選挙期間の始まり
簡単なお知らせが最後にあります。
翌日の朝、茉梨奈さんの言う通り、生徒会選挙の告知がされた。
配られたプリントには候補者の名前が載っており、驚くことに、茉梨奈さん以外にも立候補者が1名いたようだ。名前は井上陽葵と記載されている。
どうやら茉梨奈さんと同じ前期生徒会メンバーで会計だったらしいが、名前を見てもピンと来なかった。一応、茉梨奈さんと同じ学年で女子ということだけはわかった。
前期のメンバーがどのような基準で決められたのかを俺は知らないが、茉梨奈さんが副会長の役職に就いていたことを考えると、やっぱり茉梨奈さんの方が会長に向いているのではないかと思う。
それとは別にして、あの人が負ける姿を想像出来ないというのもある。
しかし、これで生徒会選挙は、信任投票という消化試合ではなくなった。
もしかしたら、だから茉梨奈さんは倖楓に手伝いを求めたのかもしれない。
正直、倖楓加わったらさらに負ける想像が出来なくなったが、対抗馬である相手のことを俺は何も知らないので、倖楓と茉梨奈さんに油断させるようなことを言うつもりはない。
そういえば、茉梨奈さんはどんなメンバーを集めたのだろう。プリントには特に記載が無い。
生徒会は会長含め5人で構成される。恐らく、少なくとも2名は茉梨奈さんと同学年である2年生から選ばれるだろう。
そうなると、最大でも2名は1年生が指名されることになるはずだ。
しかし、今のところ誰が選ばれたのかの噂話なんかは耳に入っていない。選挙が終わってから指名するということもあるのかもしれない。
ただ、俺が茉梨奈さんの立場だったら間違いなく指名するのは倖楓だ。
1年生の主席で、1学期に実施された2度のテストでどちらも1位。要領が良く、素行も問題無い。これほどの優良物件を逃すというのは、それこそ生徒会長としての資質を疑ってしまう。
つまり今回、倖楓が茉梨奈さんのことを手伝うことになったのは、そのまま生徒会のメンバーになるということを表しているのではないだろうか。
だとしたら、俺に何も言っていないのは少し――――そう、ほんの少しだけショックに思う。
…いや、きっと選挙が終わって正式に決まるまでは口外してはいけないという決まりがあったりするのだろう。
とにかく俺は、この選挙については関係者ではないのだから、色々聞いたりするのは控えようと決めた。
昼休み。俺は自分のクラスの教室で、倖楓に手渡された弁当を1人で食べていた。
その倖楓はというと――――、
『これより、生徒会選挙、立候補者の挨拶をさせていただきます』
校内に設置されたスピーカーから音声が流れた。
今のは、選挙管理委員会の人間が喋っていたらしい。
倖楓はこれのために茉梨奈さんと一緒に放送室へ向かったのだ。
喋るのは茉梨奈さんで、倖楓が何を手伝うのかは聞いていない。
『まず、井上陽葵さんからの挨拶になります』
どうやら、茉梨奈さんは後のようだ。
告知のプリントでも井上先輩の名前が上だったし、おそらく五十音順なのだろう。
『こ、こんにちは。私は、せ、生徒会選挙に立候補した、井上陽葵といいます』
井上先輩が緊張しているというのはよくわかった。言葉は詰まり、声が上擦ったりしている。
簡単な自己紹介のあとは、生徒会長になったらどのように学校を良くしていきたいか、という公約に近いことを短く話していた。
後日、しっかりとした場で演説があるようなので、詳しいことはそこでということだろう。
井上先輩の番はすぐに終わり、いよいよ茉梨奈さんの番だ。
そう思い耳を傾けていると、スピーカーからパンッと甲高い音が響いた。
教室内の聞き流していた生徒も、思わずスピーカーに目を向ける。
それから間を開けず、
『皆さんの貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。私は、前生徒会で副会長を務めておりました、橘茉梨奈です』
ゆっくりでも早口でもない、絶妙なスピードで流暢に話す、茉梨奈さんの凜とした声に、誰もが聞き入っていた。
聞き飽きない範囲の時間で自身の伝えたいことを簡潔に述べた茉梨奈さんの挨拶は、多くの生徒の頭に残ったように思う。
こればっかりは井上先輩に同情する。肝の据わり方が違いすぎた。
初めの甲高い音も、茉梨奈さんの計算だろう。あれで1人目の挨拶が終わり、緩んだであろう生徒達の放送への注目を一気に引き戻した。
放送が終わった今も、「今の人の声、綺麗だったね」や「2番目の人の方が貫禄あったよな」と話している声が教室のあちこちで聞こえる。
誰も公約についての話はしていないが、これは印象付けのための放送だったと考えれば、今回は茉梨奈さんの圧勝だった。
放課後になり、俺は荷物をまとめていた。
すると、後ろから肩を軽く叩かれた。
「サチ、どうかした?」
振り返って尋ねると、倖楓はしょんぼりした顔で、両手を胸の前で合わせていた。
「ごめんね。この後、茉梨奈先輩と話し合いがあるから、ゆーくんと一緒に帰れないの…」
「俺のことは気にしなくていいから、頑張ってな」
「気にはなるけど、頑張る!ゆーくん、ありがとう」
そう言うと、すでに準備を終えていたらしい倖楓は先に教室から出て行った。
思えば、別々に帰るというのは1学期にケンカして以来な気がする。
不意に、自分のスマホからメッセージの通知音が鳴った。
そこには倖楓の名前が表示されている。
今の今まで話していたのにどうしたのかと思うと、
『そんなに遅くならないから、晩ご飯は一緒に食べようね』
シロクマのキャラクターのスタンプで「約束」と送られていた。
それに俺は「わかった。待ってる」とだけ返信して、帰る準備を再開した。
すると、こっちまでやってきた明希に声をかけられる。
「悠斗」
顔を上げると、横に槙野も一緒にいた。
「どうかした?」
「今日、部活オフでさ、久しぶりに3人で帰らないか?」
チラッと槙野を見ると、小さく頷いた。明希が言うから仕方なく、というわけではなさそうだ。
とはいえ、一応確認はしておく。
「いいの?」
すると、急に槙野が不機嫌になる。
「あのね、変な気をつかってるなら怒るわよ?」
「もう怒ってるじゃん」
「何か言った?」
「いえ、何でも…」
槙野の鋭い視線から逃げるように明希を見ると、苦笑いされた。
「まあ、そういうことだ。どうだ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
こうして、久しぶりに中学時代のメンバーだけで帰ることになった。
悠斗が選挙に関わらないので、そんなに選挙の内容を長々と掘り下げるつもりはありません。
倖楓の出番が少ないのは、少しだけ我慢してもらえたらと思います。
次回更新は10月3日(日曜日)の12時頃になる予定です。
前回の後書きでもお知らせしましたが、同日の同時刻に新作も投稿する予定です。
新作もラブコメ(?)になりますので、興味を持っていただけたら幸いです。
タイトルなど詳細は、活動報告にて記載しておりますのでそちらをご覧ください。
よろしくお願いします。




