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姦~魔禍霊噺~  作者: 乙丑
第六話・封(ほう)
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47/194

陸


 大工たちによる押し掛けにも似た昼食が一段落し、草屋はカウンター席に座ると、水を飲んだ。

「草屋さん、ちょっといいですかね?」

 砂川が厨房から顔を出す。

「なんでしょうか?」

 草屋は、砂川を一瞥し、聞き返した。

「話があるんじゃがな、ほれあんたの夫についてなんじゃが」

 砂川はカウンターの方へと歩み寄る。

「夫についてですか?」

「この前警察が来てな、ほれあの借金取りが殺されたの知っとるじゃろ?」

 そう聞かれ、草屋は素直にうなずいた。


「お前さん、その晩なにしてた?」

「疑っているんですか?」

「警察と、それからあの腰巾着はそう思ってるじゃろうな」

 砂川は草屋を疑いの目で見る。

「それでだ、お前さん刺身包丁が一本ないんじゃけども、知らんかえ?」

「――なくなってるんですか?」

 草屋が驚いた表情で聞き返したのを見て、砂川はすこしばかり怪訝な表情を浮かべた。

 草屋が持ち込んでいると思ったのだ。

「この前からなくなってるんじゃよ。まぁないのは店に常備している方じゃからいいんじゃけどな」

 砂川は頭をかいて、

「それじゃぁ、生野の阿呆か?」

 そう話をしていると、店の扉が開いた。


「掃除終わりました」

 生野が、ほうきとちりとりを持って店の中に入ってくる。

「ご苦労様」

 草屋は労いの言葉を発する。

「それにしても、本当にここって人通り少ないですね? 元々田舎だからでしょうか?」

「……田舎なのは否定せんがな」

 砂川は生野を睨む。

 その表情に、

「どうかしたんですか?」

 と、生野はたずねた。

「生野くん、厨房から刺身包丁がなくなってるんだけど、知らない?」

「いつくらいからですか?」

「この前借金取りの腰巾着が訪ねに来ただろ? その時からなくなってるんだよ」

「だけども、この店って三人しかいないでしょ? 誰かが忍び込んで使ったなんてことも……」

 生野はそう言うと、草屋を睨んだ。

「もしかして、女将さんが?」

「わ、わたしが? どうして……?」

 草屋は怯えた表情でたずねる。

「あんた、あの男に恨みがあっただろ? だから殺したんだ」

「お前、警察が言っていたのを忘れたのか?」

 砂川の言葉に、生野は首をかしげる。

「砂川さん、あんたはあの時いなかったはずだ」

「お前たちの声くらい、厨房にいてもいやでも聞こえる。犯人が包丁を使ったとすれば、普通は刺殺じゃろ?」

 砂川は草屋を一瞥する。

「そ、そうよ。それにわたしはあの晩、家で夫の帰りを待っていたのよ」

 必死に訴える草屋を見ながら、

「その時のアリバイは? オレもないですし、砂川さんだってないですよね?」

 と、生野は言った。

 それに対して、二人はなにも言い返せなかった。



「阿弥陀、阿弥陀はいるか?」

 刑事部に顔を出した湖西主任が、そう呼びかける。

「二人でしたら、今出かけてますよ」

 吉塚がそう伝えると、

「そうか、じゃったらちょっと伝えとってくれんかな、愛染明王」

 と言って、湖西主任は、解剖結果を見せた。

「ちょっと気になるところがあってな……」

「気になるところ?」

 吉塚は首をかしげる。

「ああ、角川は鈍器を使って撲殺された。じゃがなその傷跡が妙に細いんじゃよ」

「細い? 犯人は棒状のもので殺したんでしょうか?」

「いや、それじゃったら先端のほうになるんじゃろうが、線をひいたように頭が割れてるんじゃよ」

 湖西主任はそう言うや、書類を吉塚に渡すと、

「戻ってきたら、あの二人にも見せておけ」

 と言伝をお願いした。



「……すごい」

 学校から帰ってきた葉月は、居間の卓袱台に乗っている桶に言葉を失っていた。

「ど、どうしたの? これ」

 遊びに来ていた浜路と美耶も、一緒になって驚いている。

 深さ五〇センチはある大きな桶に、水と酸素ポンペの球体が入っており、その中を鯛が泳いでいる。

「知り合いの釣り師が来てな、新鮮なうちに食べろとのことだ」

 拓蔵がそう言うと、隣りでお茶を飲んでいた瑠璃は、

「別に捌いて来てもらったほうが良かったんですけどね、一度は食べさせてみろってことで、活(い)きたまま持ってきたんですよ」

 と、あきれた表情で言った。

「美耶、今日の晩飯はこっちで食べたらどうじゃ? 家には連絡入れるでな」

 そう聞かれ、美耶はすこしばかり考えてから、

「はい」

 とうなずいた。


 その日の晩、電話を受けた皐月は、信乃と希望を稲妻神社へと案内する。

「はじめまして、風花希望と言います」

 希望は、拓蔵や瑠璃、遼子に頭を下げる。

「こちらこそ、皐月がいつもお世話になってます」

 瑠璃もそれに習うように頭を下げた。

「皆集まったようじゃな?」

 拓蔵は周りを見る。

「健介さんは仕事で遅くなるって」

 遼子はそう瑠璃に伝える。

「あれ? 皐月、大宮さんは?」

「忠治さんも仕事で忙しいって」

 皐月は顔を俯かせながら、言った。


「それじゃぁ、始めましょうか」

 瑠璃はそう言うと、桶の中から鯛を一匹取り出す。

 まな板の上に乗った鯛は、激しく暴れだし、その水しぶきが周りに飛び散っている。

 瑠璃は臆することなく、刺身包丁の背を、鯛の頭に叩きつけると、タオルを頭の上にかぶせた。


 包丁の背で気を失わせ、タオルをかぶせることで暴れないようにする。暴れると旨味成分がなくなるからだ。

 その間、内蔵を傷つけないよう細心の注意を払いながら、瑠璃は手際よく、鯛を捌いていく。


「はい。鯛の活き造りの完成」

 大皿に乗った鯛は、気が付いたのか、口をパクパクと動かしている。

 初めて見る活き造りに、葉月、浜路、美耶の三人は言葉を失う。

「えっと、なんで生きてるの?」

 と、美耶はたずねた。

「脳や内臓に傷がなければ、魚とて生きてるんですよ」

「まぁ、気持ち悪がる人もおるし、信乃と浜路は大丈夫なのか?」

 誘っておいてなんなのか、拓蔵はそう二人にたずねた。

 二人がお寺育ちだからという理由でのことだ。

「わたしは別に尼さんになろうって思ってませんから大丈夫ですよ。それに、おじいちゃんだって魚食べてますし」

 と信乃は答える。浜路も似たような理由でうなずいた。

「よし。それじゃぁ、乾杯といこうか」

 拓造の言葉を合図に、各々、鯛の刺身に箸を運んだ。


「美味しい」

 浜路と美耶が顔を綻ばせる。

「やっぱり新鮮なやつは格が違うわ」

「魚だけに、酒が進むな」

 刺し身を食べながら、酒を飲む拓造の言葉に、

「オヤジギャクですか?」

 と、瑠璃はあきれた表情でツッコミを入れた。

「どういう意味?」

 希望が首をかしげる。

「魚と肴をかけたってことでしょ」

 信乃がそう説明すると、

「あ、なるほど」

 と、希望は納得した。



 一時間後、食事を終えると、皐月は希望を福嗣駅まで、葉月は遊火と一緒に美耶を家まで送った。

 信乃は浜路と一緒に、稲妻神社を後にする。

 瑠璃と遼子は食べ終えたみんなの食器類を厨房へと持っていっていた。

 拓蔵が酒を一口飲んでいると、玄関のチャイムが鳴った。

「拓蔵、ちょっと出てください」

 厨房にいる瑠璃にそう言われ、拓蔵は腰を上げると、玄関へと歩み寄った。


「ほいほいっと、どちらさんかね?」

 玄関を開けると、

「夜分すみません」

 と言って、阿弥陀と大宮が頭を下げてあいさつをした。

「おや? どうしたんじゃ?」

「実はちょっと葉月さんにお願いしたことがあったんですけど」

 阿弥陀がそう言うと、

「ああ、ちょっとさっきまで宴会しててな。葉月は今遊火と一緒に友達を家に送っておるよ」

 そう伝えると、

「待たせてもらえますかね?」

「いや、もう遅いでな、明日の夕方また来てくれんか?」

「――仕方がないですね。明日また寄りましょう」

 大宮の言葉に、阿弥陀は答えるようにうなずいた。


「そう云えば、皐月ちゃんから『今晩神社に来れませんか?』っていう内容のメールが来ていたんですけど」

「ああ、ほんの一時間くらい前に鯛の活け造りを食べていたんじゃよ」

「また珍しいものを」

 大宮は驚いた表情で言った。

「しかし、よく捌けますね?」

「瑠璃さんが料理できるでな」

 それだけで活け造りが作れるのか?

 と、大宮はツッコミを入れたかったが、やめた。

 瑠璃ならできるというのは、彼の中でも納得がいったからだ。


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