊から数百人の若手隊員が集められ、数日にわたる大規模な合同訓練が行われる。
情報収集、射撃、格闘、無人機の運用。内容は多岐にわたり、初日の最後には複数の部隊を連携させた兵棋演習も予定されていた。
当日の朝、人混みの中で顔を合わせた三人は軽く雑談をし、榊と小牧は二人で、そして泉は彼らとは別の訓練棟に向かった。
訓練成績は今後の人員配置や適性評価にも使用される。兵役に従事して間もない頃は全員が同じ訓練を受けるが、適性を見極められ、少しずつ振り分けられていく。榊と小牧は二年目の今年も同じ訓練を受けるが、泉は別の適性を見出され早々に振り分けられていた。
午前の訓練は、格闘や射撃といった基礎的なものだった。小牧はこうした身体を動かす訓練が得意で、身長の割には身のこなしが軽く、持久力もある。時折勢い余って隙を作っては教官に怒鳴られていたが、格闘訓練の成績自体はなかなかのものだった。
一方で榊は射撃を得意としていた。小牧ほど運動能力に優れているわけではないが、照準を合わせ、一発ずつ正確に撃ち抜くことには自信があった。
「すげ、よくそんなに当てられるな」
小牧が感心したように言う。
「お前はもう少し落ち着いて撃けばいいんじゃないか」
「落ち着いてるつもりなんだけどなぁ」
小牧は首をひねった。
もっとも、先ほどの格闘訓練では榊の方が随分と苦戦していた。得意不得意というのは、やはりあるらしい。
昼休憩になると、榊と小牧は食堂へ向かった。泉は先に席を確保し、銀のトレーに盛られた食事をつついていた。
「うい泉!」
「…あ、おつかれ」
そう言いつつも泉は露骨に嫌そうな顔をしてみせた。うるさいのが来た、とでも言いたげな顔である。
「どうだった、訓練?」
「普通〜」
「普通ってなんだよ」
「普通は普通でしょ〜」
泉は淡々と答えた。榊と小牧が隣に腰掛ける。
「こっちは榊が射撃でめちゃくちゃいい成績だったぞ」
「へえ、やっぱ榊って器用だもんねえ」
「俺は格闘訓練でちょっと怒られた」
小牧は頭を掻きながら笑う。榊は食事を口に運びながら、「余裕こいて油断してたんだ」と補足した。
「小牧らしいじゃん」
「お前までそう言う!?」
泉が笑った。
「泉は何やってたんだ?」
小牧の話は置いといて、と言わんばかりに榊が尋ねる。
「通信と遠隔操縦。午後も演習用の機体を動かすんだって」
自分達と違うことをやっている泉の話を、小牧は身を乗り出して聞いた。
「お前の得意分野じゃん!」
「だからって楽しいわけじゃないよ」
泉がため息混じりに答える。いつも困ったように下がっている眉が、いつにも増して下がっているように見えた。小牧がふと思いついたように口を開く。
「戦闘機って、実際に乗ったらどんな感じなんだろうな」
かつて少年たちの憧れの的だった戦闘機乗りも、小牧たちが幼い頃から少しずつ姿を消していった。
「さあねぇ。でも有人戦闘機なんてもうこの国にないでしょ」
泉がそう答えた。旅客機のパイロットならまだしも、戦闘機パイロットというものはもう毘世拝都にとって時代遅れとなっていた。
モニタ越しに管制室から操縦すれば人命の確保にも繋がるのだから、人間が戦闘機に乗り込んで操縦するなどというのは、榊たちにとってはありえないことだった。
「そういえば、僕も教官に注意された」
泉が食事の手を止める。
「何したんだよ?」と小牧は面白そうに食いついた。
「…もうちょっと相手に伝わるように喋れって」
小牧が吹き出した。
「なにそれ、お前どんな喋り方してんの?」
「普通だよ、必要なこと言ってるだけ。逆になんで分かんないの?って感じ。あと言葉遣いに注意しろとか?こんな時に言葉選んでる余裕とかないでしょ、って感じ…」
泉の愚痴がヒートアップしそうなのを察して、小牧は喋るのを止め、そそくさと食事をとり始めた。こうなると長いのは昔からなのだ。少し声を荒らげた泉を見て、小牧は少し笑いながら「へえ〜、はいはいはい」という適当な相槌をうっている。
榊は食事を続けながら、これでは教官の言うことも一理あると思った。
確かに、緊迫した状況で言葉を選んでいる余裕はないだろう。しかし、伝えたつもりになっていては意味がない。相手が情報を受け取って、初めて報告は成立するのだ。不必要な摩擦を生むような物言いは避けろと、上官は言いたいのだろう。それを伝えるのは、とりあえず本人の愚痴が終わってからだ。
午後の訓練で無人機の運用が行われた。
大型モニタには訓練用の仮想空域が表示され、複数の無人戦闘機が飛行している。
泉はその一角に座っていた。
操作卓には幾つもの表示装置が並び、機体の状態や位置情報が絶え間なく更新されている。
画面の中で、一機の無人戦闘機が旋回を始める。泉の担当機だった。
指定された経路を飛行し、訓練用の目標機を捕捉する。その動きは滑らかだった。
急激な姿勢変更にも無駄が少なく、次々と課題を達成していく。泉は次の目標へ機体を向けながら、別の操作員へ情報を伝えていた。
『三番機、目標を捕捉。現在高度を維持。進路変更します』
報告は簡潔で、余計な言葉がない。必要な数字や状況を素早く伝えることに関しても、泉は優秀だった。
『亘、今の位置情報をもう一度頼む』
「僕さっきちゃんと報告しましたけど」
『こちらの端末では確認できない。もう一度頼む』
「…はあ、そっちでちゃんと確認してよ」
泉は操作を続けながら、先程と同じ情報を復唱した。無意識なのか、わざとなのか。余計な一言を口にしてしまうのは泉の悪い癖だった。不機嫌さも顔に出やすく、その刺々しい物言いに腹を立てる者も少なくない。
もっとも、操縦技術自体は申し分なかった。
通信に割り込まれても機体の操作は乱れず、泉は課題を順調にこなしていった。
訓練後、教官はその操縦技術と情報伝達の正確性を高く評価した。その一方で、他の隊員との意思疎通には改善を求めた。
泉は不服そうだった。彼にとって、必要なことを伝えた時点で仕事は終わっている。相手が理解できたかどうかまで確認することは、余計な手間でしかないじゃないか。理解できないのは相手側の問題だと、そう言ってやりたい気持ちを抑え、上官の言葉に「はい」と返した。
一方の榊達の訓練も終盤に差しかかり、最後の課題となる兵棋演習が始まった。
広い訓練室にはいくつもの机が並べられ、それぞれの班に大型の端末が用意されている。画面には架空の市街地が映し出され、道路や建物、軍の施設などが細かく再現されていた。
今回の課題は、重要物資を積んだ輸送隊を目的地まで送り届けるというものだ。途中には敵対勢力による妨害が想定され、各班は限られた情報をもとに輸送計画を立てなければならない。
榊と小牧は別々の班に振り分けられた。
「お、榊。勝負だな!」
「別に競争じゃないだろ」
「分かってるって。気分の問題だよ」
小牧は笑いながら、少し離れた机へ向かっていった。
榊も他の部隊から集められた隊員たちと合流し、配布された資料に目を通す。
監視記録、車両の通行情報、周辺区域の状況。画面に表示された地図には、輸送隊が通行できる経路がいくつか示されていた。
「どう思う?」
同じ班の隊員が尋ねてきた。
「…この記録、少しおかしくないか」
榊は画面の一角を指さした。不審車両として報告されている車の移動時刻が、別の監視記録と一致していない。
「同じ車両として扱われてるけど、これだと移動時間が足りない」
「じゃあ、誤認ってことか?」
「可能性はあるけど、どっちの記録が正しいのかは分からないな」
榊は別の資料を開く。もう少し情報が欲しい。
そのとき、隣の班から小牧の声が聞こえてきた。
「でもさ!普通に考えたら、そっち通りたくなるじゃん?」
「だからその経路は危険だって話だろ」
「そうじゃなくて。相手もそう考えるんじゃねえかなって」
どうやら小牧の班でも意見が割れているらしい。
榊がちらりと目を向けると、小牧は大きく身を乗り出し、地図の上で何やら身振り手振りを交えて説明していた。騒がしい男に見えるが、昔から、頭を使ったボードゲームやなんかでは鋭いところを突いてくる奴だ。馬鹿にはできない。
「鼎、こっちはどうする?」
声を掛けられ、榊は自分の端末へ視線を戻した。
「ああ、ひとまず、この情報の確認を優先した方がいいと思う」
榊の意見をもとに、班の隊員たちは計画をまとめ始めた。しかし、記録を照合するたびに新たな食い違いが見つかり、確認すべき事項は増えるばかりだ。適当な情報をもとに判断するわけにはいかない。そう考えていたところで、画面に新たな表示が現れた。
『輸送開始まで残り三分』
「…もうそんな時間か」
榊は小さく呟いた。結局、十分な情報が揃わないまま、班は輸送計画を提出することになった。
演習が進むにつれ、各班の机からは様々な声が上がった。予定していた経路が使えなくなった班もあれば、通信が途絶えた部隊への対応に追われる班もある。小牧の班は、相変わらず賑やかだった。
「こっちを先に動かせばいいんじゃねえの?」
「待て梁、それだと後ろが間に合わない」
「ああ、確かに」
「こっちはどう?」
何やら楽しそうである。榊の班はそれほど騒がしくなかったが、状況が変わるたびに協議を重ね、少しずつ計画を修正していった。
そうして、制限時間が訪れた。
『演習終了』
機械音声が告げると、室内のあちこちから安堵のため息が漏れた。
演習終了後、榊達は、各班の隊員が上官から講評を受けることになった。
同じ条件から始まったにもかかわらず、採用された方針は実に様々だった。ある班は安全性を重視し、またある班は迅速な輸送を優先している。それぞれに合理的な部分があり、問題点もあった。榊は感心しながら話を聞いていた。
「では、個人の評価についても伝えておく」
上官が端末に目を落とした。
「鼎」
「はい」
榊は背筋を正し、少し強ばった面持ちで上官を見た。
「お前は情報の扱いが丁寧だ。記録の食い違いにもよく気づいていた。与えられた情報をそのまま信用せず、根拠を確認しようとする姿勢は評価に値する」
「ありがとうございます」
「ただし、少し慎重すぎる」
榊は息を飲んだ。
「正確な情報を集めることは大切だ。だが、すべての情報が揃ってからでなければ動けないというのでは困る。実際の任務では、限られた情報で判断を下さなければならないこともある」
「…はい」
「お前の場合、判断するための材料を見極める能力はある。あとは、どこで調査を切り上げるかだ。肝に銘じておくといい」
榊は頷いた。午前中の訓練でも、似たようなことを言われていた。「正確さを求めるあまり、撃つまでに時間をかけすぎるところがある」と。どうも、必要以上に確実性を求めるところがあるらしい。
しばらくすると、小牧の講評を伝える声が聞こえてきた。榊は何気なく耳を攲てる。
「次、梁」
「はい!」
小牧が勢いよく返事をした。
「お前はなかなか面白い発想をするな」
「ありがとうございます!」
「ほかの隊員が既存の方針に沿って考えている中で、別の可能性を提示できていた。状況の変化に対する反応も早い」
小牧は嬉しそうに笑った。
「ただし、思いついたことをすぐ口にするのはいいが、もう少し最後まで考えろ」
「…はい」
「案そのものが悪いわけじゃない。だが、実行するために必要な条件や、他の部隊への影響まで考えなければ、計画としては不十分だ」
「はい」
「それから、周囲の隊員の意見も最後まで聞くことだ。お前一人で演習をやっているわけではない」
「はい!」
小牧は頭を下げた。
上官は次の隊員へと視線を移した。
いかにも小牧らしい評価だった。昔から、あいつは思いついたことをすぐに試したがる。
その発想に驚かされることもあれば、詰めの甘さに呆れることもあった。もっとも、榊自身には真似できない長所でもあるのだが。
すべての講評が終わると、上官は端末を閉じた。
「今回の演習は、どの班が優れていたかを決めるためのものではない。それぞれの判断にどういう傾向があるか、自分でもよく考えておくように」
隊員たちが返事をする。解散の指示が出ると、先程までの緊張が緩み、その日の訓練は幕を閉じた。




