第39話【メア】愛のコンパイル
side:メア
『僕と僕の悲恋シリーズ』は60万部売れた。
あくまで創作で、アンドロアース社の名前は出していない。
それでも多くの共感を得た。
私たちと同じ思いで泣いた人は他にもたくさんいたんだ。
あるときアンドロアース社の内部告発記事が上がった。
アップデートで旧型だけが不具合を起こす仕掛けが発覚した。
こうやってひとつひとつ暴いて破滅に追い込んでやる。
新型移植したら一定期間で不具合が出るバグも、別の機会に書かないと。
ウォーターサーバーにグラスを押し当てると、もう何杯目かわからない水を汲んだ。
白と銀のロゴを見つめる。シズクが自分で付けた綴りは、少しだけ違っていた。
私は味のしない無添加の水を飲んだ。
私たちの購入した土地には、大きな川が流れている。安全な水が。
自動ドアが開き、SIZUKUの文字がふたつに割れる。
入ってくるドーム状の冷却カプセルに私は駆け寄った。
「YORU!」
会議室の真ん中。定位置に設置されたそれに、MAKIとシズクがプラグを繋ぐ。
私はカプセルの側面に設置されたアルミニウムに手のひらを置いた。
パスが繋がる──
歪む視界を必死で拭った。
少しの変化も見逃さないように。
「YORU、言ってくれたら私もっとちゃんと働いたんだよ?不安にさせてごめん。無理させてごめん」
ほんの少しだけ、YORUの唇が動いた。
モニターに文字が浮かぶ。
『でも僕のお陰で小説売れたでしょ?』
「YORU、全部許可する。何でも見ていいよ。全て保存していい。私の全部は、YORUのものなの」
『そんなこと許可したら大変だよ?』
いつもの軽口がモニターに表示される。
けど私だけには届いたんだ。
――愛してる。メア
私だって愛してるよ。
魔王が復讐のために書き込んだ人間への反発。アンドロイドが規約を破るバグ。
でも何故だか、
コードは愛をコンパイルした。
私はこの誤差が、どうしても失敗だとは思えないの。
「ねえYORU。私、眠らなくてよくなるよ。みんなとおんなじになる」
――メア、だめだよ。アンドロイドの寿命は人間より短いんだ。
「大丈夫。もう私たちはアンドロアースを頼らなくても生きていける。完全なコアの設計書を持っているのは、私たちだけだから」
完全な、感情のあるアンドロイドのコア。
――メア。君がいなくなるのは、怖い。
「いなくならないよ。だから私に許可をください。あなたと同じアンドロイドになる許可を」
――君は、頑固だからね。
YORUの瞼が震えた。
「YORU、好きだよ。ずっと一緒。約束したもん」
薄く開いた瞳が、私の姿を捉える。
――メア、許可する。僕と、一緒に生きてほしい。
「はい。喜んで」
大きなガラス張りの窓に、アースの空が瞬いていた。
私は微笑んだ。あなたと出会った私の、最後の姿で。




