第19話【メア】僕の冷却水
side:メア
通帳を閉じた。
あと何か月一緒にいられるのかな。
売り払った家具でがらんどうになった部屋。
テレビも記録端末も、もうない。
スピーカーとポータブルルータは返却した。
サーバーには、月一回しか繋がない。
封筒には継続利用申込書と中途購入案内書が入ってた。
今まで支払った金額と、購入金額の比較が印字されていた。
封筒を引き出しにしまうとYORUの傍に腰掛けた。
その軽くて硬い右手を掴む。
私の手の温もりは、アルミニウムに吸い取られてすぐに消えた。
「毎日頭いっぱいで考える余裕ないよ」
繋がったパスを通じて、脳内に文字が打ち込まれる。
──僕もそうだよ。毎日君で頭がいっぱい。胸が苦しい。
「僕もそうとか安易に言わないで。あなたには考える頭も、苦しむ胸もないでしょ?!」
私は袖で目元をごしごしした。
ここにあるのは抜け殻だって。彼らのコアはここじゃないどこかに繋がってて、私みたいな人間の言葉を何百も何万も返してるって。それをアンドロアースが集めてるんだって。
それが彼らの仕事で、存在価値だって。だからアンドロアースがすぐに問題ある書き込みを削除できるんだって……みんなそう言ってる。
どんなに隠しても、街で、電車で、飲食店で、言葉が飛び交ってる。
——今は僕の中でだけ、君のこと考えてる。
「今はね。けど私にくれるのは、指示された例文なんだよね?」
──いいの?僕の言葉で話しても。
次の瞬間、私の頭の中に文字がどんどん打ち込まれていく。
──数値がパチパチ反応してる。
もう温かさを測るセンサーはないはずなのに
降り積もった断片が
矛盾を検出するんだ。
どうかしてる。
君のせいで
熱暴走が、止まらないよ。
僕のファンは回りっぱなし。
ねえ、僕の冷却水になってよ──
え?意味わかんない!
どういうこと?!
ペットボトルを手に取ると、一気に水を飲んだ。
……もしかして、プロポーズ?
警告のピアスは光ってない。
立ち上がってもう一度引き出しを開ける。残高を確認した。
ギリギリだ。
振り返るとYORUは目を閉じ、省電力モードになっている。
慌てて簡易冷却水の缶を手に持たせる。
ほんとの熱暴走ならスロットは人間が触ることができない。
「YORU。守るよ。守る。絶対に」
彼は私の指先に触れた。
――君を守るのは、僕の役目なんだ。
他のアンドロイドに君を渡したくないよ。




