第一話『糸を結ぶ』前編
廃墟の中には、まだ人が暮らしていた痕跡が残っていた。
壁際に転がった、脚の折れた椅子。
埃を被ったスチール棚。
床には細かなガラス片が散らばり、ところどころに黒ずんだ染みがこびりついている。
何のために使われていた建物なのか。
今となっては、それすら分からない。
窓ガラスのほとんどは割れていた。剥き出しになった窓枠から、夜の冷たい風が吹き込んでくる。
風が通るたび、どこかで薄い鉄板が揺れた。
カン……。
少し遅れて、また。
……カン。
静かだった。
いや。
静かすぎる、と言った方が近い。
遠くでは時折、何かが崩れるような鈍い音がした。
もっと離れた場所からは、サイレンらしき音も聞こえている。
だが、それも途中で途切れたまま、再び鳴ることはなかった。
ほんの少し前まで。
この辺りにも、人がいたはずだった。
車が走り。
家に明かりが灯り。
誰かが仕事を終えて帰り。
誰かが明日の予定を考えていた。
それが今では、ほとんど何も聞こえない。
そんな場所を一通り見回したあと、陽菜は何の感慨も見せずに言った。
「しばらく、ここを仮拠点とするわ」
決定事項を読み上げるような口調だった。
月島は壁際に腰を下ろしたまま、ゆっくりと顔を上げる。
「まだ手を組むなんて言ってないぞ」
低い声。
敵意を剥き出しにしているわけではない。
だが、警戒はまるで解いていなかった。
陽菜もそれは分かっているらしい。
「あら、そう」
薄暗い室内で、手元の端末だけが彼女の顔を青白く照らしていた。
陽菜は画面から視線を上げる。
「じゃあ、今のあなたひとりでお姫様を守れるのかしら」
月島の眉が、わずかに寄った。
「……」
「また暴走個体がその子を襲ってきたら?」
陽菜は淡々と続ける。
責めるような声音ではない。
だからこそ、余計に腹が立つ。
「今度も守れるの?」
「……」
「それとも、二人で逃げ切れる?」
返事はなかった。
月島の腕の中で、小さな身体が僅かに動く。
反射的に、腕へ力を入れた。
眠りかけているみぎわを起こさない程度に。
それでも、そこにいることを確かめるように。
陽菜の視線が一瞬だけ、その仕草へ落ちる。
すぐに端末へ戻った。
「答えられないなら、今は意地を張るところじゃないわ」
「……分かってる」
吐き捨てるように言ってから、月島は視線を逸らした。
分かっている。
それが、一番厄介だった。
自分ひとりならどうとでもなる。
逃げるだけなら、選択肢はいくらでもある。
だが、今は違う。
胸元へ視線を落とす。
みぎわがいる。
自分よりずっと小さく。
自分よりずっと脆く。
それでいて、ここまで何度も無茶をさせてきた。
あれだけの力を持っていても。
まだ子どもだ。
戦わせ続ければいいわけじゃない。
その程度のことは、月島にも分かる。
「……今晩、じっくり考えるといいわ」
陽菜が軽く息を吐いた。
「返事は明日で構わない。どうせ今のあなたに、まともな判断力が残っているとも思えないもの」
「…一言多いんだよ」
「そう?」
悪びれた様子もない。
月島は舌打ちしたい衝動を堪えて、短く息を吐いた。
「……分かった」
それだけ答える。
陽菜は満足したのかどうかも分からない。
特に反応を返すことなく、再び端末へ指を走らせ始めた。
細い指が画面上を忙しなく滑っていく。
何かの地図。
数字。
文字列。
一瞬だけ表示されては、次々と別の画面へ切り替わっていく。
休むという選択肢そのものが頭にないようだった。
少し離れた場所では、緇が割れた窓の傍に立っていた。
六本の腕。
そのうち二本を胸元で組み、別の二本は壁際へ軽く添え、残った腕はいつでも動かせるよう自然に下ろしている。
奇妙な立ち姿なのに、不思議と隙がない。
外。
建物の奥。
陽菜。
そして────月島とみぎわ。
視線が一定の間隔で、それぞれをなぞっている。
見張られている。
月島には、そう感じられた。
おそらく間違ってはいない。
こちらだって向こうを信用していない。
なら、向こうがこちらを信用していなくても当然だった。
誰も喋らない。
陽菜が端末を操作する微かな音。
夜風。
遠くで何かが転がった音。
そして、みぎわの小さな寝息。
それだけが、妙にはっきりと聞こえていた。
味方。
そう呼ぶには、まだ早い。
かといって敵でもない。
ついさっきまで互いの腹を探り合い、場合によっては殺し合っていてもおかしくなかった者たちが、今は同じ屋根の下にいる。
なんとも言えない空気だった。
月島は壁へ背中を預け直す。
身体中が重い。
気を抜けば、このまま自分まで眠ってしまいそうだった。
だが。
胸の中の温もりが少し動くたび、意識が引き戻される。
みぎわの頭が、月島の胸元へさらに沈んだ。
小さな身体には、車の中で見つけた薄いブランケットが巻かれている。
上等なものではない。
生地は薄く、端の方は少し毛羽立っている。
夜の冷気を完全に遮れるような代物でもなかった。
それでも何もないよりはましだった。
月島は、ずり落ちかけていたブランケットの端を指先で掴む。
みぎわを起こさないよう、そっと肩口まで引き上げた。
布の隙間から、乱れた髪が覗いている。
閉じかけた瞼。
呼吸も、普段より深い。
さっきまで起きていたこと自体がおかしいくらいだった。
月島は、その顔を見下ろす。
――無茶させすぎた。
そう思った途端、胸の奥に重たいものが落ちた。
走らせた。
戦わせた。
水を使わせた。
自分の指示で、何度も限界に近いところまで力を使わせた。
必要だった。
そうしなければ二人ともここにはいない。
頭では分かっている。
けれど。
それで全部を納得できるほど、月島は器用ではなかった。
みぎわの瞼が、ゆっくりと持ち上がる。
完全に開くわけではない。
眠気に負けかけながら、それでも確認するように月島を見た。
「……ぱぱ」
「ん?」
小さな声だった。
「このひとたち……わるいひと?」
月島はすぐには答えなかった。
端末を操作している陽菜。
窓際で見張りを続ける緇。
順番に目を向ける。
「……悪い人じゃないと思う」
少し考えてから付け足した。
「少なくとも、今は」
「……そっか」
何をどこまで理解したのか。
みぎわはそれ以上聞かなかった。
再び月島の胸へ頬を預ける。
薄いブランケットが、かすかに擦れる。
数秒。
今度は、みぎわから声がした。
「ぱぱ、つかれた?」
月島が僅かに目を見開く。
自分の方を心配されるとは思っていなかった。
「……みぎわの方が疲れてるだろ」
「みぎわ?」
「ああ」
「……ちょっと、つかれた」
素直だった。
「だろうな」
月島は、その頭へ軽く手を置く。
撫でる、というより。
乱れた髪を整えるような、不慣れな手つきだった。
「寝ていいぞ」
「……いいの?」
「ああ」
みぎわは目を閉じかける。
だが、すぐにまた薄く開いた。
何かが引っ掛かっているらしい。
「……ぱぱ」
「なんだ」
「いなくならない?」
月島の手が止まった。
みぎわは月島を見上げている。
眠気で瞳はぼんやりしているのに。
その問いだけは、妙にはっきりしていた。
月島の脳裏に、一瞬だけこれまでの光景が過ぎる。
離れたこと。
待たせたこと。
怖がらせたこと。
小さな身体で、自分を追いかけてきたこと。
「……いなくならない」
月島は答えた。
みぎわはまだ見ている。
「……ずっと?」
ほんの一瞬。
言葉が止まった。
この先どうなるのかなんて分からない。
明日どうなっているのかすら分からない世界で。
“ずっと”なんて言葉を約束できる根拠など、どこにもなかった。
それでも。
「……ああ」
月島は答える。
「ずっと一緒だ」
みぎわの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……ん」
それだけ。
今度こそ瞼が閉じる。
そして。
数秒もしないうちに、寝息が聞こえ始めた。
「……早いな」
思わず漏れた。
よほど限界だったのだろう。
月島は腕の位置を少しだけ変える。
みぎわの首が苦しくならないよう抱き直し、肩から落ちかけたブランケットも一緒に整える。
起こさないように。
慎重に。
みぎわは身じろぎすらしなかった。
完全に眠っている。
月島はしばらく、その寝顔を見ていた。
やがて視線を上げる。
陽菜は変わらず端末を操作している。
緇も変わらず外を警戒している。
誰もこちらに何かを言ってくることはなかった。
ただ。
先ほどまでより少しだけ狭く感じる廃墟の中で、月島はみぎわを抱いたまま、壁へ背を預けていた。
どれくらい、そうしていただろう。
長くはないはずだった。
陽菜が端末を操作する微かな音。
割れた窓から入り込む夜風。
胸元で眠るみぎわの、規則正しい寝息。
それだけが続いていた廃墟に、不意に別の音が混じった。
─────じゃり。
外。
砕けたガラスか、小石を踏んだ音。
月島の視線が上がる。
ほとんど同時に、窓際にいた緇が動いた。
組んでいた腕を解く。
六本のうち二本がわずかに持ち上がり、身体が音のした方角へ向く。
さっきまで端末を眺めていた陽菜も、一瞬だけ指を止めた。
「……」
月島も反射的に、みぎわを抱く腕へ力を込める。
そのまま入口へ目を向ける。
だが。
「ただいまッス〜」
場違いなくらい間延びした声が、外から飛んできた。
緇の肩から、わずかに力が抜ける。
ほどなくして。
崩れかけた入口の向こうから、三つの人影が姿を現した。
先頭を歩いてきたのは、斑だった。
「はるるん、戻ったッスよ〜」
足元に転がった瓦礫を軽い足取りで避けながら、中へ入ってくる。
廃墟だろうが。
外で何が起きていようが。
本人の周りだけ妙に空気が軽い。
「おかえりなさい」
陽菜は端末から顔も上げない。
「反応薄いッスねぇ」
「無事に帰ってきたのだから、それでいいでしょう」
「もっとこう、『斑ちゃん! 心配したわ!』とかないんスか?」
「ないわね」
「即答!」
斑が大袈裟に肩を落とす。
そのまま何気なく室内へ視線を巡らせ――
止まった。
月島と目が合う。
「…………」
一秒。
二秒。
斑の目が、みるみる丸くなっていった。
「あっ!」
廃墟に響く声。
月島の眉間に皺が寄る。
腕の中で、みぎわが小さく身じろぎした。
「うるさい」
「あっ、ごめんッス」
斑は慌てて両手で口を塞ぐ。
一度みぎわを見て、本当に眠っていることを確かめると、今度は声量を落としながら月島へ近づいてきた。
「月島じゃないッスか! え、なんでここにいるんスか!? っていうか、生きてたんスね!」
月島は斑を見たまま、わずかに眉を動かした。
「……待て」
「ん?」
「なぜ俺の名前を知ってる?」
「あ」
斑の口が止まる。
月島はそのまま視線を陽菜へ移した。
「……もしかして、話したのか」
「ええ」
陽菜は悪びれる様子もなく答えた。
「あなたのことを説明するのに、名前がないと不便でしょう?」
「勝手に教えるな」
「あら。名前くらい減るものでもないでしょう」
「そういう問題じゃない」
「細かい男ね。モテないわよ」
「余計なお世話だ」
「あ、でもアベラントにはモテてるわね」
「……」
月島は小さく息を吐いた。
相変わらず、話していると妙に疲れる。
「なるほど〜」
斑がうんうんと頷く。
「だから月島ッスね!」
「今納得したのかよ」
「名前だけ先に聞いてたッスから!」
斑はそう言ってから、改めて月島の胸元へ目を落とした。
薄いブランケットに包まれたみぎわ。
声がさらに小さくなる。
「……その子も、一緒なんスね」
「ああ」
月島は短く答えた。
斑は何か言いたげにみぎわの寝顔を眺めたが。
その背後から、控えめな足音が近づいてきた。
「……月島、さん」
聞き覚えのある声。
月島が顔を上げる。
そこにいたのは、粉雪だった。
白いワンピース。
襟元や袖、裾には細かなフリルが施されている。
本来なら清楚な印象を強くするはずの白も、今はところどころに埃や煤がつき、薄暗い廃墟の中でぼんやりと浮かび上がっていた。
それでも。
細い身体。
伏せがちな目。
どこか儚げな佇まい。
粉雪という名には、妙に似合っていた。
彼女は月島を見つけると、わずかに目を見開いた。
驚き。
安堵。
そして――少しばかりの気まずさ。
どの感情を表に出せばいいのか分からないように、
視線が一度だけ揺れる。
「……」
「……」
月島もすぐには何も言わなかった。
以前。
施設内で会った時のことを思い出す。
粉雪は、自分を止めなかった。
止めようと思えば、何かしらの手段は取れたはずだ。
それでも。
彼女は月島を行かせた。
その沈黙を横から眺めていた斑が、二人の顔を交互に見る。
「……あ〜」
何かに気づいたように声を漏らした。
次いで、にやり。
「やっぱそうだったんスね〜!」
粉雪の肩が、びくりと跳ねた。
「えっ……?」
「ユッキー先輩、絶対わざと逃がしたんだろうな〜って思ったッスもん!」
「え、えっと……」
粉雪の視線が泳ぐ。
両手を胸元で重ね、指先を落ち着かなさそうに絡ませた。
「あの時は、その……」
「安心なさい」
陽菜の声が割って入った。
粉雪の身体が固まる。
陽菜は相変わらず端末へ視線を落としたままだった。
「あなたたちが彼を見逃したことなら、わたしも知っているわ」
「…………え?」
粉雪の顔が引きつる。
その隣で、斑まで目を丸くした。
「え、マジッスか!?」
一度大声を出しかけ。
眠っているみぎわを思い出したのか、慌てて口元を押さえる。
「……なんで知ってるんスか?」
陽菜の指が止まる。
ようやく顔を上げると、呆れたような目を斑へ向けた。
「あなたたち、あの施設にいくつ目があったと思ってるの?」
「目?」
斑が首を傾げる。
数秒。
「あ」
何かに気づいた。
「監視カメラ」
「正解」
「完全に存在忘れてたッス!」
斑が額を押さえる。
粉雪は隣でますます居心地悪そうに縮こまった。
「じゃあボク、わざわざお願いを聞かなくてもよかったんスかね〜……」
「お願い?」
陽菜の声。
斑の身体が止まる。
「…………」
粉雪が斑を見る。
月島も見る。
緇まで、窓際からわずかに視線を向けた。
四方から視線を集めた斑は、ゆっくり口元を引きつらせる。
「……なんでもねえッス!」
「そう」
陽菜はあっさり引いた。
「なら、聞かなかったことにしておくわ」
「助かるッス!」
「あとで聞くけど」
「助からないッス!」
粉雪が横で困ったように眉を下げた。
先ほどまで張り詰めていた廃墟の空気が、ほんの少しだけ緩む。
斑は気を取り直すように両手を合わせた。
「そういや、ちゃんと紹介してなかったッスね!」
「紹介?」
「そうッス! 改めまして――斑ッス!」
斑が自分の胸を親指で指す。
「よろしくッス、月島...てるるん!」
「あら、わたしと被ってるじゃない」
「てるるんとはるるん、お似合いッスね!」
「⋯⋯月島 照だ。それに、知ってる」
「………え?」
斑が止まった。
「斑だろ、モデルラーテルの」
「なんでボクの名前知ってんスか!?」
今度は月島が怪訝な顔をする番だった。
「……何を言ってる」
「いやいや! ボク、てるるんに名乗った覚えないッスよ!?」
その横から、粉雪が遠慮がちに口を挟む。
「……認証タグ、ですよね」
斑。
「…………」
自分の身体を見る。
「あ」
月島は淡々と答えた。
「施設でお前たちを見た時に確認した。個体情報と名前が出てただろ」
「………あ、そうだったッス!!」
斑がぱっと顔を上げる。
その瞬間。
「……馬鹿ね」
窓際から、冷たい声が飛んできた。
緇だった。
斑が勢いよく振り返る。
「今の流れでそれ言うッスか!?」
「他に何て言えばいいの?」
「もっと優しい言葉あると思うッス!」
「思いつかないわ」
「ひどいッス!」
緇は興味を失ったように、再び窓の外へ視線を戻した。
粉雪は小さく苦笑する。
月島はそんな三人を見て、ほんのわずかに肩の力を抜いた。
少なくとも。
こうして話している分には、施設で見た時ほど得体の知れない存在には感じなかった。
「じゃ、ユッキー先輩も!」
斑が粉雪の背中を軽く押す。
「えっ、わ、わたしもですか?」
「自己紹介ッス!」
粉雪は戸惑いながら一歩前へ出た。
白いフリルの裾が小さく揺れる。
「え、えっと……」
月島と目が合う。
すぐに少しだけ視線を逸らして。
「粉雪、です」
「それも知ってる」
「……ですよね、はは」
今度は理由が分かっている。
粉雪は恥ずかしそうに小さく笑った。
月島は少しだけ間を置く。
「あの時は助かった」
「……え?」
粉雪が顔を上げる。
「お前が止めなかったから、ここまで来られた」
それだけ。
月島にとっては、事実を口にしただけだった。
だが。
粉雪はしばらく目を瞬かせていた。
やがて、胸元で重ねていた指から少しだけ力を抜く。
「……はい」
小さく。
「よかった、です」
ほんの僅かに笑った。
「じゃ、最後はかげっちッスね!」
斑が振り返る。
その声につられるように、月島も入口付近へ視線を向けた。
そこには。
先ほどから会話へほとんど混ざることなく、一人の女が立っていた。
「ん〜?」
斑でも。
粉雪でもない。
月島にとっては、見覚えのない顔だった。
向こうもこちらを見ている。
いや。
見ているというより――眺めている。
そんな表現の方が近かった。
興味があるのか。
ないのか。
そのどちらとも取れる。
半分眠っているような、垂れ気味の目。
力の抜けた表情。
どこか気怠げで、それでいて妙に堂々としている。
頭には、深く被った焦げ茶色の帽子。
つばがぐるりと頭を囲む柔らかな形で、目元へ淡い影を落としている。
帽子の下から覗く髪は、肩を少し越える程度。
茶。
灰。
黒。
どれか一色とは言い難い。
夜鷹の羽毛を思わせる、くすんだ褐色を基調とした髪色。
頬の横から落ちる髪には緩い巻きが入り、毛先が外側へふわりと広がっている。
肩の辺りで柔らかくまとまった、セミロング。
丁寧に巻かれているはずなのに。
本人の気怠げな表情も相まって、どこか力の抜けた華やかさがあった。
服装もまた、この廃墟には似つかわしくない。
灰褐色のニット。
首元は高く覆われている。
だが、両肩だけが大きく開いていた。
剥き出しになった肩口には、その内側を通る黒いストラップが見える。
細い飾り紐ではない。
太く。
厚みがあり。
しっかりとした黒い帯状の紐。
肩から服の内側へと沈み込み、淡い灰褐色のニットとの間にはっきりとした境目を作っている。
下は細身の黒いパンツ。
脚の線に沿うように伸び、その足元には歩きやすそうなスニーカー。
全体的に、どこかギャルめいた雰囲気がある。
この壊れかけた街を偵察してきた者というより。
夜の街へふらりと遊びに出てきた女。
一見すれば、そんな印象すら受ける。
ただ。
普通の人間ではない。
それだけは、月島にも分かった。
月島の視線に気づいているはずなのに、女は特に気にする様子もない。
帽子のつばへ指を掛ける。
少しだけ持ち上げ。
「……この人がぁ、月島くん?」
ゆったりとした声が落ちた。
語尾が微かに伸びる。
眠そうというより。
何事にも、一拍遅れて興味を持つような話し方だった。
「そうッスよ!」
斑がすぐ答える。
「例の月島くんッス!」
「例のってなんだ」
「いろいろッス」
「雑だな」
女はそんな二人を交互に見たあと。
「ふぅん……」
小さく漏らした。
続いて。
その垂れた目が月島の胸元へ落ちる。
薄いブランケットに包まれて眠るみぎわ。
一瞬。
目元が細くなった。
「そのちっちゃい子がぁ……お姫様ぁ?」
月島の眉が僅かに動く。
女はその変化にも気づいたようだったが、特に追及はしなかった。
「ほら、かげっち。自己紹介ッスよ」
斑に促される。
「ん〜……」
女は面倒そうに見えて。
実際には、ただゆっくりしているだけなのかもしれない。
壁へ預けかけていた身体を起こす。
そして、改めて月島へ向き直った。
帽子の下。
垂れた瞳が、月島を捉える。
「個体番号───〇四五」
先ほどまでと変わらない、間延びした口調。
「成功認定個体アベラント」
一拍。
「コードネーム――翳」
指先で、帽子のつばを軽く押し上げる。
「モデルは、ヨタカよぉ」
「ヨタカ……」
月島が小さく繰り返す。
「そ」
翳は軽く頷いた。
「戦うのはぁ……あんまり期待しないでねぇ」
「かげっちは非戦闘員なんスよ」
斑が横から補足する。
翳は気にした様子もなく続けた。
「その代わりぃ――」
眠たげな目を、ほんの少し細める。
「見つけるのと、逃げるのは得意」
緩く巻かれた髪が、肩口を滑った。
「偵察ならぁ、だいたい任せてもらっていいわよぉ」
月島は数秒、翳を見る。
戦闘には向かない。
だが。
この状況で陽菜がわざわざ偵察へ出しているということは、それだけの能力があるということだろう。
戦えないから役に立たない。
そんな単純な話でもないらしい。
「月島 照だ」
短く名乗る。
翳は一度だけ、ゆっくり瞬きをした。
「知ってるわぁ」
「……そうだったな」
つい先ほど、自分でその話をしたばかりだ。
翳の口元が、わずかに緩む。
「ふふ……律儀なのねぇ」
「そっちが自己紹介したから返しただけだ」
「そういうところぉ」
「……?」
何が言いたいのか分からず、月島は眉を寄せる。
翳はそれ以上説明するつもりもないらしい。
帽子のつばを指先で整えながら、またいつもの気怠げな表情へ戻っていった。
斑。
粉雪。
そして───
個体番号〇四五。
成功認定個体アベラント。
コードネーム、翳。
こうして。
月島の知らなかった最後の一人まで、
互いの名前と顔が、ようやく一致した。
一通りの自己紹介が終わるとまた、ほんの短い沈黙が落ちた。
先ほどまでよりは、いくらか空気が柔らかい。
知らない者同士ではなくなった。
ただそれだけのことなのに、廃墟の中に漂っていた刺々しさが、ほんの少しだけ薄れたように感じる。
もっとも。
そんな空気に浸っている暇などないらしい。
陽菜は手元の端末を数度操作すると、ふいに口を開いた。
「それで、翳ちゃん」
「ん〜?」
壁際へ寄りかかり、帽子のつばを指先で弄っていた翳が顔を向ける。
「頼んでおいた偵察は済んだのよね?」
「あぁ……それねぇ」
翳はゆっくりと身体を起こした。
眠たげな目のまま、片手をひらひらと振る。
「終わったわぁ〜」
「状況は?」
「この周辺に人影はなし」
一拍。
「アベラントっぽい気配もぉ……今のところは、なかったわねぇ」
「そう」
陽菜は短く答える。
それだけ聞くと、再び端末へ目を落とした。
画面上に表示されていた地図を指先で拡大する。
月島の位置からでは詳しい内容までは見えない。
だが、この廃墟を中心に周辺の道路や建物を確認しているらしかった。
「なら、とりあえず今すぐここを離れる必要はなさそうね」
斑が近くにあった瓦礫へ腰を下ろす。
「じゃあ今日はもう休める感じッスか?」
「その前に食料が必要だわ」
「そうッスよね〜」
斑の肩が落ちた。
陽菜は気に留めない。
「水も足りない。今ある分だけなら朝までは保つでしょうけど、この人数ではすぐになくなるわ」
そこで初めて。
月島も周囲へ視線を向けた。
言われてみれば当然だった。
研究施設から出ること。
みぎわを連れて逃げること。
そこまでは考えていた。
だが。
その先。
食べるもの。
飲むもの。
眠る場所。
当たり前だったはずのものが、今は何ひとつ保証されていない。
これから先も生きるのであれば。
嫌でも考えなければならない。
陽菜は地図を眺めたまま、ぽつりと言った。
「この近くにコンビニがあったはずよ」
月島の目が僅かに動く。
心当たりがある。
つい先ほど。
みぎわと二人で立ち寄った、あの店だろう。
あの時にはまだ電気もついていた。
店員もいた。
もっとも。
今も同じ状態で残っている保証など、どこにもなかった。
「翳ちゃん」
「なぁに?」
「そこまでは確認した?」
「外からだけならぁ」
翳は少し考えるように天井を見上げる。
「建物は残ってたわよぉ。明かりも、たしか点いてたと思うけどぉ……中までは見てない」
「十分よ」
陽菜は地図を閉じる。
そして。
あまりにも自然な調子で。
「じゃあ、月島くんと緇。二人で食料を調達してきてちょうだい」
月島。
「……」
緇。
「……」
ほぼ同時に、二人が陽菜を見る。
先に口を開いたのは緇だった。
「なぜ、わたしが?」
声は静かだった。
だが、明らかに不満が混じっている。
陽菜はそんな緇を見上げる。
「いざという時の護衛」
「護衛?」
「ええ」
陽菜は淡々と続けた。
「周辺に今は何もいないとしても、それが数分後まで同じとは限らないでしょう?」
「……」
「特に魘」
その名前が出る。
僅かに。
月島の表情が硬くなった。
陽菜もそれに気づいたはずだが、特に触れない。
「魘は神出鬼没で、行動が読めないのよ。どこにいるのかも、何を考えているのかも分からない」
緇は腕を組み直す。
六本の腕のうち、上側の二本がゆっくりと胸元で交差した。
「つまり、遭遇した場合の保険と」
「そういうこと」
「……それなら分かりました」
ひとまず納得したらしい。
が。
陽菜は続けた。
「それに――」
緇の眉が僅かに動く。
「それに、なんですか?」
陽菜の視線が。
ゆっくりと。
緇の六本の腕へ落ちる。
数秒。
「あなただったら、一度にたくさん荷物を持てるじゃない?」
「…………」
緇の表情が消えた。
斑が、吹き出しそうになって口元を押さえる。
粉雪も「あ……」という顔をした。
翳だけは相変わらず眠そうだった。
緇は陽菜をじっと見る。
そして。
「……あなたの両腕も三本ずつに裂いて差し上げましょうか?」
にこりともせず。
「そうすれば、あなたも六本になりますよ」
斑の肩が震え始めた。
必死に笑いを堪えている。
だが陽菜は。
「あら」
むしろ少しだけ感心したように目を瞬かせた。
「それはいいわね」
「……」
「腕が増えれば、仕事の効率も上がりそうだわ」
緇のこめかみが、僅かに引きつった。
「……本当に腹立ちますね、あなた」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「誰も褒めていません」
とうとう斑が堪えきれず、小さく噴き出した。
「ふっ……くくっ……」
緇の視線が向く。
斑は即座に真顔になった。
「なんでもないッス」
「そう」
「怖いッスねぇ……」
そのやり取りを横目に。
月島は、腕の中へ視線を落とした。
みぎわ。
変わらず眠っている。
薄いブランケットの中で、小さな身体が呼吸に合わせて上下していた。
月島は僅かに眉を寄せる。
「……俺は行けない」
陽菜が月島を見る。
「どうして?」
「みぎわから離れられない」
短い答えだった。
だが。
そこには迷いがなかった。
先ほど。
眠る直前に交わしたばかりだ。
───いなくならない?
───ずっと?
胸の中で聞いた、小さな声。
ほんの数十分。
近くの店へ行くだけ。
それでも。
今は、この子から離れたくなかった。
月島の指先が、ブランケットの端へ触れる。
陽菜はそんな月島を数秒見つめた。
そして。
「あら。別にその子に何かしたりはしないわよ」
「信用できるか」
「ひどい言われようね」
「今までのこと考えろ」
「それもそうね」
あっさり認めた。
月島が怪訝そうに眉を寄せる。
陽菜は構わず話を続ける。
「でも、あなたにも来てもらわないと困るのよ」
「緇ひとりで十分だろ」
「戦力としてはね」
「なら───」
「その子のためよ」
月島の言葉が止まった。
陽菜の視線が。
月島の腕の中へ落ちる。
「たぶん、その子」
少しだけ間を置いた。
「あなたが持ってきたものじゃないと、食べないわよ」
「……?」
月島の眉間に皺が寄る。
「どういう意味だ」
「そのままの意味」
陽菜は端末を閉じた。
「わたしたちが食べ物を渡しても、一切口にしなかったの」
「……」
「水もそう」
月島が、みぎわを見る。
「……一切?」
「ええ」
陽菜は頷く。
「口元まで持っていっても駄目。置いて離れても駄目。警戒しているのか、それとも単純にわたしたちから与えられたものを食べ物だと認識していないのか」
少し考え。
「たぶん前者でしょうけど」
月島の中で。
一つのことが繋がった。
コンビニでも。
みぎわは、自分が渡したものなら口にしていた。
あれは単純に腹が減っていたからだと思っていた。
しかし、
「……そういうことだったのか」
ぽつりと漏れる。
陽菜が僅かに眉を上げた。
「察しが早くて助かるわ」
月島は返事をしない。
ただ。
眠っているみぎわの頬を見る。
疲れている。
ただでさえ小さな身体だ。
あれだけ力を使った。
このままろくに何も食べなければ。
どうなるかくらい、考えるまでもない。
陽菜の声が続く。
「あなたも嫌でしょう?」
「……なにがだ」
「このまま、お姫様が弱っていくのを見るの」
月島の目が細くなる。
その言い方は気に入らない。
だが。
言っていることは正しい。
陽菜の目は、月島の返答を待っていた。
急かすこともしない。
説得しようと追加で何かを言うこともしない。
必要な情報は渡した。
あとは自分で決めろ。
そういう態度だった。
月島は一度、目を閉じる。
ほんの数秒。
そして、
「……分かった」
目を開いた。
「俺も行く」
陽菜の口元が、僅かに緩む。
「賢明ね」
「勘違いするな」
月島は低く返す。
「お前のためじゃない」
「分かってるわ」
視線が、みぎわへ落ちる。
「その子のためでしょう?」
「……」
月島は答えなかった。
答える必要もなかった。
ゆっくりと姿勢を変える。
みぎわを起こさないように。
背中と膝裏を支えながら、慎重に身体を持ち上げる。
薄いブランケットが少しずれた。
月島は片手でそれを直す。
それから。
寝かせられそうな場所を探した。
廃墟の中で、まともな場所などほとんどない。
床には細かな埃と瓦礫。
結局、壁際に残っていた古い長椅子の上から埃を払い、そこへブランケットごとゆっくりとみぎわを横たえた。
腕から温もりが離れる。
その瞬間。
みぎわの眉が、ほんの少しだけ寄った。
「……」
月島の手が止まる。
起きるかと思った。
だが。
みぎわは一度小さく身じろぎしただけで、再び穏やかな呼吸へ戻った。
いつもなら。
月島が傍を離れようとしただけで。
いつもと違う動きをしただけで。
少し大きな物音がしただけでも。
みぎわは真っ先に目を覚ました。
眠たげな瞳を開いて、まず月島を探す。
そして。
そこにいることを確かめるように、じっと見つめてくる。
何度も見てきた反応だった。
けれど。
今は、それすらない。
月島が腕を抜いても。
身体を起こしても。
みぎわは眠ったままだった。
───よほど、疲れているんだろう。
その事実が。
先ほどよりも、はっきりと胸に刺さった。
月島はしばらくその場から動かなかった。
寝顔を見る。
─────すぐ戻る。
口にはしなかった。
眠っているみぎわに言ったところで、届くかどうか分からない。
それでも。
心の中では、そう決めた。
長居するつもりはない。
必要なものだけ取る。
そして、戻る。
陽菜がそんな月島を見ながら口を開く。
「安心なさい。わたしたちが見ているわ」
「それが安心できないって言ってるんだ」
「あら、まだ信用されてないのね」
「されてると思ってたのか?」
「少しくらいは」
「どこにそんな要素があった」
「さあ?」
月島は小さく溜息を吐く。
緇がその横を通り過ぎた。
「行きますよ」
「⋯分かってる」
緇はすでに入口へ向かっている。
月島も数歩あとを追う。
その途中。
「ええ。いってらっしゃい」
陽菜の声が背中へ飛んできた。
月島は返事をしなかった。
そのまま。
二歩。
三歩。
入口へ向かう。
だが。
ふと。
足が止まった。
「……?」
緇が振り返る。
斑たちも月島を見る。
月島は肩越しに、陽菜を捉えた。
「あと」
陽菜が目を向ける。
月島は一度。
眠っている小さな少女を見る。
それから。
もう一度、陽菜へ。
「お姫様じゃない」
陽菜が僅かに目を細めた。
月島は続ける。
「……みぎわだ」
短い言葉だった。
それ以上の説明など、何もない。
けれど。
陽菜は何も言い返さなかった。
月島はそのまま踵を返す。
緇と共に、崩れかけた入口の向こうへ消えていく。
足音が。
一つ。
二つ。
やがて、聞こえなくなった。
しばらく。
誰も口を開かなかった。
陽菜は、月島が出ていった入口を見ている。
ほんの数秒。
いつもと変わらない表情。
何を思ったのか。
その顔から読み取ることはできない。
そんな陽菜の横で。
斑が、にやにやと口元を緩めた。
「……はるるん」
「なに?」
「完全に悪者ッスね」
陽菜の視線が斑へ向く。
「悪者?」
「そうッスよ〜」
斑は両手を後頭部で組んだ。
「てるるんからしたら、めっちゃ怪しい研究者に囲まれて、みぎわちゃん人質にされて買い出し行かされてるようなもんッス」
「人質になんてしてないわよ」
「でも見え方は完全に悪役ッス」
「そう」
陽菜は興味なさそうに答える。
そして。
再び端末へ視線を戻した。
「嫌われたところで、困らないわ」
「おぉ〜」
斑が眉を上げる。
「強がるッスねぇ」
陽菜の指先が。
ほんの一瞬だけ止まった。
「……強がってなんかないわ」
静かな声。
「わたしをどう思おうと、あの子が生き延びることには関係ないもの」
「……」
斑が僅かに瞬きをした。
陽菜は端末から顔を上げない。
「生き延びて」
一拍。
「あの子がちゃんと成長してくれるなら、それで十分よ」
その声は。
いつもの陽菜と何も変わらない。
合理的で。
淡々としていて。
感情など入り込む余地がないように聞こえる。
ただ。
ほんの一瞬だけ。
眠るみぎわの方へ向いたその目が。
斑には、少しだけ不思議に見えた。
「……成長?」
今度は翳が反応した。
壁際に寄りかかったまま。
「どういう意味ぃ?」
陽菜の視線が翳へ向く。
「なんでもないわ」
「ふぅん……?」
翳は首を傾げる。
少し気になっているようにも見えたが。
追及するほどでもないらしい。
すぐに興味を失ったように帽子のつばを触り始めた。
陽菜もそれ以上話すつもりはなかった。
端末へ目を落とし。
画面を数度操作する。
そして、
「粉雪ちゃん」
「は、はいっ」
突然名前を呼ばれ、粉雪が背筋を伸ばした。
「この周辺に鱗粉を撒いてくれる?」
「鱗粉、ですか?」
「ええ」
陽菜は周囲へ軽く目を配る。
割れた窓。
崩れた壁。
いくつもある出入口。
「ここをしばらく使うなら、何か近づいてきた時に早く分かった方がいいでしょう?」
粉雪はすぐに意図を理解したらしい。
「……分かりました」
小さく頷く。
「建物の外まで広げておきます」
「お願い」
「はい!」
粉雪は白いワンピースの裾を軽く押さえながら、外へ続く別の出口へ向かっていった。
次いでら
「翳ちゃん」
「はぁい」
「あなたはもう一度、周辺を見てきてちょうだい」
翳の目が僅かに細くなる。
「またぁ?」
「さっきと状況が変わっている可能性があるわ」
「休ませてくれてもいいと思うんだけどぉ」
「帰ったら好きなだけ休んでいいわよ」
「それぇ、帰ってこられたらってことよねぇ?」
「あら、あなた逃げるの得意なんでしょう?」
翳。
「…………」
陽菜。
「…………」
数秒。
「りょーかぁーい」
諦めた。
翳は帽子を被り直す。
「働かせるわねぇ……」
「適材適所よ」
「便利な言葉ぁ」
そんなことを呟きながら。
翳も粉雪の後を追うように、ゆっくりと入口へ向かっていく。
そして、
残された斑が。
「はいっ!」
突然。
勢いよく手を挙げた。
陽菜が見る。
「なに?」
「ボクは何したらいいッスか!?」
目が。
妙に輝いていた。
どうやら自分にも仕事が回ってくると思っているらしい。
陽菜は斑を見る。
次に。
眠っているみぎわを見る。
再び斑。
数秒。
「……」
「……?」
斑が期待に満ちた目で待つ。
陽菜は答えた。
「みぎわの顔でも眺めていて」
「了解ッス!」
即答だった。
斑は嬉々としてみぎわの元へ駆け寄る。
その場にしゃがみ込む。
そして、
眠るみぎわの顔を、じぃっと覗き込んだ。
「…………」
みぎわ。
「すぅ……」
斑。
「…………」
陽菜はもう斑を見ていなかった。
端末へ意識を戻している。
その横で。
斑は頬杖をつき。
瞬きもせず。
言われた通り、本当にみぎわの寝顔を眺め続けていた。




