開戦
本日最後の更新になります。
たぶん、これは人生の分岐点な気がする。しかも間違えたら学校という世界で社会的に死ぬやつ。どうして神様は俺に試練ばかり与えるのか。しかも短期間に。
「何をしているの。こんな簡単なこと迷うまでもないでしょう?」
「ゆーくん、私だよね?最初に約束してたの、私だもんね?ね!?」
圧がすごい。どっちを選んでも終わりだ。それなら勝者を選ばなければいいのではないかと思いつき回答をする。
「えっとー、間を取ってみんな帰宅するというのは…」
「馬鹿にしているの?」
「全然面白くない」
「…すみません」
普通に間違えた。倖楓に真顔で怒られたの初めてだけど怖い。いや、そんなことを考えている場合じゃない。俺が頭を悩ませていると、茉梨奈さんが諦めたように話しはじめた。
「仕方ないわね。遊佐さん、あなたもついてらっしゃい」
「だから、元々約束してたの私ですから!ついてくるなら橘さんの方です!」
「細かい子ね。これじゃあ、悠斗君も一緒にいて苦労してるでしょう」
「まあ、それなりに…」
「ゆーくんはどっちの味方なの!」
敵味方の話だったのか?強いて言うなら俺は平穏に過ごさせてもらえればどっちでもいい…。
「時間がもったいないから早く行きましょう。そろそろギャラリーの目も声もうるさいわ」
煩わしいかような言葉を使っているが、どうでもよさそうな表情と声で俺と倖楓に移動を促す。この人も変わらないなと思いながら歩き始めた。
やっと学校の敷地から出て、駅の方面へ向かっている。外に出るまでの道中、他の生徒達の注目が今までの比じゃなかった。これだからこの人と歩くのも困るんだ。
そして校外に出て歩いている今はというと、なぜか歩道を3人並んで歩いていた。
「あの、この道を3人並ぶのは狭いし邪魔だと思うんですけど」
「そうね。遊佐さん、1歩…いえ、10歩くらい前か後ろを歩いてくれないかしら?」
「嫌です。橘さんが私とユウの約束について来てるだけなんですから、橘さんがそうしてください」
また喧嘩してる。なんでもっと穏やかに会話出来ないのか。面倒になった俺は解決策を提示する。
「俺が後ろ歩く。2人で前を歩いてください」
「待ちなさい」
「ちょっとゆーくん!」
これには有無を言わせずに…すごく文句を言われたが、俺が後ろに下がって解決した。2人が前からこっちを見て睨んでいる。危ないから前向いて歩きなさい。
それから程なくして茉梨奈さんが足を止めた。
「ここよ」
止まったのは喫茶店の前だった。よくこんなとこ高校生で入ろうと思えるなといった感じの大人な雰囲気のお店だ。俺と倖楓は茉梨奈さんに促されてその店に入った。
「うわぁ、素敵」
「お洒落だな」
外観だけでも大人の雰囲気が強かったのに、店内は最早別世界のように感じる。これがレトロというやつかと初めて認識をした。
すぐにウェイターがやって来た。いや、ここまで動きが綺麗だとウェイターさんと呼ばなくてはいけない気がする。
ウェイターさんにボックス席へ案内されると、座る前に一瞬倖楓と茉梨奈さんが見合った。すぐにお互い向かい合って座ったが、俺はなんだったのかわからないまま倖楓の隣に座る。
落ち着いてから、向かいの茉梨奈さんが目に入ると顔が不機嫌そうだった。どうしたのかと思ったがウェイターさんに注文を聞かれたので後回しにする。注文を終えて改めて状況を確認すると、とんでもなく居心地が悪くなってきた。普通なら落ち着けるであろう店内に流れるジャズも、今は不安を煽ってくる。俺はとりあえず会話で気を紛らわそうとする。
「今日の新歓の司会、なんで引き受けたんですか?前の茉梨奈さんなら見世物になりたくないって断るのに」
「そうね。強いて言えば、顔も見せに来ない薄情な後輩に顔を見せてあげるためかしら?」
新歓の最中に俺が憂鬱だったのは、茉梨奈さんが司会をやっている理由がなんとなくわかったからだ。俺の想像通り嫌がらせだった。確認も出来たので、改めてここまで連れて来られた趣旨を聞く。
「えっと、これは何の集まりでしたっけ」
「あなたが私の機嫌を取る会よ。おまけ付きではあるけど」
茉梨奈さんが視線を一瞬倖楓に向ける。それを切っ掛けに倖楓も話しはじめる。
「結局のところ、ユウとはどういう関係なんですか」
「もうその呼び方やめたらどう?言いにくそうにしてて、こっちまでむず痒いわ」
「あの、茉梨奈さん。それは今矯正中なので何も言わないでください」
「あら、躾けの途中なの?ちゃんとリードを握っておいてくれないと困るわ。もう噛み付かれてるけれど」
「人をペットみたいに言わないでください!」
こうして攻められてる倖楓は珍しくて新鮮だ。怒られそうだけど少し楽しく感じる。
「それにこの呼び方は、ゆーくんが私にどうしても呼んでほしいってお願いしてきたからやっているんです」
いや、懇願した覚えはないんだけども。倖楓の発言を聞いて茉梨奈さんの表情が少し動いた。
「そう、よかったわね。私と悠斗君は初めからお互い自然に名前で呼び合ってたわ」
「いや、なに嘘ついてるんですか。名前で呼ばないと、休み時間の度に教室に来て呼べるまで帰らないって脅したの茉梨奈さんでイタッ」
足を蹴られた。ローファーで脛を蹴るのは反則だと思う。
「それで、結局どういう関係なんですか?」
「そうね。簡単に言えば、私の誘いを悠斗君が受け入れた関係かしら」
「誤解を招く言い方をしないでください。ただ茉梨奈さんの脅しに俺が屈しただけだよ」
「私は誘いとしか言ってないのに一体何を誤解するのかしら。教えてくれない?」
「ちゃんと中身を説明してください。ゆーくんも真面目な話してるんだから遊ばないで!」
どう考えても俺は悪くないと思う。それにしてもそんなに聞きたいことだろうか。とりあえず、茉梨奈さんに任せたらどんな嘘を盛って話すかわからないので自分で説明することにする。
「あのな、茉梨奈さんは同じ中学の先輩だったんだよ」
「それはわかったけど、誘いとか脅しってなに?」
「あー、実は…。俺、中学1年の時に生徒会に1期だけ所属してたんだよ」
「ゆーくんが生徒会?どうして?」
「それが誘いと脅しだったんだよ。茉梨奈さんが俺を生徒会に誘って、断ったら脅されて入れられたって話」
「なにそれ、酷い!」
自分で話をしてても酷い話だと思う。でも俺は茉梨奈さんを嫌ったり恨んだりはしていなかった。ていうか、脅しなら倖楓自身もしてることを忘れていないだろうか。
「そんな言い方をしないで。ただ、断ったらその事実を周りの噂好きの連中の前でうっかり話してしまうかもしれないと言っただけよ」
「内容聞いたらもっと酷い…」
「もう過ぎたことだからいいよ」
「でも、そんなことされたなら会いたくないのも納得かも…」
いや、正確には茉梨奈さんも倖楓と一緒で目立つからって理由なのだが、言ったら2人から何を言われるかわからないので黙っておく。
会話の流れが切れたのを読んでか、タイミング良くウェイターさんが飲み物を持ってきた。内容は俺と茉梨奈さんがコーヒーで、倖楓が紅茶だ。3人とも口をつけて落ち着いた時を見計らって茉梨奈さんが口を開いた。
「こっちは話をしたのだから、次はそっちの番じゃないかしら」
「そう言われても、特に話すようなことはないと思いますけど」
「あら、あなたと悠斗君はその程度の関係ということでいいの?」
「違います!私とゆーくんは昔からの仲良しな関係です!」
倖楓の声が特別大きいわけでもないのに店内によく響いた。他にほぼお客さんがいなくてよかった。
「落ち着けって。茉梨奈さんも倖楓を刺激するのやめてください」
「過保護ね。私にもそれくらい優しくしてくれてもいいんじゃない?」
「茉梨奈さんを保護出来るような強靭な肉体も精神もないので諦めてください」
「今後の悠斗君の私に対する方針は後で固めるとして」
「もう固まってるものを変えようとしないでください」
「2人は酷い関係のはずなのに仲良しなんですね…」
倖楓がカップに口をつけながら恨めしそうな顔でこっちを見ている。仲が悪いつもりはないが特別良いとも思えない。茉梨奈さんが俺と明希と槙野以外の人とちゃんとした会話をしている人を見たことないから比べられないのだが。
茉梨奈さんは倖楓と同じで注目されるし人気もある。しかし2人が決定的に違うところは、倖楓が周りにある程度は愛想良く接するのに対して、茉梨奈さんは周りに愛想など欠片も出さない。倖楓が花なら茉梨奈さんは美術品のようなものだろうか。人が注目するにしても意味が違う。愛でたくなるか見ているだけで満たされるものかだ。
中学の時から茉梨奈さんは周囲とは一線を置いている。どこか俺に似ていると思う。俺は周りに溶け込むことを選び、茉梨奈さんは周りを切り捨てることを選んだ人だ。そんな人が俺に突然話しかけて生徒会に勧誘してきたのだから驚いたのをよく覚えている。
「そうね、私にとって悠斗君は掛け替えのない人よ」
またこの人は無表情でテキトーなことを言ってる。俺が呆れているとまた倖楓が興奮気味に対抗する。
「私にとってもそうです!ていうか私がゆーくんにとって掛け替えのない人です!」
この子、勢いに任せてすごいこと言ってるけど大丈夫だろうか。
「サチ、わかったから1回落ち着こう。ほら、紅茶飲んで」
倖楓が俺に促されて肩で息をしながら紅茶を飲む。本当に今日は倖楓がいつもと違って調子が狂う。
「で、悠斗君。ほんとなの?」
「何がですか?」
「遊佐さんのことよ」
「自分の気持ちは他人が区分け出来るものじゃなイッタ!」
今度は足を踏まれた。隣から視線の圧力がすごい。足癖が悪い人間ばかりで困る。
「それなら私と遊佐さんならどっちが大切なの?」
「そんな仕事と私みたいな面倒くさい質問をしないでください」
「なるほど、つまり遊佐さんは仕事ということね」
「勝手な解釈もしないでください。…倖楓も足で抗議してくるのやめて」
さっきからずっと足をぶつけられてる。せめて言葉で抗議してほしい。
気が付けばカップに入ったコーヒーの量もわずかになってきた。思ったより時間が経つのが早く感じる。結局何をしに来たのかわからなくなっていた。
「そろそろ帰りません?」
「…そうね。今日の所はこれくらいで許してあげる。明日からちゃんと私とも関わりなさい」
「努力します…」
「最優先しなさい」
「ゆーくんの最優先は私なので無理です」
勝手に人の行動基準を決めないでくれ。お前は俺のマネージャーか。
倖楓の発言に茉梨奈さんの表情がまた動いた。
「そう?それなら、なぜあなた達は同じ中学じゃなかったのかしら。私としては―――」
「茉梨奈さん」
俺はそれ以上喋らせないように名前を呼んだ。自分で思った以上に言葉に力が入ってしまったのを自覚していたが、構わず続ける。
「それは今ここで話すようなことじゃない」
「…ごめんなさい。無神経だった」
「いえ…」
沈黙がその場を満たした。空気が重りのように身体に乗っているんじゃないかと思い始めた時、右肩の付近に軽い重みを感じた。そこに目を向けると、ブレザーの肩辺りを倖楓が掴んでいた。その光景に胸の痛みを感じる。
「ゆーくん、帰ろ?」
倖楓が優しく笑ってそう言った。それに思わず俺も微笑みかける。
「そうだな、帰ろう。茉梨奈さんも帰りましょう、駅まで送りますよ」
「ええ、ありがとう」
俺たちは喫茶店を後にして駅へ向かう。道中の会話は無かった。
改札に着くよりも少し前に茉梨奈さんが口を開く。
「ここまででいいわ。ありがとう」
「そうですか?それじゃあ気を付けて帰って下さい」
「ええ。遊佐さんも今日はごめんなさい。少し…大人げなかったわ」
「…いえ。私こそ久しぶりの再会を邪魔してごめんなさい…」
「いいのよ、楽しかったわ。私とあんな風に言い合える人なんて1人しかいなかったもの」
「それじゃあ、行くわね」
そう言って茉梨奈さんは改札の方へ歩いて行った。
「俺たちも帰ろう」
「うん…」
マンションに向かっている俺と倖楓は、いつもより歩くペースを落としていた。すると、また腕に軽い重みがかかる。倖楓が俺の左腕の袖口を掴んでいた。
「サチ、歩きにくい」
「やだ」
「ほら、ブレザーに良くないから」
「やだ」
駄々っ子か。どうしたものかと悩んでから、倖楓に提案をしてみることにした。
「サチ」
「ん」
「うちで夕飯食べよう。今日は俺が作るよ」
「ほんと?」
「わざわざそんな嘘言わない」
「…わかった」
そう言って袖を離してくれた。もうマンションが目の前だったので意味は無かったかもしれない。
マンションの入り口付近でスマホの通知音が鳴った。見てみると茉莉奈さんからだった。
『改めて今日はごめんなさい。君に嫌われたのかと思って少し不安だったのよ。だから、今度はちゃんと会いに来て』
文面を見て、不器用な人だなと感じて笑ってしまった。俺はすぐに返事を返す。
『俺もすみません。わかりました、人が大勢いるところでなければ顔を出しに行きます』
エントランスに着くと、倖楓が真剣な表情で口を開いた。
「私、負けない」
「え?」
突然、謎の宣言をされて戸惑う。
「私負けないから!」
「あ、うん。がんばれ」
一体、何と戦うつもりなのか。でも倖楓の顔がやる気に満ちていたので、これでいいかと思ったのだった。
1話のみになってしまいましたがお許しください。
茉梨奈さんが、ただ言動がキツイだけの人に映っていなければいいなと思います。
明日は午前中に更新がありますのでよろしくお願いします。




