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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第六話・封(ほう)
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 夜行が稲妻神社を尋ねに来た夕方のことである。

 ――あれ?

 と、遼子は首をかしげる。

「お母さん、砂糖ありましたっけ?」

「ないんですか?」

 一緒に夕食の準備をしていた瑠璃がそう聞き返す。

「砂糖がないか……。皐月がお菓子作りの時に使(つこ)うたのかもな」

 そう言いながら、拓蔵は皿に盛られた唐揚げを、ひとつ摘み食いしようとしたが、瑠璃が油のついた菜箸で、拓蔵の手を(はた)いた。

 当然、菜箸の先は、熱した油が付着していて熱い。

「あぁつぅ?」

 拓蔵は悲鳴をあげ、瑠璃を睨む。

「摘み食いしようとしたからですよ」

「じゃからって、危ないじゃろ」

「あなたには早めに肴を作ってあったでしょ?」

 瑠璃がそう叱るや、拓蔵は、空になった徳利を瑠璃に見せ、

「酒が足らんし、肴も切れとるよ」

 と愚痴をこぼした。


「お母さん、唐揚げも揚がり終えてるし、先に持って行ったら?」

 あきれた表情で遼子は言った。

 瑠璃はためいきを吐き、

「わかりました。でもその前に……」

 瑠璃は油をひいた鍋のコンロの火を消し、割烹着の前掛けで手を拭いてから、ポケットの中に入れている携帯を取り出した。

「あ、皐月ですか? 実はちょっとお願いしたいことがあって……。はい、ああ、そうでしたか。それでしたら、スーパーで砂糖と……」

 と、電話先の皐月に電話をかける。


 会話を終え、瑠璃は携帯を閉じる。

「皐月は、なんて?」

「やはり、先日のテスト休みの時にクッキーを作ったさい、砂糖を使い切っていたようですね。買い物を頼んでおきましたから、材料は冷蔵庫に戻しておきなさい」

 そう言うと、瑠璃は唐揚げが盛られた皿を居間へと運ぶ。

 拓蔵は、それを見送ってから、

「ところで、副菜はなににしようと思ったんじゃ?」

 と、遼子にたずねた。

「えっと、きんぴらごぼうを作ろうかなって」

 まな板の上には、立派な牛蒡と、少しかたちの悪い人参が置かれていた。



 部活を終え、福嗣高校の校門を潜ったあたりで、皐月の携帯が鳴った。

 相手は瑠璃で、先ほどの内容である。

「ごめん、信乃」

 皐月は、自分の顔の前で両手を合わせ、信乃に頭を下げる。

「なんかあったの?」

「ちょっと急いで買い物に行かないといけなくなった」

 瑠璃からの電話内容を言うと、

「なんで砂糖買ってなかったの?」

 信乃は、素朴な疑問を投げかける。

「作ろうと思ってたクッキーのレシピと、砂糖の残りがちょうどだったから」

 皐月はすこしばかり頭を抱えた。


「それじゃぁ、また明日ね」

 皐月はそう言うと、急いで駅の方へと走っていった。

 それを、信乃はすこしばかりあきれた表情を浮かべながら、目で追った。

「うーむ、皐月ってこういう時にドジ踏むんだよなぁ」

 携帯の時計を見ると、ちょうど五時を過ぎていた。

 ――別にコレといって用事もないし、素直に帰りますか。

 信乃は鞄を肩にかけ直すと、鳴狗寺の方へと歩き始めた。



 福嗣町の駅前にあるスーパーに寄った皐月は、頼まれていた砂糖を抱えると、お菓子売り場の方を一瞥した。

 特に気にしているわけではないが、信乃がたまにカード入りのウエハースを買っていたのを思い出してのことだ。

 収集癖があるわけではないので、皐月自身に興味はなかった。


「――あ」

 目の前の少女と目が合い、同時に声を発する。

 下の段のお菓子を見ていたため、中腰になっていた少女は、立ち上がり、皐月に頭を下げる。

 皐月もそれに習う。

「お菓子売り切れてる」

 と、少女は棚を指差す。

 そこだけ、ガランと空白ができている。

「うわ、本当だね」

 皐月は、相槌を打つと、少女を見る。

「欲しいのなかったんだ?」

 そうたずねると、少女はコクリとうなずいた。


 ――あれ? これって前にもあったような気が。

 どことなく既視感を覚えた皐月は、もう一度少女を見る。

 小学二年生と思われる少女は、腰まである烏羽色の長い髪をしており、赤系統のシャツとボロのスカートを履いている。

 それが皐月にとって、また妙な既視感があった。

 少女は、その場を立ち去っていく。


 皐月はそれを目で追っていると、

「皐月さま」

 上空から声が聞こえ、皐月はそちらに目をやった。

「遊火、どうかしたの?」

 遊火は、瑠璃に皐月の様子を見てきてほしいと頼まれた。と説明する。

「そうか。それじゃぁ早く帰ろう」

 皐月はそう言うと、レジへと向かうが、

「どうかしたの?」

 遊火が、先ほどの少女を見る。

「いや、あの子を見てると小さい時の皐月さまを思い出すんですよね」

 懐かしそうな目で遊火は言う。

「あんな感じだったかな?」

 皐月も少女を一瞥する。

 たしかに、遊火の言う通り、どことなく昔の自分に似ている気がする。

 そう思いながらも、皐月は砂糖を持って、レジへと向かった。



「阿弥陀如来さま」

 白髪に赤のメッシュが入った青年が、警視庁の駐車場で、大宮の車に寄りかかっていた阿弥陀に膝をつく。

「赤いコートの男の行方、どうでしたかね?」

「周辺約五キロほどを見回りましたが、そのような男は見ませんでした」

 迷企羅は、顔を沈める。

「まぁ、逃げた時にコートを脱いだと考えればいいんですけど、あれ妙な感じがしたんですよね」

 そう言いながら、阿弥陀は戻ってきた大宮を見る。


「大宮くん、君を襲った赤いコートの男……どう思います?」

「さっき部所に戻った時に話したんですけど、なんか最近福嗣町の方でその男に関する奇妙な噂話があったようなんです」

「――奇妙な噂?」

 大宮は、赤いコートの男の噂について、阿弥陀と迷企羅に説明する。


「なるほど、誘拐事件ですか」

「狙っている被害者のほとんどは小学生女子のようで……」

「まるで君みたいじゃないですか?」

 大宮は、阿弥陀の言葉に怪訝な表情を浮かべる。

「だってねぇ、皐月さんと付き合いだしたのって彼女がまだ中学生の時でしょ?」

 阿弥陀は含み笑いを浮かべる。

「冗談はやめてください」

 大宮は、ためいきを吐く。

「それに、彼女なら大丈夫でしょ?」

「――過信が一番危ないですよ?」

 キッと、阿弥陀は大宮を睨む。

「それじゃぁ、わたしたちは、角川殺害に関しての捜査を再開しますか」

 大宮はうなずくと、運転席のドアを開いた。


 阿弥陀も助手席に乗ろうとした時、

「よろしいのですか? また襲われるようなことがあるかもしれませんし、念のため、大宮巡査に、わたしの夜叉の一人か二人」

 迷企羅がそう言った時、阿弥陀は振り向き様に、

「まだ赤いコートの男の正体がわからない以上、君の負担をかけるわけにもいかないでしょ? それに、もしかすると妖怪じゃないかもしれませんからね」

 その言葉に、迷企羅は首をかしげた。


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