第38話【陽介】純粋
side:陽介
僕はウォーターサーバーから水を汲んでいる部下に声をかけた。
「昼飯行ってくる」
インカムを外して引き出しに仕舞う。
部下は飲み干したグラスを置いて振り返る。
「あっ。主任、インカム付けてってくださいよ。連絡付かないと困ります」
「あの店、アンドロイドお断りなんだ。付けてくわけにいかないよ」
「一般販売されてないのにバレませんよ。ほんと困るんです。連絡つかないと」
「わかったよ」
インカムを装着し、カメラをオフ。パス接続設定『許可しない』を選択した。
こうしないと、警告音がピーピー鬱陶しい。
僕は『純粋』と書いたのれんをくぐった。
カウンターに座ると、目の前に置かれたのはグラスと古代の浄水器。
「大将、焼肉ランチ。肉はそっちで焼いて」
「あいよ」
焼肉の煙が充満するその店の天井付近の、旧式のスピーカーから音声が流れていた。
『アクアロードの添加物問題について、カリスマレビュアーお花ミルクさんにコメントをお伺いしました』
『アクアロード社から、コメントを消さない契約で、毎月水が送られてくるって友達からおすそ分けもらったんです。でもそれを飲み続けたら味覚が鈍る気がして、私、メディカルアンドロイドに解析させようとしたら頑なに拒否するんですよ』
結衣が家に帰ってこなくなって4年。僕の通帳に彼女の給料だけが振り込まれるようになっていた。彼女の簡易端末は解約されていた。
「はあ」
ため息が漏れる。
水を飲もうとグラスに手をかけたとき、入口のドアから生温い風が吹いた。
入ってきたのは、長い髪をゆるく編んだ、背の低い女。
「大将さん。取りにきたよ」
そう言って入ってきた彼女は、僕の隣の席に座りインカムを指さした。
「ねえ。エンジニアさん。それ、禁止」
「え……な、なんで僕のこと」
「これを付けたら、ここに出入りしても怒られなくなるよ」
彼女の手のひらには、マイクロチップ。
「今だけ無料」
彼女はそれを僕に押し付けて大将が持ってきたビニール袋を受け取ると、紙幣を手渡し席を立った。
「あ、あんたは」
「メア」
彼女はそれだけ言って、店を出た。




