第37話【結衣】調整される舌
side:結衣
アクアロード社の味覚研究室。
金本さんは見慣れないインカムを付けていた。
「大事な通達がある」
彼は大きな段ボールから出した紙を全員に配った。
「紙?」
巷で出回っているマイクロチップにはウイルスが仕込まれているから、絶対に簡易端末に入れないようにと書かれていた。内容については一切触れられてはいない。
金本さんは信じられないことを言った。
「今日からマイクロチップの使用は禁止。一切の情報は手書きで管理する」
「な。そんな無茶な。不可能です」
「簡易端末が破壊されるんだ」
アンドロアースが攻撃に遭ったらしい。
そもそもそんなマイクロチップが流行っているなんて初耳だ。
「金本さん。問題のマイクロチップのタイトルや内容があれば避けられるのでは?!」
金本さんのインカムが赤く光り、小さく雑音が聞えた気がした。
「……タイトルは『僕と僕の悲恋シリーズ1~だから僕は水を飲んだ~』。内容は知らされていない。検索結果にアンドロアースに対する誹謗中傷が表示され、解析結果に誤情報が表示される」
「誤情報?文字化けとかですか?」
また金本さんのインカムが光る。
「実際に見たことがないんだ。最初の端末は壊れ、それを解析した他の端末も壊れたらしい。内容は見ることができない」
私はインカムと、赤いランプに既視感を覚えた。
「金本さん、そのインカム……」
「他の部署も回らないといけない。あとはよろしく頼むよ」
彼と入れ替わりに入ってきた研究員はやはりインカムをしていた。
手にはペットボトルと紙。
「結衣さん、これ。新しく調整した水。これが成分表」
主成分はアクアの所有する川の天然水。限界まで下げたミネラル値が書かれている。
「ええ。分かりました」
私はとりあえず水を飲んだ。
かなり調整が上手くいっている。妙な苦味はほとんど感じない。
私は渡された書類に旧式ペンでサインすると、一緒に入っていたハンコを手動で押す。
研究員はそれを受け取ると微笑んで出て行った。
インカムは光っていなかった。
私は首を傾げ、彼の背中を見送る。
「なんだっけ。……ま、いいか」




