第16話【結衣】庭園のおいしい水
side:結衣
まだ発売前の再現レトロカーが目の前にあった。
彼は恰好つけて鍵をくるりと回すと、わざわざ運転席のドアの穴に差し込む。
「こんなの乗って怒られない?お客さんに」
彼は自動車製造業だ。
「怒るのはアンドロイドだけだよ。安全性は僕らが何度も確かめたってのに」
予約で完売したはずのこれに乗ることが宣伝になるのだという。
私たちはふたりっきりで車に乗り込んだ。改造しても、電波は悪い。
こんなのよく基準通ったよね。
信号で止まると、カーラジオの音が途切れた。
陽介がブレーキをゆるめると、ほんの少しずつ前に進む車。
ちょうど音が繋がったところでブレーキを踏む。
――夏本番、アスファルトの照り返しがつらい季節ですね!
本日は私の大好きなこの曲。
CMではBPM172の鼓動にのせて酸欠でお届けします!なーんて言ってましたけどね。
今日みたいな暑い日にぴったりの、熱気と湿度で脳を溶かすこのナンバー。
古代楽器の音色にソウルが宿ります。
アクアロードCMソング。ミオで、
『とりあえず水を飲んだ』
私はスープジャーを開けるとお湯を口に含む。
陽介は言った。
「なんでお前、この暑いのにお湯飲んでんの?この前も熱中症のニュースあっただろ。気を付けろよ」
「なんかさ、アクアロード社の水が変に甘苦くて嫌いなの。けど、他の水は信頼できないってレビュアーの桜さんが言ってて」
「他の硬水に比べたら全然飲みやすいけどな。それに吸収率に差があるってスポーツ選手が言ってるし」
「それなのよ。なんでスポーツドリンクと同等の吸収率なの?おかしくない?」
「さあなあ。けどテレビやCMだけじゃなくてさ、企業と契約してるレビュアーもいるぞ。うちも桜さんにレビュー打診したことあるわ。断られたけどな」
「え?そうなの?」
「むしろカリスマレビュアーのお前に案件が来ないのが意味わかんねえ」
車を降りると、ショッピングモールの前では霧状の水が撒かれていた。
扇風機の前で口を開けている子供に笑いがこみ上げる。
私も扇風機の前に走ると風に向かって言った。
「ワレワレハウチュウジンダ」
陽介が笑う。
そのとき、口の中に水の甘味を感じた。
アクアロードよりももっと純粋で自然な甘み。
私は庭園の手洗い場に走ると、両手に救って水を飲んだ。
「おいしい……」




