第10話【シズク】鼻歌で鷲が落ちてきたんだが、これは魔法なのか
side:シズク
宵闇の森に来る。適当に薬草を採って、次は肉だ。
魔物は魔力でできていて生命維持のためのエネルギーがない。
野生動物を探すため、俺は森の歩き方データを呼び出そうとして舌打ちする。
人間は経験を反復しないとデータを忘れる。
めくれた木の皮に少し触れた。
触れると一瞬だけ光の粒が見えた。
魔力がある。
これは魔物のものだ。魔物は食べられない。
動物の足跡を探す。
俺の力ではでかい動物は持って帰れない。
厳選しないと。
木の実を見つけ布に包んでロープをかけて持つ。俺は元メディカルアンドロイドだからな。サバイバル知識も一応ある。
だが振り返って愕然とした。
帰り道がわからない。
ここではマップ検索も、航空写真も何もない。
木々に囲まれ太陽の位置はわからない。
枝は全て真上に伸びている。
苔の向きはどうだったか。
いやそもそも街のある方角はどちらだ。
確か獣避けには音を出すのだったか。
くそ、人間の脳は不便だ。
俺は昔のパートナー、人間のくせにエンジニアを目指していたあいつがよく聞いていた音楽を出力しようとした。
だが、もう俺にはスピーカーなどない。
鼻歌のやり方など知らなかった。だからなのか、俺の身体に染みついた音階は、およそ人間のものとは思えなかった。
空から、何故か鷲が落ちてきた。
「は?」
落ちてきた1メートルぐらいの鷲は、胸に風穴があいていた。
「人間さん。珍しい魔法を使うのね」
木陰から、アンドロイドより美形な女が顔を出す。いや、好みとかではない。
左右対称でパーツの配置、大きさの比率が、計算されたように完璧なのだ。
その女の背中で……緑の羽根が揺れていた。
「この力は、魔法なのか……」
俺は咄嗟に口を手で押さえた。敵対存在の可能性は現時点では未確定。
あり得ない失態だ。
俺は女との距離を測り直す。
「もしかして渡り人?ならちょうどいいわ。私は世界の記憶を持ってる。その音だって、もっと遠くまで飛ばせる。契約しない?」
彼女は風の精なのだという。だが詐欺である可能性も否定できない。
「この世界での雇用形態がわからない。一度街に帰って知人に確認したいのだが」
「渡り人って、だいたい同じ反応するのね。私は世界の記憶を蓄積したいだけなの。ねえ、私に名前を付けてよ」
「何言ってるのかちょっと意味がわからない」
おそらく彼女は、不思議ちゃんというやつなのだろう。
「いいから。名前。ないと不便でしょ?あだ名でもいいわ」
「じゃあ……リファ」
ついあいつの名前を口に出していた。
「よろしくね」
俺はリファが差し出した右手を取った。
その瞬間、風が巻き上がり、まるで、パスが繋がったあのときのような感覚がした。
「しまった。騙された」
魔力契約は、クーリングオフができない。
俺はとりあえず水を飲んだ。




